12. トイレ
「オッケー。 上出来です。 では次にDさんお願いします」
Dさん――ミレイさんは、おずおずと前へ進み出て僕と同じようにスライムの一匹が集団から離れるのを待った。
スライムの一匹が集団から離れた。 討伐のチャンス到来だ。
だがミレイさんはピクっと動いたが行動には移さなかった。
う~ん、どうしたんだろう。 らしくないな。 タイミングを逃したのだろうか?
そしてまた一匹が集団から抜け出て結構な距離へ離れた。 それでもミレイさんは動かなかった。
「Dさんどうした? 離れた一匹を剣で突いてみて」
「きょ、教官。 わ、私は最後でいいですか?」
「あ、ああ。 じゃ最後に回ってもらおうか。 ではE君お願いします」
教官は慣れたような態度で、ミレイさんを後回しにした。 僕にはミレイさんの意図が分かりかねた。 あのトップクランの、その中でも華々しく活躍していると思われるミレイさんが、スライムなんぞに臆するとは思えなかったのだ。
そしてミレイさん以外のメンバーの討伐が終わり、再びミレイさんの番になった。
スライムの前に出るまでは良かったが、前回と同様にいくら待っても動く気配が感じられなかった。
「ん? Dさん。 怖いのかい? 大丈夫だからやってごらん」
「わ、私、私」
ミレイさんは何となく震えているようだ。 何か声でも掛けて応援してあげようか。 それにしても、モジモジしているな。 まさかそういうことなのか?
「あの教官。 Dさんはトイレへ行きたいんじゃないでしょうか?」
するとミレイさんは表情を変え、震えが一瞬にして止まったかと思ったら、一気にスライムへと迫り、素早く三匹まとめて討伐してしまった。 まさにこの前のVRシミュレーションで見せた、あの俊敏な動きを再現させて見せたのだ。 これには僕も含めて皆が意表を突かれてしまった。
その後、なぜだかミレイさんは僕へ振り返り震え出していた。
「お、おう。 Dさん、よくやった。 まるで上級冒険者のような動きだったよ」
「グッ、あ、ありがとうございます。 怒りを感じたらシミュレーションの時のように動けました」
ミレイさんは、僕を睨んでいるような態度で教官にそう答えた。
せっかく言葉で助けたつもりなのに、僕に怒りを覚えているなんて、割に合わない気分がした。
そして一行はノミネズミのいるセクションへとやってきた。
ノミネズミは素早い動きをするネズミのような魔物で大型犬サイズなのだが、これもまた僕らの防具の前には無力なので討伐は容易い。
教官が討伐のお手本を見せて、僕も続いて一匹を軽く一撃で仕留めてやった。
そしてミレイさんの番になった。
ミレイさんは前に出て構えたが、前回と同じように固まったままで、なかなか攻撃を仕掛けない。
何をやっているんだろう?
今度こそトイレに行きたいのだろうか。
「あの、Dさん、トイレにいk…」
言い終わらない間に、またも素早く動いたと思ったら、あっという間にソイツを討伐してみせた。
僕らは最後の実習となるゴブリンの巣へ辿り着いた。
ゴブリンは醜悪な容姿をしていて集団で行動するし、多少の知能があるためか道具も使って攻撃を仕掛けてくる奴だ。
もちろんその攻撃は僕らの防具の前には無力だが、集団なので今までのように一匹ずつの討伐ではなく、パーティ全員で戦うことになる。
つまりパーティ戦になるのだが、我々実習生には連携などできるはずもないので、必然的に集団対集団の混戦になってしまう。
「さて、ゴブリン集団の討伐です。 これが終わった時点で正式に冒険者と認められるので、皆さん頑張ってください。 今回の討伐は、……そうですね、丁度あそこにいる6匹の集団を対象とします。 普段なら私たち教官が加勢して戦力をコントロールしながら戦うのですが、今日の集団は小さくて丁度いい数なのでそのまま加勢無しで戦っていただこうと思います」
「あの、どういうタイミングで仕掛けますか?」
F君が教官に質問した。
「そうだね、…ヘルメットのディスプレイに表示されている時刻で、15時25分になったら突入することにしましょう。 では準備してください」
「「「「 はい 」」」」
若干2名ほど返事が無かったが特に問題ないのだろう。 僕らは時刻が15時25分になると構えをとって動こうとした。 ふと見ると、ミレイさんがまた固まっているように見えたので応援してみる。
「トイレ!」
その途端ミレイさんが動きだし、僕らのゴブリン討伐が始まった。
相手は6匹で全て棍棒を持っている。 そしてこちらはミレイさんを入れて4名、……残りの2名は恐怖のために動けずに脱落してしまっているようだ。 ゴブリンは醜悪だし人型だから、人によっては苦手意識を持ってしまうのは理解できる。