119. 共犯者
中級ダンジョン攻略中に、プライベートダンジョン内で休息するつもりが、本気の攻略をしてしまった僕らは、やっと第1区画へと帰ってきて休むことにした。
今日の攻略活動はこれにて中止にして、プライベートダンジョン内に設置した2D版VRルームで、独立サーバのVIPサロナーズオンランにログインして遊んだりして過ごした。
もちろんマリが取得した新しい魔物の情報も登録しておいた。 その際、第15区画の魔物はブラックカウ、第16区画の鳳仙花はハジケホウセンカと命名しておいた。 ユニークについては、ユニーククロオリクモとユニークホウセンカと何の捻りもない名前とした。 ユニークについては今後戦うことは無いので命名とかは適当でいいのだ。
そして明朝、僕らは改めて6963中級ダンジョンの攻略に戻った。 いつもの通り雑魚をできるだけスルーして第4階層へ入り、少し進んだところで女子達が歓声をあげた。
「きゃぁ~、ミーアンキャットよっ。 可愛い~!」
ミーアンキャットという可愛らしい白色の猫型モフモフがいたのだ。 そのミーアンキャットはレベルが50付近と、一般には強い魔物ではあるが、こちらから危害を与えないと逃げもしないノンアクティブタイプなので安全なのだ。 完全魔法耐性があるため倒す場合には物理攻撃しかないのだが、そもそも倒す必要性は全くない。
可愛らしくて安全、さらに人懐こいところもあるので熱烈なファンがいて、ミーアンキャットゾーンまで訪れる観光ツアーまである。
案の定彼女達はミーアンキャットに魅力に囚われてしまったので、ここで一旦休息になるだろう。 僕とマリはミーアンキャットと戯れるそんな彼女らを放置して、プライベートダンジョンの中へ入り、保存してあったショート動画などを見ながら暇つぶしていた。 そしてかれこれ1時間ほどでプライベートダンジョンから出てミーアンキャットゾーンに戻った。
「ミレイさん、レイナさん、カナさん。 そろそろいいですかぁ~。 また帰りに寄りましょうよ~。 その辺にしておきましょうよ~」
彼女達に攻略へ戻ることを提案した。 レジャーは大事だがやることややらねばならない。 僕の提案を聞き入れたのか、彼女達は僕達に振り向いて、抱き付いていたミーアンキャットから離れようとした。
だがすぐに引き返していき、恍惚感に浸るような顔をしてもう一度ミーアンキャットに抱き着いて撫で始めた。
「困った人達だな~。 そんなに気に入ったんなら、猫型ロボットを買えばいいじゃないですか~。 お~い、もどってこ~い」
僕の説得に答えるようにミーアンキャットから離れたと思ったら、また引き返してミーアンキャットを撫で始めた。
も~しょうがないな~。 これは抱きかかえてでも連れ戻そうかな。 そう思って彼女達が戯れている所へ行こうとしたところで気が付いた。 彼女達の回りに直径10m程の非常にほのかな赤い色の円形ドームが発生していることに。
ん? 何だこれは?
反射的にそのドームに触ろうとして、思い止まった。 彼女達の挙動がおかしいことに関係していないだろうか? そう思ってそのドームに入る前にマリに確認した。
「マリ、ここに、赤い円形のフィールドがあるんだけど何かな? ミーアンキャットってこんなのを発生させる能力があったかな?」
「なに? フィールドだって? どこに、……。 ああ、確かによく見ると赤いフィールドが見えるな。 これってなんなんだ?」
「何なんだって、僕が聞いているんだよ。 ミーアンキャットってこんな能力があるの? ちょっと、能力を調べてみてよ」
「ミーアンキャットに特殊能力なんて無かったはずだぞ。 まあいいちょっと調べ……、ヤバイ、ヨシそこからすぐに離れろっ!」
なんだか分からないが僕はマリの言う通りにそこから即座に退いた。
「マリ、どうしたんだよ? ビックリするじゃないか」
「そのミーアンキャットの群れの中に、レベル263の奴がいるぞ。 そしてソイツは、”誘惑”っていうスキル持ちだ。 そのフィールドは誘惑スキルの効果範囲内かもしれん」
「えっ? レベル263? 誘惑?」
「ああそうだ。 普通の奴はレベル50位なんだが、一体だけ263のがいるぞ」
「それはまた、厄介なっ。 それは上位種ってことかな? つまりミレイさん達は上位種に誘惑されているってこと? でも魅了じゃなくて誘惑ってなんだよ!」
「多分な、誘惑されているなこれは」
「誘惑されたなら彼女達は危ないんじゃ?」
「見た限りじゃ、魅了されて囚われている風にしか見えんな。 とりあえず、身体的危機には無いんじゃねーか?」
確かに見た限りでは、ミーアンキャットを抱きしめて頭を撫でているだけで身体的に危害を与えられているようには見えない。 彼女達が一方的にミーアンキャットを愛でているだけに見える。
「誘惑か。 でもレイナさんとかINTとかMNDは2000もあるよね。 そんなステータスなのに精神攻撃に負けているなんて思えないんだけど。 これってレジスト無効?」
「そんなのは分からんな。 まさか試して見ろとは言わんよな? こんな時に実験なんて怖くてできんぞ。 それでどうする?」
