115. 美味しいところ
第14区画は以前と変わらずガランとしていた。 遠くは霞がかかって見通せないが、僕の探知には反応するので魔物はいるようだ。 その魔物に近寄ってみると”噛み付き小石”だった。 ただし今までと違うのは色がダンジョンの壁と殆ど同じでビックリするぐらい平べったいため目視で見つけ難いのだ。 ツッツキ君で突いてみると普通の”噛み付き小石”と同様にオーブ2つとエネルギー石に変化して消え去った。
「マリ、これってやはり、あの”噛み付き小石”と同じか?」
「のようだな。 それにしてもこれは随分と保護色してるじゃねーか。 こんなの俺たちじゃなきゃ区別つかんだろ。 まぁスキルとかレベルとかは見た限りじゃ同じだけどな」
「マリちゃん、ヨシ君。 それってやはり間違えて踏みつけたら攻撃されるの?」
「う~ん、そうだろうね。 試してみますか? レイナさんは蹴ってみて一度噛み付かれたのを経験してたけど、ミレイさんはまだ経験ないよね」
ミレイさんは僕の一言で催眠効果を受けたように、自然に歩いて行ってソイツを行き踏みつけてしまった。 もしかして僕には催眠の素質があるのだろうか、普通のミレイさんなら絶対にやりそうにない行為だ。 それにしても踏みつけたミレイさんが平然な顔をしているのが変だ。
あれっ? 攻撃されてない? これはどういうことなんだ?
「これが”噛み付き小石”なの? 全然反撃されてないみたいだけど……」
そう言ってミレイさんは再び踏みつけを試しはじめた。 乗っては降り、降りては乗る。 そんなことを10回ほど繰り返した時、叫び声をあげた。
「ぎゃ、痛った~い!」
”噛み付き小石”が、今のステータスのミレイさんに悲鳴を上げさせる程の反撃をするって? 普通ならあり得ないが、なるほどそういう事か。
「ど、どうして?」
「ええとですね。 きっとストレスに耐えられなかったんじゃないかと思うんです」
「ストレス?」
「いくらその魔物がそういうプレイが好きだと言っても、耐えきれずに貯め込んだストレスを一気に放出したんじゃないかな。 変質前の奴と違ってソイツは貯め込むタイプだったってことなんだ」
「プレイって……」
「でも、危険なことは確かですね。 やはり討伐しておきましょうか」
僕達は”噛み付き小石”の殲滅を始めた。 コイツは本当にうまく床に擬態していて普通なら見つけるのが困難だ。 もしかして普通のダンジョンのセーフティゾーンにいるだろう”噛み付き小石”は、擬態とため込む性質の効果で発見されにくいのかもしれない。
そんな”噛みつき小石”の討伐作業を入口側から順番に進めていき、第15区画のゲート前までやってきた。
それにしても今までの調査で変質後のプライベートダンジョンで問題があるとすれば、”噛み付き石”シリーズの魔物が小石以外居ないことだ。 オーブはともかく、噛み付き大岩が居ないことでスキルオーブの入手手段が第15区画以降の魔物討伐に限定されてしまう。 それに僕にとっての問題はあのアカトンボゾーンだ。 ”ええっ!”攻撃でスタンさせてスルーするって方法はあるけど、アカトンボの群れは見るだけでも怖い。
「さて第15区画の攻略はどうしよう? 変質後のダンジョンだと”噛み付き大岩”が居ないからスキルオーブを手に入れるなら第15区画以降を攻略しないとなんだよね。 でもセーフティゾーンを超えると魔物はいきなり強くなることが問題かな」
「ヨシ君はどう思うの? 攻略すべきだと思う?」
「パーティが強くなるためには攻略した方がいいと思うかな。 ダンジョンが変質して魔法攻撃系のスキルオーブもドロップするようになっているから魔法攻撃スキルを伸ばすチャンスなんじゃないかな。 攻略法さえ確立できればスキルオーブの確保も苦労しなくなるはずだし。 でも最初は気を付けないとだけどね」
「今は俺もいるし、ミレイたちもいる。 お前がソロで試すよりもずっと安全だ。 俺もこのまま攻略を進めてもいいと思ってるぜ」
「……お前は随分変わったな。 僕のことをヤバイ奴ってみていたくせに、今じゃ随分好戦的じゃないか」
「そーでもないぜ。 間違っても俺はお前みたいな無茶はしねーよ。 パーティの準備が万全で万一でも危なくないと思ったからだぞ」
「そうか、……ならば、やっちゃうか?」
「ちょっと待ってヨシ君。 まず今回準備してきた、このゲート調査スコープを使いましょう。 このスコープはダンジョン探査部隊の標準装備の一つなのです。 このケーブルの端をゲートの中へ差し込んで中の様子を突入前に知ることができるのです。 ゲートは半透明ですが、死角に魔物がいて不意打ちがあると危険です」
一度痛い目に合っている僕はレイナさんの提案に同意し、ゲート調査スコープで次の区画の安全を調査してから、ヘルメットも着けて慎重にゲートを潜った。
ゲートを潜ると即レイナさんがウィンドバリアを展開し、僕は探知に集中した。 けれど探知に関係なくソイツはすぐに視界に入った。 あのレッドカウの色違いみたいな奴だ。 ゲームならば開発チームが手抜きして作ったモブだと断言できる。 一つだけ大きな違いは、額に小さい角が出ているぐらいだ。
「マリ、アイツってどんな感じだ? ステータスとかレッドカウと同じか?」
「ああ、そうだな。 看破してみた限りじゃぁ同じ感じだな」
「じゃあ一匹だけ試しに狩ってみるよ。 皆はゲートの左サイドに避難しておいてね」
僕はソイツを釣りに向かった。 ソイツは新種なので仮にブラックカウと呼ぶ事にした。 正式名は後でパーティで決めることになる。
僕はブラックカウに近づいて、わざとそれの視界の内に入り、敵意を向けさせて追いかけてくるように仕向けた。 ここまではレッドカウに対する戦法と同じだ。 僕はダンジョンの壁――第14区画側の壁へとブラックカウを引っ張って行き壁に激突させてみた。 結果激突したとたん奴の角が折れてそのまま消滅してしまった。 ミレイさん達は息を呑んでそれを見ていた。
あ、あれっ? コイツって、角に大きな衝撃を受けると倒れるってことか? なんて間抜けな奴だ。 レッドカウよりもずっと攻略しやすいんじゃないか?
