112. 地獄の業火
「プライベートダンジョンにゼリースラグとミニマムラットが出たですって? それってどういうことなの?」
ミレイさんは自分が勘違いしたことにショックを受けたようだが、ただちに立ち直って僕に問い掛けて来た。 少し不審げな顔をしている。
「ええと、スライムゾーンがゼリースラグゾーンになって、ノミネズミゾーンがミニマムラットゾーンに変わったんだ。 変だよね~」
「まさか、ヨシ君のスキルが進化して、プライベートダンジョンも進化したとかなの?」
「う~ん。 ユニークスキル名にも変化がないし、とくに進化した感じなかったな。 魔物が強くなったわけではなさそうだから、進化したと言うより変質したって感じかな~」
僕の話を聞いたレイナさんがマリに視線を移してほほ笑みかけた。
「マリちゃんも、その変質現象を確認したということなのかしら? マリちゃんが看破で見ても魔物のレベルとかは前と同じぐらいだったのですか?」
「おお、確かにレベルは同じ位だったな。 だがな、低レベルの魔物はレベル自体よりも特性の方が強さに関係したりするから、もっと奥側へ行ってみないとダンジョンの格が上がったかは分からんな」
そこへカナさんが緑の棒を杖代わりにして立ち上がり、第2区画の方を指し示した。
「このダンジョン、あ、え~と、6963中級ダンジョンの方の攻略は順調に進んでいるし、少し飽きて来たかも。 だからというわけじゃないけど、私としてはこのプライベートダンジョンを調査した方がいいと思うの。 変質したにせよ格が上がったにせよ、いずれ調査は必要になるわ。 それなら今でも構わない気がするの」
カナさんはいつもの調子で楽観的且つ積極的だ。 そこが彼女の長所であり短所でもあると思うが、こういう場面で意思決定の方向性を与えてくれるのは良い事だ。
それにどうやら彼女の勘はかなり信用できるらしく、ミレイさんやレイナさんは判断に迷う局面では彼女の勘を頼りにしているようだ。 つまり、僕とマリが反対しても確たる理由がない限り多数決で決まったようなものだ。 それに今回に関しては、僕もプライベートダンジョンの変質について調べたいと思っていたので全く異論などない。
「では、探検開始といきますか~。 何かあったら怖いので僕が先行しますね。 何かあったら、助けてよ?」
「お前を助けるなんて場面は想像したくないけどな。 というかそんな場面になっちまったら俺たちの手に負えるとは思えんな」
そして僕らは移動を開始した。 区画を跨ぐゲートを潜る時は警戒して、後は魔物を見定めながら進むのだ。 低階層――低レベルの魔物しかいないだろう区画ではそれほど警戒する必要はないから走って進んで行った。
第2区画はゼリースラグ。 第3区画はミニマムラット。 第4~10区画までは、それぞれラウフジャッカル、一角モンキー、デジタルラビット、ノコギルカブト、オールドツインテールキャット、オモシロアリ、ニシキゴイの魔物だった。 つまり今までの魔物とは全く異なっていたのである。 また、残念なことに例の”噛み付き石”シリーズの魔物を一匹も見つけることができなかった。
第11区画へ移動した。 そこは今までと違い少し薄暗かった。 よく見ると至る所に黒い蜘蛛の巣の模様がある。 つまりクロオリクモというレベル50台の魔物が生息していたのだ。 何匹いるのか分からないが、この広大な第11区画の中を埋め尽くすように蜘蛛の巣が張られている。 その蜘蛛の巣の糸は非常に弾力性があり切ることは困難とされているため、糸の排除手段を持たないパーティには大変危険な魔物だ。
「うえっ。 蜘蛛の巣か~。 面倒だなこれは。 レベルの高い剣なら切れるかな?」
「ヨシ君。 私に任せて頂戴。 蜘蛛の巣は火に弱いって決まっているでしょ? こんなの範囲火魔法で焼き払えば楽勝よ」
「なるほど。 確かにそうですね。 でもその前に剣で切れるかちょっと実験して……」
「ええ~? 実験は禁止じゃないの~?」
「カナさん。 確か事前に了解を得ればよかったんじゃ? もしもに備えて色々と経験を積んでおいた方が良くないですか?」
そう言って僕は皆に順番に視線を送り確認していった。 皆微妙な顔をしていたが、別に反対はされなかったので、実験の許可は得られたと判断した。
「じゃあ、そこの蜘蛛の巣の糸をこの緑色の剣で切ってみますね」
蜘蛛の巣の一つに近寄り緑色の剣で斬りつけてみた。 切れなくて剣に蜘蛛の糸が絡み付くと嫌なので結構本気で斬りつけた結果、糸はアッサリと切れてた。
「おおっ。 切れたな~。 やっぱステータスが高くて高レベルの剣を使えば、切れないとされている蜘蛛の糸でも切れるもんだったんたんだね~」
僕はその結果に一応満足したが、蜘蛛の巣の向う側からかなりの数の魔物が近づいてくるのが探知に引っかかった。
ヤバイっ! 蜘蛛の巣に刺激を与えると、蜘蛛が来るのは常識だった!
