114. 小心者
もう少しの間、その羨望の眼差しを見ていたかったけれど、残りのドロップ品が目に入ってしまった。 スキルオーブを2つに青色のサーベル。 水色シリーズはレベル260付近の威力がある武器ということだ。 それは良いとしてもスキルオーブをどうするかだ。 マリが少し弱めな感じなので一つはマリに使ってもらうということでいいにしても、もう一つは?
スキルオーブを拾い上げて観察してみる。 いつものやつだ。 こんどこそ僕が試食してみるべきだろうか? そんな魅力的な考えが一瞬だけ浮かんでしまった。 だが食べるところを見せてしまうと、また何か言われてしまうかもしれない。 そんな思いが僕に待ったをかけた。 食べるなら一人の時にこっそりとやってみることにしよう。
「ええと、スキルオーブだけど、マリ。 お前が使った方が良くないか? ステータスは上がっているけど、スキル的には少し弱めな気がするんだよ」
「わたくしの意見よろしいかしら。 このプライベートダンジョンの中でドロップしたスキルオーブの使い方については、もうヨシ君に任せた方が良い気がします。 優先権はヨシ君にあると思いますので」
レイナさんがこの場を仕切ってしまい、それに僕以外の皆が同意してしまった。 まあ僕としても特に異論はない。
僕はマリにスキルオーブを1つ手渡した。 そしてマリはそれを素直に使って見せた。
そしてもう一つをどうするかを考えて彼女達を見た。 何となく彼女達が怯えているような気がした。
この後に及んで、まだスキルオーブの使用が怖いとでも言うのだろうか。 スキルオーブの使用回数では、レイナさんとミレイさんが少ないので彼女達に使ってもらうことになるだろう。 僕はミレイさんに向かって一歩踏み出した。 すると彼女が一歩退くのが見えた。
あれっ? 逃げに入っている? ほほ~、ならばやってやろう。
もう一歩踏み出すと彼女はもう一歩退こうとした。 その足の下に向かってスキルオーブを投げつけてみた。 僕の高いDEXなどのステータスを使えばその精度は抜群だ。
ぷちっ!
彼女は呆気なくスキルオーブを踏み潰してしまった。 その瞬間みせた驚きの顔は実によい顔だった。 まあこれは、さっきのお返しだ。 本当は倍返しといきたいところだったが、生憎その弾がない。 ささやかだが、今回はこれで良しとしよう。
それでは質問タイムだ。
「マリ、どうだった? 何が上がった?」
「水魔法6を習得したな。 これって攻撃系魔法だよな?」
「私も土魔法9を習得したわ。 これって攻撃魔法ね。 でもこれは……」
「……」
「どういう事かしら? プライベートダンジョンでは攻撃系魔法スキルは出なかったんじゃないの?」
「まさか僕のプライベートダンジョンって本当に変質しちゃったのかな?」
「何てこと? なら私のアイテムボックスはこれ以上成長しないの?」
「み、ミレイさん。 多分容量的にはもう十分じゃなかな。 そこまで貪欲にならなくても……」
「言ってみただけなの。 確かにもう十分だわ。 でもせっかく取得させてもらったスキルが土魔法というのは少し残念な気がするわ。 これって石を飛ばす投石魔法なのよね。 外から持ち込んだ石なんて魔物に通じないし」
「ミレイ、気持ちはわかるわ。 INT系の属性魔法は一種類しか使えないものね。 土魔法は確かな外れ魔法なのよ。 ダンジョン武器は大きくて重すぎるから飛ばせないし、外から持ち込んだ石とかは硬度が低くて攻撃力がないし、エネルギー石はダンジョンの中では割れやすくて軽いからダメね」
「え、ええと。 僕ってミレイさんに悪い事しちゃった?」
「いいえ、ヨシ君。 スキルを覚えさせてもらったのだから感謝してます。 それにこれは運だったのよ。 まさか攻撃魔法を覚えるとは思わなかったし、それが土魔法なのは完全な運だと思うの。 ただ戦闘で役に立てないところが悲しいだけなの。 そういえばこれで属性魔法を覚えてないのはヨシ君だけなのね。 そして残る属性魔法は雷魔法だけ……」
「どういうこと?」
「ええとね。 属性魔法を持っていると異なる種類の属性魔法は覚えられない。 だから属性魔法を持っている人が使おうとして使えなければ、そのオーブはその他の属性効果を持つスキルオーブということになるの。 だから……」
「ミレイの言いたいことはこうよ。 だから、覚えたくない属性魔法は、その持ち主に事前に確認してもらえばいいのよ。 つまり、火魔法を覚えたくなかったら私が試せばいいのよ。 普通のダンジョンでは治療と火水土風雷しか出ないはずだから。 とはいえ雷属性はかなり少ない部類なのよね」
なるほど、僕にとっては好都合な状況になったということだ。 今のパーティ構成で試せば雷属性魔法を選べることになるのだから。 雷魔法はイイ。 武器にエンチャントできるし、このパーティのバランスも最適になる。
「わかった。 じゃあ、僕が雷魔法を覚えるまでは、スキルオーブの優先度はマリと君たちで決めてよ」
じゃあスキルの件はこれで終わりかな、と思ったが少々気になったことがある。 土魔法がハズレって本当か? ダンジョン武器が重すぎて飛ばせないとか言ってたよな。 なら軽ければいけるってことか? 僕はアイテムボックスからEX経由で緋色のナイフを一本出して見た。 これならかなり軽量だ。