ならば遠慮する必要なんてない。 僕はもう一度奥まで行って一気に10匹程度の集団を釣って、第14区画側へと引き返した。 そうしてブラックカウを壁へと誘導したのだが……。
「「「きゃぁ~~~~~!!」」」
女子3人組が悲鳴をあげた。 何だ? と思ってみてみると、10匹程度のブラックカウの大群を恐ろし気に見て固まっていた。
あ、ああ。 確かに、大型トラックサイズの魔物10匹ぐらいが僕を追いかけて凄い勢いで迫ってくるのだ。 彼女らが恐怖を感じてしまうのは無理からぬことなのかもしれない。 それにしても、その悲鳴は不味い。 ブラックカウ達はその悲鳴で敵意を彼女達に向けてしまったのだ。
「ええっ!!」
僕は必死に敵意を取り戻そうと”ええっ!!”攻撃を試みた。 これで駄目なら彼女達とブラックカウの間に割り込んで無理してでも直撃を逸らさねばならない。 だがブラックカウ達は思惑通り僕に敵意を移したので、そのまま壁に激突させて倒すことができた。
「ふぅ、 危なかったです。 急に叫んじゃ駄目ですよ。 見学は静かにお願いします」
「ご、ごめんなさい。 凄い迫力だったからちょっと」
そして彼女等は、女子用と書かれた組み立て済のセーフティテントをアイテムボックスから出して引っ込んだ。 なぜ? と思ったが、もしかしたら驚きすぎて下着に問題が起きてしまったのかもしれない。
その後マリもブラックカウ討伐をやってみて、同じ戦法で無難にブラックカウを処理していた。 今のマリのステータスなら、以前の僕のステータスには届かないもののレッドカウごときには十分だったのだ。
第15区画を無事制圧した僕らは、第16区画の手前まで到達した。 ブラックカウ達をそこの壁へ激突させて処理したから当然だ。 尚、ブラックカウのドロップ品はレッドカウと同じくエムレザーが確定だった。 スキルオーブも4つも得られた。
これでもう十分だと引き返そうかと思ったが、いつもの調子で思いついてしまった。
「あの、ミレイさん。 緋色のナイフって沢山あった方が良いですかね?」
「緋色のナイフ? 私に貸してくれたあのナイフのことね? もちろん沢山あれば安心だわ。 銃撃の弾丸のような使い方だから、回収できない時もあるかもだから……。 でも贅沢よね。 土魔法で強力な攻撃ができるようになっただけでも十分ね」
「俺の意見を言わせてもらうぞ? そのナイフのお蔭でミレイの土魔法は攻撃力が高くなったがな、弾数が限られていて、壊れてだんだん数も減って行くのはどうかと思うぞ。 定期的に補充できりゃいいんだがな」
マリの意見はその通りだ。 弾が20発程では心もとない。 マリの意見にはレイナさんも賛同してくれた。
「マリちゃんに賛成です。 パーティの戦力を維持するためにナイフは沢山あった方がよいけれど、この変質後のダンジョンでもその武器はドロップするのかしら」
「ええと、出るとしたら次の第16区画です。 前はアンフェアイソギンという触手使いの魔物がいて、ソイツがポロポロとナイフをドロップしたんですよ」
「触手……。 何か寒気がするような。 ……私達は立ち入らない方が良さそうな……」
「いや、是非見ておくべきですよ。 ヤバイ奴ほど対策が必要です。 まぁシミュレーションでもいいですけど」
「よ、ヨシ君。 なんか邪悪な顔つきになってない?」
くっ、下心を見抜かれてしまったか。 でも一度でいいから彼女達にも触手対策を経験してもらいたい。
「ええとですね。 変質後のダンジョンでその触手使いが出るとは限らないですよ。 それに自分の武器は自分で確保したいとは思いませんか?」
「……」
「まあ、やってみようや。 もしもの場合は俺が守ってやるぜ」
ま、マリ。 お前は美味しいところだけを持って行ったな。 この卑怯者め!
第16区画の攻略が決まり、ゲート調査スコープで安全を確かめてからゲートを潜った。 そして暫く中を進むと魔物がいた。 そいつは僕の期待を裏切り、イソギンチャクとは全く別の見かけの植物だった。