121. シミュレーター
いよいよミーアンキャットの殲滅に移るのだが、今僕らは6匹のミーアンキャット上位種に取り囲まれている状態だ。 ウインドバリアの外へ出たら一発で誘惑されてしまうかもしれない。
「ヨシ君はどうするべきだと思いますか?」
「ええと、取りあえずカナさんの業火を試して見てはどうでしょう」
「ちょっと、……ごめん。 今は疲れすぎて無理かも」
カナさんは未だ復調していないようだ。 それにウインドバリアを使っているためレイナさんのアシストも受けられない。 ならば僕がやってみようかな。
「ええと、僕の雷魔法を試しても?」
「ヨシ君。 ここは一旦退却しましょう。 私も少し疲れました。 それにミーアンキャットは魔法に強いから、上位種に有効かは望み薄だと思うわ」
退却か。 僕はパーティメンバーの様子を窺ったが女子達は明らかに疲労している。 これでは一旦退却もやむなしといったところだろう。 退却してもアイツ等は追ってくるだろうが普通の魔物は群れからある一定以上離れると諦めるはずだ。 それに魔物はゲートを超えられないのだから最悪ゲートを利用する手もある。
僕達はゆっくり歩きながら退却を始めた。 奴らは僕らを取り囲んだままついてくる。 洞窟の分岐点を通過しても付いて来る。 群れから大分はなれても付いて来た。 そして第4階層と第3階層の間のゲートまで来てしまった。
「どーすんだこれ? これってレイナがゲートを潜るとウインドバリアは消滅するってことじゃねーか? そうならレイナが最後に潜る必要があるってことか?」
「マリ、皆一緒に、というかレイナさんを縄で縛って、僕が最後に一緒にゲートを潜るっていうことでいいかもね」
「確かに私は最後に潜るのがいいでしょう。 ではミレイお願いするわね」
レイナさんは自分の胴体に例の投げ縄のロープを括りつけてから、そのロープの端をミレイさんに委ねた。
「あ、あれっ? 僕は?」
「ああ、ヨシ君ありがとう。 先にゲートを潜って待っていてくださいね」
なんか残念だ。 僕がレイナさんをロープで引っ張る案はにべもなく断られてしまった。
マリ、カナさん、そして僕が気を取り直してゲートを潜ると、直にミレイさん、そしてレイナさんがゲートを潜って来た。 僕らの心配は杞憂に終わり特にレイナさんは誘惑されることもなかったようだ。
そのあと、例のゲート調査スコープを使って、第4階層に残されたアイツ等の様子を観察した。 アイツ等――スーパーミーアンと名付けた――は、暫くその場にとどまっていたが1時間程してからゆっくりとダンジョンの奥へと帰って行った。 そして僕らはプライベートダンジョンの中で休息を取った。
いつもの通り、ソファーに座って寛ぎながら今後の戦闘方針の話し合いを始めた。
「それにしても、スーパーミーアンの誘惑スキルは厄介だわね。 私の業火も通じないかもなんだよね?」
「それについては、シミュレーターで確かめてみてはどうかしら。 いよいよ本当の意味で持ち込んだVR設備が役立つときがきたのです」
「ええと、マリが取得したデータってそこまで有用なんですか? なんかシミュレーターのAIって凄いな」
「ヨシ君、これは裏情報なのですが、マリちゃんが看破したデータは、魔物の未知の挙動まで再現できてしまうそうです。 つまりシミュレーターはビッグデータによる学習機能の範囲を大幅に超越しているらしいの。 そのシミュレータープログラムはダンジョン省が何処からか入手したものだそうです」
「レイナさん、それって変じゃないですか? 何処のものとも知れないプログラムを採用しているのも変だし、魔物の未知の挙動まで再現できるってのは、AIでは原理的に無理ですよね」
「私の父もそんなことを言っていたわ。 何か知っているようだったけど教えてくれなかったのよ。 カナは何か知ってる?」
「ごめん、初めて聞いたかも。 今度アイツにお酒を与えて吐かせてやるわ。 でも何か大規模な攻略に参加しているらしくて今家に居ないのよね」
「シミュレーターの謎は後に回すとして、もし活用できるなら使ってみてもいいわね。 誘惑なんてスキルは知られていないはずだし、それが再現されているなら、……不思議だけれども有用だわ。 とにかく試して見ましょう」
「そういえば僕のユニークスキルの急所突きが何故ゲーム内で使えたのかな? これも大分不思議だよね。 もしかしてレイナさんのスキルも再現できるのかな」