「あの~。 ミレイさん。 これって土魔法で飛ばせたりします?」
「小さいナイフ……。 これってまさかダンジョン武器なの?」
「ええ、これは第16区画の、卑怯者の魔物からドロップした品です。 第15区画でドロップするエムレザーの加工に使えるレベルの道具なんだけど、手裏剣のような使い方もできるかな~って」
僕は更に持っているだけ全ての緋色のナイフを取り出して見せた。 20本近くある。
「じ、実験してもいいの?」
「事前了解が必要です」
ミレイさんは皆から了解を取ったが、標的の魔物がいない。 仕方が無いので第12区画へと移動した。 そこには赤くて形が絶えず変化している雲があった。 僕の探知ではそれが魔物であることを示している。 驚愕してマリを見ると、マリも少し怯えたようにその魔物の情報を教えてくれた。
「こいつ等はレベル60くらいだな。 毒持ちで数は数え切れない程いるんだな。 これはあれか?」
「アカトンボね。 毒は大したことはないけれど数が問題だわ。 まとめて魔法で処理するのが賢明だと思う」
これは、やばい。 遠目には幼少期に夢で見た”てんとう虫”の大群と似ている。 僕は反射的に恐れをなして、ミレイさんの陰へ隠れようとしたが避けられた。 隠れようとする僕、それを避けるミレイさん。 そしてその速度はだんだん……。
「お前ら、何してんだ。 カナ、ここじゃ土魔法の実験は出来んから、早く焼き払ったらどうだ?」
「それもいいけど、まずレイナの風魔法でアイツ等をまとめてくれると楽になるかな」
「カナ、もっと有効な手があるんじゃないかしら? ほら、あのヨシ君の”ええっ”攻撃なら確実だと思うの」
それを聞いた僕はその恐ろしい提案に戦慄してしまった。
「ええっ!!! 僕が?」
「ちょっ、ヨシ君。 いきなりは止めて!」
周囲を見渡すと、レイナさんの思惑通りアカトンボの大群は地に落ちていて動かなくなっていた。
その様子を見たレイナさんはよろけながらも風魔法でそれを一か所に集めて、黙ったままウンインドバリアを発動した。 カナさんは集められたアカトンボを躊躇うことなく全力範囲火魔法で焼き払ってしまった。 結果そこに無数のエネルギー石だけが残った。
「では、エネルギー石を回収して次の区画へ参りましょう」
「いや、その前に強化を……」
僕はオーブを使ってみた。 ユニークスキルが増えたのだから真のステータスの上限が突破できているかもしれないからだ。 だが結果は変化なし。 ステータスは4000のままだった。
「あれ? そういえばヨシ君はまた上限突破したの?」
「いや駄目だったようです。 これで本当に上限なのか、それとも他に解放条件があるのか。 今は不明ということかな」
それから僕はアイテムボックスEXをフル活用してエネルギー石を集めた。 アイテムボックスを使うと集めることが非常に楽になる。 ある一定範囲を根こそぎ一発で収納できるからだ。 遠くまで散在してしまっている場合は別だが、近くにある場合は非常に便利になった。 今まではアイテムボックスの使用回数制限のために、一度手で集めてバックパックへ収納していたからだ。
僕らは実験のために第13区画へと入った。 そこにはスネークフロッグというレベル70付近の魔物がいた。 ソイツはカエル頭のツチノコのような体を持っている体長3メートルほどの魔物だ。 そいつの討伐で気を付けなければならないのは舌だとされている。 その舌は5mも伸び、剣のように物を切ることができる。 しかも舌の動きもかなり早いのだ。
けれど僕らのステータスの前には脅威でないし、ソイツはただの実験対象だ。
「では、狙ってみますね」
ミレイさんは緋色のナイフを右手で持ち、右目をつぶってナイフを投げた。 ほぼ同時に魔法を発動させるとナイフは鋭い加速を見せた。 そして50m程先のスネークフロッグに命中したかと思ったらそいつを爆散させてしまった。 ナイフがソイツに当たって体を貫通した際の衝撃が凄まじかったのだ。
「ミレイ、これは実にすごい威力ですね。 でも少しやり過ぎだったかもしれないわ。 これってもしかしてライフルの弾丸以上の速度が出たんじゃないかしら? カナの真似をしてみたの?」
「レイナ、誤解よ。 私はMPを10しか使ってなかったのよ。 カナと同じにしないで」
「ミレイ、私が何だって?」
「え、ええと。 カナみたいに思いっきりはできないの。 私小心者だから……」
小心者とは少し苦しい言い訳だ。 だがとっさに出たにしてはとりあえず及第点だ。
そして第13区画では、練習という名の虐殺が実行された。 問題点は飛ばした緋色のナイフをその都度回収しなければならないということだった。 20m付近までは土魔法で回収できるようだが、それ以上遠くへ飛んでしまったナイフは取りに行かねばならなかった。 それに何本かはダンジョンの壁への激突が原因で壊れてしまっていた。
この実験によって適切なダンジョン武器さえあれば土魔法は強いことがわかった。 これは僕達のパーティにとっても喜ばしいことといえるだろう。
殲滅が終わった僕らは、セーフティゾーンのはずの第14区画へと入って行った。