113. 掻っ攫う
渡されたエムレザーを腰に巻き付けて、回復魔法で微妙に減っているHPを満タンにした。 ミレイさんも念のために治療魔法を使ってくれた。
さてこれはどうしたものか。 何が起こったかは明確だ。 僕の窮地を救うために絡み付いた糸にカナさんが全力で単体火魔法浴びせたのだ。 僕はその余波で少しダメージを受けて、耐えきれなかった装備が消し炭になったというわけだ。 でもこれはカナさんのナイスプレイだといえるだろう。 糸を燃やしてもらえなければ危なかったかもしれない。 だけど強くなったカナさんでも、今の僕にあれ程のダメージを与える業火を発生させることができたと思えなかった。
「あ、あの。 カナさん。 ありがとうございます? ……助かりました」
「い、いえヨシ君。 本当にごめんなさい。 その前にヨシ君が庇ってくれなかったら、私は大怪我していたと思うの」
「いや、元々は僕が原因だからね。 噛み付き攻撃はそれほどでもなかったけれど問題はあの糸さ。 あれは本当にヤバかったよ。 あのまま糸に絡み付かれ続けたら動けないし、……いや多少は動けたかもだけどかなりの間苦しむことになっていたよ。 あっ、顔に糸を被せられたら窒息してやられていたかもしれない」
「そ、そうなの? でも本当にごめんなさいね。 ヨシ君が苦戦しているようだったから、レイナにも協力してもらって、全力で火魔法と風魔法の複合魔法を使ったのよ。 ヨシ君なら問題ないだろうという確信があったからね」
「そうでしたか、それであんな威力がでるとは思いませんでした。 いや~、ものの見事に丸裸にされちゃいましたね~。 そして遂に見られちゃいましたね~。 でもそれならお返しに僕にもカナさん達の……」
「あっ、あっ。 こんなことも有るかと。 前回の反省を踏まえて予備の装備は追加で持ってきてますよ? はい、これをどうぞ」
レイナさんが慌てて予備の装備をアイテムボックスから取り出してくれた。
くっ、カナさんを、少しからかってやりたかったけど、でもまあいいか。 見られても減るもんじゃないし。 いや装備は減ったけど、レイナさんが補充してくれたからな。 これはイーブンだと思うことにしよう。
後ろを向いてから新装備を装着した。 アンダーウエアが無いのでスースーして違和感があるが心地よい。 癖になってしまったらどうしよう。
そして僕はドロップ品に目を向けた。 案の定あの蜘蛛は虹色模様のオーブをドロップさせていた。 それに加えてスキルオーブを2つにオーブを4個。 さらにエネルギー石と水色のサーベルも。
一人だったら死闘となったはずだが、結果的には仲間の補助のお陰で苦戦という感じにはならなかった。戦い終わって、次なる課題はオーブの使い方だ。 特にユニークスキルオーブを誰が使うかを決めねばならない。 順番的には女子達の誰かなのだが。
僕はユニークスキルオーブを拾い上げて、彼女達に目を移した。 そのとたんミレイさんが悲鳴を上げた。
「きゃぁ~~~!! 蜘蛛~!!」
突然のことに僕はビックリして握っていたオーブを握り潰してしまった。
<ユニークスキル<アイテムボックスEX>を取得しました>
僕の頭の中にアナウンスが響き渡った。
何で?と思ってミレイさんを見るとミレイさんはニヤけた顔で口を開いた。
「あ、ああ。 間違えたわ~。 あれは蜘蛛じゃなかったのね~。 スキルオーブだったのね~ スキルオーブを蜘蛛と間違えてしまったわ~」
わ、わざとらしい言いぐさだっ!
ミレイさん、君は僕がマリにやったソレを真似して僕にお見舞いしたのかっ!
覚えていろっ! 次は君の番だっ!
僕はミレイさんをねめつけたが、ミレイさんは素知らぬ顔だ。
こうなった以上そのような態度を取るのは予想できた。
これは僕の負けだ。 使ってしまったオーブは取り返しがつかない。
それにしても、選りにもよって取得したスキルがアイテムボックス関連だなんて!
「あら、ヨシ君。 ユニークスキルオーブ使ったのですね。 おめでと~ございます。 どのようなスキルを取得されましたか?」
レイナさんの追い打ちが痛い。 これはどう答えたらいいだろう。
「ヨシ、お前が取得したスキルはなんだったんだ? アイテムボックス関係か?」
マリもニヤニヤしている。
ぐっ、マリ、鋭すぎるぞ。 それを言ったらお終いだ。 僕はお終いだ。 もう僕はパーティのポーター役に確定なのか? まぁある意味プライベートダンジョンも持ち運べる倉庫と化しているし、ポーター的な立場は逃れられない運命なのか?