「う~ん。 そうだな。 あのフィールドの中から引き擦り出せれば誘惑効果は切れそうなんだけど……。 マリ、お前ちょっと言ってレイナさんあたりを引っ張ってきてくれるか?」
「なんで俺なんだよ。 俺だって誘惑されるかもしれんのだぞ」
「いや、女子を誘惑しているんだぞ。 男子を誘惑するはずがないじゃないか。 それともマリは誘惑されそうか?」
「そんなわけねーだろ。 ああやってやるよ」
「ちょっと待った。 万一誘惑されたら不味いから、対策をしておこう」
僕はそう言ってアイテムボックスの中から、縦横高さ3m程の組み立て式セーフティテントを出して見た。 出来れば鉄の棒とかがあれば良かったのだがアイテムボックスのリスト上で目についた頑丈そうなアイテムはそれだったのだ。
「セーフティテントなんか出して何をする気だ?」
「マリがあのフィールドに触れたときに何があるといけないから、そのセーフティテントを投げてお前を叩き出すんだよ。 その位じゃお前死なないだろ?」
「いや確かに死なないかもしれんが、そんなものぶつけられて無事に済むものなのか?」
「事前に実験してみる?」
「……」
マリが拒否しなかったので、実験を行うことにした。 僕はセーフティーテントユニットを空中に出してマリの方へと投げつけた。 そしてそれがぶつかる瞬間にマリがそれを回避してみせた。
ガラガラガッシャン。
セーフティテントユニットはそのまま地に落ちて暫く転がった。 マリは恐ろし気な顔をしてそれを見ていた。
「マリ、避けちゃだめだろ~」
「お、お前。 これは人に向かって投げちゃダメなヤツだ。 どう考えても殺すつもりでやっているとしか思えん。 もっと小さいものはないか?」
「……」
「う~ん、何がいいかな」
「俺の体重じゃ、ソファー位でいいじゃねーか。 それで十分俺を弾けると思うぞ」
ダンジョンの外でソファーを投げつけられたら只では済まないかもだが、ダンジョンの中でならステータスが上がっている状態なら大丈夫なはずだ。 まあ僕の考えではセーフティテントユニットでも大丈夫という見立てだったんだけど。
マリの提案に従ってソファーを出してマリに投げつけてみた。 マリはそれを見てキャッチを試みたが、キャッチした途端重さに負けて後ろへ吹っ飛んでしまった。
「マリ、大丈夫か?」
「お、おお。 大丈夫だ。 痛くねーなこれは。 傷も、……無いな」
「じゃあ、この戦法でフィールド効果を調べよう」
そしてマリはフィールドに触れて中へ入ろうとした。
そのとたん、マリがそのまま食い入るようにミーアンキャットを見つめたのがわかった。
これは誘惑されたな? と思ったのでマリに向かって即座にソファーを投げつけてみた。
マリは投げつけられたソファーに気が付くこともなく、ソファーに直撃されて反対側のフィールドの外へと飛ばされた。
「マリっ、大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫だ。 だが、あれはヤバイな。 フィールドに入った途端にアイツ等が愛おしくて堪らなくなっちまったよ。 これは不味いぞ」
「つまり、あれは性別に関係なく誘惑するタイプなんだな。 全くヤバイ奴だ」
「まあ、これで対処法は大体わかったな。 ソファーを投げて彼女達を弾きだせばいいってこったな」
「マリ、そんなことをしたら後で僕が彼女達に懲らしめられないか?」
「それは、まぁあり得るな。 だがよ、必要なことだから諦めろ。 後で懲らしめられるだけでこの危機を脱することができるんだぞ」
「……ええと、それよりも戦友マリさん。 君を彼女達に投げてぶつけるから何とかしてみせろよ」
「……つまり俺も一緒に彼女等に懲らしめられろってことか? でも慎重にやらないと上手くいかんぞ? へたすりゃミイラ取りがなんちゃらだな」
「……」
マリと僕は暫くの間、色々と考えて議論していたが、マリがおもむろに気づいた顔をしてからアイテムボックスの中から登山用のリュックを取り出した。 そしてそのリュックの中から登山用のロープを取り出した。
「ヨシ、お前カウボーイって奴を知っているか?」
「ええと、さっき第15区画で出たのはブラックカウだよね、その前はレッドカウ。 カウボーイか、知らない魔物だな」
「全く、こういう時にボケて見せるのは、……最早お前の習性だな」
「ああ、理解してくれてうれしいよ。 それで?」
「わからんか? またボケているのか? ……投げ縄だ。 投げ縄で一人ずつ捕まえて引っ張るという案だ」
「な、なるほど。 マリ任せたっ!」
「いやいや、俺のDEXはお前のDEXと比べてかなり低いんだ。 これはお前が適任だ」
「いやいや、彼女達を縄で縛るなんてそんな楽しいこと、……不敬なことは友と分かち合わなければいけないよ」
「……」
「じゃあな。 お前が投げ縄で捕らえて、俺が引っ張るってのはどうだ? これなら俺はお前の共犯者だ」
「ま、まあそれならいいか」
僕らの投げ縄式救出作戦が始まった。