「……まさかそんな。 でも私のスキルまで再現されてしまうとなれば、これはもう、……理解不能ですね」
「……」
シミュレーターの謎は一旦棚に上げて、レイナさんの提案を受けて僕らは2D版VR室でシミュレーターにログインした。 そしてそのスーパーミーアンに戦いを挑んでみた。
マリが看破EXから得た情報で作られたそのスーパーミーアンのモブの挙動は現物と殆ど一緒だった。 ミレイさんたちのアバターばかりでなく僕も誘惑を受けるし、レイナさんのウインドバリアはソイツ等に有効だった。 直接的な魔法は予想通り効果なし。 間接的な熱波とか、水魔法で包む窒息攻撃も無効だった。 そしてミレイさんの土魔法による攻撃だが、正確な武器登録だけはできないようなので、土魔法で操作できる壊れない弾という仮想武器を作り出してテストを行ってみた。 その結果物理攻撃は有効で、黒い耳付近への打撃が効果的であることがわかったのだった。 また僕らのダンジョン内のパラメーターも事前に手動設定しなくても自動設定で反映されていたこともわかった。
シミュレーターからログアウトしてから、シミュレーターの原理などについて暫く話し合ったが謎は深まるばかりで結論は出なかった。 しかし誘惑スキルが再現されていたことにより、未知のスキルについてもシミュレータが実用的であるらしいことが分かった。
シミュレーターで有効だった土魔法による射撃を主体にしてスーパーミーアンの攻略に移ることにした。
プライベートダンジョンを出て、満を持してゲートを超えて第4階層へと入った。 カナさんの誘導に従って暫く進むと奴らと思しき魔物が僕の探知に引っかかった。
僕の報告を受けてレイナさんがウインドバリアを展開した。 今回の戦闘ではカナさんとマリはお休みだ。
僕らはゆっくりとスーパーミーアンと思われる魔物へ近づいていった。 距離にして200m程になったところで、探知した魔物がスーパーミーアンであることが確認できた。
僕とミレイさんはウインドバリアの外へでて一気に土魔法の射程圏内へと走り寄った。 スーパーミーアンの移動速度はそれ程早くない。 こちらへ向かって来たら全速力で逃げればなんということはない。 僕がいればミレイさんをアシストできるので更に早く逃げられるし、僕は例の投げ縄をもってきている。
50m程一匹目に近づいたところでミレイさんが黄色い種を1つ使って射撃を行った。 MPを全て消費しての全力攻撃だ。
バシュッ!
ミレイさんの放った黄色い種の弾丸はスーパーミーアンの黒い耳付近を掠めて通過した。 あらかじめシミュレータで分かっていたことだが、命中率が良くない。
う~ん。 威力に比較してDEXが低めだよな?
その都度オーブを使いMPを回復しながら何度か攻撃したが中々当たらない。 そこでピンときた。
「え、ええと。 ミレイさん。 ちょっと複合魔法を試して見ませんか?」
「な、なんの? まさか今の射撃と雷魔法を?」
ミレイさんが震えるのが分かった。 よほど雷魔法で恐ろしい目にあったことがあるのだろうか。 でもここは奴を倒すために是非試させてほしいところだ。
「そうだよ。 黄色い種の弾丸に雷魔法を付与するんだ。 そうすれば僕のDEXや急所突きも効果が乗るかもですよっ!」
これでどうかって位に押して見た。 実のところ本当にそうなるだろうと信じている。 別に手をつなぎたいとかそういう下心があるわけではない、……と思う。
「……」
僕の説得に負けてミレイさんの左手は僕の右手に委ねられた。 ほんのりと汗ばんだような感じで暖かい。 そして僕は彼女の握る黄色い種に雷魔法のMPを1だけ使って付与してみた。
黄色い種に青白い電流のようなパチパチが生じ、それを確認するやいなや一気にミレイさんがスーパーミーアンに向かって種の弾丸を打ち出した。 その時、僕には思惑通り急所に向かってコントロールされてるのが感じられた。
その雷属性を帯びた弾丸は難なくスーパーミーアンの頭を吹き飛ばしてみせた。
まず一匹倒した僕とミレイさんは、次々とスーパーミーアンに狙いを定めて射撃を行っていった。 そしてスーパーミーアン6体をあっという間に片づけてしまったのだった。
今回の戦闘は僕らにとって不快だった。 誘惑で囚われた彼女らはもちろん、ミレイさんとレイナさんそして僕以外は戦闘的にあまり役に立てなかったからだ。 ちなみにノーマルのミーアンキャットの群れの討伐は僕とマリとで行った。