「あ、あの~。 すみません。 黒織蜘蛛ちゃん達が集まってくるみたいです。 あは、あはは。 これはやらかしちゃったかな~」
一応事前に謝っておいた。 探知範囲は500mなので蜘蛛の巣に覆われた先のことは僕以外には分からない。 僕の探知能力については話してあるからこの辺を煙に巻く必要はない。
「ヨシ君の探知に引っかかったの? 私には未だ何も見えないけれど」
「ああそうさ探知だよ。 ダンジョン内探知で、数百メートル先から、数十匹程度の大群が押し寄せてくるのがわかるんだよ。 ってこんなに多いのかっ! こ、これは一旦第10区画へ避難した方がいいかな?」
「大丈夫、蜘蛛なら私の出番よっ!」
カナさんが身構えたと同時に、レイナさんのウインドバリアが展開された。 つまりそういう事だ。 範囲火魔法で一気に焼き払うつもりなのだ。 僕達はヘルメットを被りその時を待った。
どど~~ん~!!
カナさんの範囲火魔法が炸裂した。 相変わらず清々しい限りの全力攻撃だ。 レベル50付近のはずのクロオリクモには過剰な攻撃であることだけは確かだ。
その攻撃により、辺り一面の蜘蛛の巣も、迫りくるクロオリクモの大群も消え去った。 まあこれは当然のことだ。 だだし一匹だけそれを回避した個体がいたようでそれが物凄い勢いで近づいて来た。
そしてソイツは、僕らの元へ辿りつき、レイナさんのウインドバリアに阻まれ、……なかった。 なんとウインドバリアを突破してカナさんに襲い掛かろうとしたのだ。
僕はとっさにカナさんと、ソイツの間に割り込んで剣でソイツの噛み付き攻撃を受け止めた。
ガッキン!!
ソイツの攻撃は僕の防御力の前では大したこと無いと言えるのだが、これはどう考えてもレベル50程度の魔物の攻撃ではないことだけはわかった。
「マリっ! コイツは何だ。 特殊個体か?」
僕はソイツの攻撃を凌ぎながらマリに尋ねた。 このまま討伐してしまうことも出来そうだったが、一応正体だけは知りたかったのでマリに聞いたのだ。
「コイツは、えっ? レベル264だっ! ヤバイ、ヤバいぞっ!!」
成程、予想通り特殊個体だ。 これで正体が分かったので僕はソイツを始末しようとした。 だがソイツはお尻から糸を出して僕に絡めようとしてきた。 それを防ぐために僕は絡めようとした糸を剣で切断しようと試みた。 レベルの高い剣で攻撃すればさっきのように簡単に切れるはずだ。
ところが、……、予想に反して糸は切れなかった。
思いのほか糸の弾力性が強く強靭だったのだ。 逆にこんどは僕の剣に糸が絡んでしまった。 そしてソイツの糸は、僕の体にも巻き付き始めてしまった。
あ、ああ。 こ、これは不味った。 糸なんか切ってみようとしなきゃ良かった。 これってどうしたらいい? 僕のVITは十分高いけれど、このままじゃ身動きできなくされてしまうかも。
そうやって絡み付いてくる糸から逃れようと格闘していたところ、ソイツが突然火に包まれた。
ごごぉ~ぼっわ~んんん!!
ちょと痛かったが、その火で糸は燃え尽き僕は解放された。 またソイツも少なからずダメージを受けたようで糸を出す気配が無くなった。 ならばこっちのものだ。 迷うことなくソイツの急所へ剣をぶち込んだ。
ずぶっ!
剣はソイツの胴と頭の間に深く突き刺さり、それがクリティカルとなってソイツは消滅していった。
「「「きゃゃぁぁぁ~~~~」」」
女性陣から悲鳴が上がった。 驚いて彼女等をみるとゴーグルのレンズ付近に手を当てていた。
何なんだ? と思ったがすぐに気づいた。 僕は丸裸だったのだ。 特殊個体の蜘蛛を直撃した地獄の業火は余波で僕に少しダメージを与え、ついでに装備を消し炭に変えてしまっていたのだ。
僕はすぐに股間に手をやりソレをとっさに隠してみた。
「ヨシ、これを使え!」
マリはそんな僕に神妙な顔をして、エムレザーを一枚だけ手渡してくれた。