そして僕は気づいてしまった。
あれっ? このアイテムボックスEXって、容量は10立方メートルぐらい? 随分小さいじゃないか。 だが一番の特徴はカウンターが無い事だ。 何回も出し入れ可能なことが最大のメリットなのかもしれない。 それに通常のアイテムボックスとは完全に独立しているから、大容量のアイテムボックスはそのまま使えるはずだ。
どうする? 隠すか? 隠すとしたらどうやって誤魔化すのか? 誤魔化すことが出来たとして身代わりのスキルはどうする? それに隠しておくメリットは?
悩んだ末、諦めた。 どのみち回数制限無しで出し入れが可能というメリットはでかいし、使う時にいちいち隠すのは面倒だ。 なら正直に話してしまおう。
「マリ、正解だ。 僕はアイテムボックスEXを習得したよ。 ははは、お前の心のメインジョブを奪ってしまった形になってすまんな」
「……」
「え~と。 ヨシ君。 真面目に答えて頂戴。 これはパーティの戦力にとって大事なことよ? 本当のところ如何だったの?」
どうやら僕の真実は信用されなかったらしい。 どうしたら信じてもらえるだろうか? ああ~、面倒だな。 面白くないからいっそのこと嘘でからかってやろう。
「え~と。 実は、ミミック、そうミミックEXを習得しました~。 これってなんだろうな。 僕もミレイさんに化けることができるんだろうか。 それとも……」
「えええ~~~? 選りにもよってヨシ君がミミックの上位版を覚えたってこと? だ、駄目よ。 私に化けて悪戯したら許さないからねっ!」
「お、おお。 その手があったか~。 よし試してみよ……」
ミレイさんが怒って剣に手をかけた。
不味い、悪ふざけはこのぐらいでやめておこう。
「いや、冗談だよ。 いやだな~本気にしないでくれよ。 僕が覚えたスキルは”ミミックEX”じゃなくて”アイテムボックスEX”だよ」
「おい、ヨシ。 いい加減にしろ。 本当のところは何なんだ? 正直に白状しろ!」
う~ん。 僕はどうしてこんなに信用されてないのかな~。 困ったな~。
「だから正直に言ってるじゃないか。 アイテムボックスEXを覚えたんだよ。 これは使用回数制限がないんだ。 もし必要ならここで10回以上使って見せようか?」
「……」
「お前がそこまで言うんなら本当なのか。 ……まあ回数制限が無いってのはドロップ品を拾うのに凄く便利だな。 なら、ヨシ。 これからはドロップ品の回収役とかを引き受けるってことだな?」
くっ、面倒この上ない仕事をやることになるのかっ。 これは辛いが諦めざるを得ないのか?
「あ、ああ。 でも、ドロップ品を集めるのは手伝ってくれよ。 今までのように皆でアイテムボックスのカウンター管理をする必要は無いけど、肉体労働の手間は分担でお願いするよ」
「するってーと、お前、マジなのかっ!! うは、うは、うはははは。 やったなお前、見事に俺からポーター役を搔っ攫ってみせたな」
「いやいや、マリ。 このEXの容量はアイテムボックス5相当なんだよ。 メインポーター役はあくまでもお前でいいよ」
「何だと? 容量が小さくなったってことか? そりゃ~却ってデメリットでかくないか? EXって言ったら上位互換かと思ったぜ。 お前やはり嘘ついてねーか? アイテムボックスに関しちゃお前は信用ならねーからな」
「え、ええと。 アイテムボックス15は残っているんだ。 EXはお前のように置き換わったわけじゃなくて追加されたスキルなんだよ」
「ええ~。 ヨシ君、ずるい。 それならアイテムボックスEXがいっぱいになったら、アイテムボックス15へ移動すればいいのね。 なら実用上困ることなんて殆ど無くなるってことじゃない」
移動? 確かにそうだ。 アイテムボックスEXとアイテムボックス15の間で必要な場合のみ移動してみれば汎用性はグッと高まるな。
これは実験するべきだ。 僕は思いついたその場で、アイテムボックス15内に保管されている”忘れ物”をアイテムボックスEXに移してみた。 何となくEXを汚してしまう気がしたが、そういうのを今やっておけば今後は躊躇せず使えるようになるはずだ。
そしてビックリしてしまった。
「ええっ!!!」
「ちょっと、それ止めてっていったでしょ? 何なの一体」
「カナさん、聞いてください。 意外なことにカウンターを消費しなかったんだよ」
「何を言っているの? EXはカウンターが無いって言ってたでしょ?」
「いや、アイテムボックス15とアイテムボックスEXの間でアイテムを移動させてみたけど、アイテムボックス15のカウンターが減らない、というかアイテムボックス15を開く必要がなかったんだ」
「……」
「それって、まさか」
「ああそうさ。 10立方メートル以内の大きさの物は、アイテムボックス15、つまり計算すると、えーと、一辺が約4.6kmの超巨大立方体相当の容量から出し入れ自由ってことさ」
「……」
「す、凄いです」
カナさん達は信じられないというような顔をした後、羨望の眼差しを向けてきた。 こんな情景は今までの人生で初めてのことかもしれない。 リアルでそういう目で見られることに免疫がなかった僕は、不覚にも喜びに打ち震えてしまったのだった。