111. 入口付近
攻略許可証が発行されるやいなや僕らはダンジョン攻略を開始した。 中級ダンジョンは、基本的に2階層以上で構成されて且つセーフティゾーンが無いダンジョンと定義されている。 セーフティゾーンがあるダンジョンは、それ以降の階層の魔物が急激に強くなるため上級ダンジョンになる。 もちろん初級、中級、上級の区別はその攻略難度を示しているのだから、階層やセーフティゾーンに関係のない例外も存在している。
僕らが攻略予定の6963中級ダンジョンは4階層と中級でも比較的浅い部類だ。 正式な地図は存在していない。 もちろん攻略済なのだから地図が無いわけではないと思うが一般には公開されていない。
地図は無くても僕らにはカナさんがいる。 カナさんの勘頼りで進めば恐らく最短距離でダンジョンコアルームに辿り着けるはずだ。 今回はレイナさんが怒りに任せてしまい僕らも色々とやらかしているので、攻略スピードにも配慮せずに全力でやってもいいはずだ。
ということで早めの攻略を目指してカナさんを先頭に僕らは例の如く走り始めた。 遭遇した魔物は前回の初級ダンジョンと同じで基本スルーだ。 トレイン状態になってしまった場合のみ、僕の”ええっ!攻撃”で牽制しておいて、暫くしてからカナさんの全体火魔法で焼き払う戦術を取っていた。
そんなこんなで半日程で第2階層を過ぎて第3階層へと辿り着いていた。 流石に飛ばしすぎた僕らは強化ガラス板を出してプライベートダンジョンで一旦休息を取ることにしたのである。 事前情報によるとダンジョンには誰も入っていないとのことだったので特にカモフラージュなどは必要なかった。
「やっとご飯の時間ですか~。 走ってばかりだからお腹が減っちゃって辛かったです」
「ええそうよね。 早めですけどご飯にしましょう」
かなりのスピードで走ったため体力もそれなりに消費してしまった。 中でもカナさんとレイナさんの消耗が激しい。 僕やマリは彼女等のペースに合わせて走ったのでまだ体力は残っている。 しかしお腹が減るのは同じだ。
「ご飯というと、第2区画のコンテナに入れたんでしたっけ」
僕が尋ねるとミレイさんが嬉しそうな顔で答えてくれた。
「ご飯作りには、そこのAI調理器が使えるわ。 インスタントラーメン、ハンバーガー、フライドポテトとかはジャンクフードとか言われていたけど、この調理器では栄養素を入れてカロリーも抑えた健康食品が作れるのよ? しかもその場で作ってくれるスグレ物の装置なのよ。 すごく美味しいのよ」
「え、ええと。 僕はそういうの食べ慣れているので、……高級なお弁当の方がいいです」
「俺も食べ慣れているな。 俺も高級弁当がいいな。 でもお前らは好きなものを食べればいいだよ」
「ええ~? ヨシ君たちは食べ慣れているの……。 羨ましいものだわ」
要するにこういうことだ。 彼女達は一般食に慣れてない、僕らは高級食に慣れてない。 結局現代ではどちらも美味しくなるようにできているので、食べ慣れていない食べ物の方が良く感じるということだ。
僕とマリは第2区画へお弁当を取りに行くことにした。 ついでに少しぐらいは第1区画へ持ち込んだり各自のアイテムボックスに取り込んでおきたいところだ。 一応コンテナに入れてある分は使った分だけ後で清算すればいい事にもなっている。
第2区画の保管してあるコンテナは1000を超えている。 衣食住に関するものとか、機械の部品とかまで様々だ。 第2区画にはスライムがいるはずだが、スライムの出す酸程度でどうにかなるコンテナではない。
僕らはその一つに近づいて外側の記載内容を確認した。 それには”冒険者専用保存食料A(4万2千食)”と書かれていた。 コンテナの中身がすべてAタイプのお弁当ということなのだ。 そしてそのコンテナ数は全部で20個あって、A~Tの全種類がそれそれ4万食分以上ずつもあるのだ。 僕達が求めている高級弁当は、コンテナS1~S5にそれぞれ4種類ずつ保管されている。
Sタイプの高級弁当を求めて探し回ったところで気づいた。
あれっ? これってゼリースラグ?
プライベートダンジョンの第2区画にはスライムばかりしか居ないとばかり思っていたけど、なんで?
ゼリースラグとは、ドロドロに溶けたナメクジ野郎のことで、スライムよりも流動性が高く、全体がねばねばしている最弱魔物の一種だ。 ねばりついてくる以外の攻撃はないが倒しにくく複数に取り付かれると身動きできなくなってしまう。 こんなのが第2区画で見つかったことは問題だ。
う~ん変だな。 これは一体どうしたんだろう。
僕はマリを呼び寄せてゼリースラグを見せてみた。
「マリ、これってゼリースラグだよね。 スライムゾーンにこんなのがいるって、どういうこと?」
「ん? ゼリースラグだと? う、う~ん。 ……本当だな。 スライムとゼリースラグの混成ゾーンなんて聞いたことねーな。 これはもっと詳しく調べてみる必要があるんじゃねーか?」
コンテナ周辺を詳しく調べてみた結果、第2区画にはスライムではなくゼリースラグしかいないゾーンに変わってしまっていた。
「ヨシ、これは大変だ。 第3区画も調査しようぜ」
マリの提案に従って第3区画も調査した結果、今までいたはずのノミネズミがミニマムラットに置き換わっていることが判明した。 僕のプライベートダンジョンの魔物は変質してしまっているかもしれない。
「これってどうするよ、マリ」
「どうするって言われても、お前のダンジョンだろう? お前が考えるべきだな。 でもここで考えても仕方ねーから、とりあえず第1区画に戻って飯食ってパーティに相談だな」
「ああっ!! ご飯忘れるところだった!」
ご飯まで忘れてしまう程、集中できるところが僕の長所じゃないだろうか。
Sタイプの高級弁当をバックパックに入れて、すぐに第1区画へ向かった。 そこには幸せそうにハンバーガーを片手に、談笑する彼女達の姿があった。 微笑ましくてその輪の中にに加わりたい思いに駆られたが、傍ら見ているだけでも十分目の保養になる。 だが今はそんなことを言ってられない。
「あ~僕達もやっとお弁当の時間だよ」
僕とマリはミレイさん達の隣に座って高級弁当を食べ始めた。 高級弁当の中身は色々な種類の食べ物が少量ずつ入っているタイプでお弁当箱の大きさは大きくて量も多いがカロリーは控えめだ。 不足するカロリーについてはカロリー付加のデザート類で補完することになる。
昔でいうところのジャンクフードを食べている彼女達の隣で高級食事を取るのは少し気が引けたが、まぁそれは見解の違いのはずだ。
考え方も感じ方も人それぞれなんだから気にすることは無い。 常識も、非常識も考え方は立場や環境で変わってくるものと父に教わっている。 今考えれば少し納得できるが、小学生だったあの頃の僕によくぞそんなことを教えたものだと思わなくもない。
そして僕らはお弁当を食べ終わり後片付けをAIロボットに委ねて食後の休息に入っていた。
「さ、お食事も終わりましたし、攻略の続きを開始いたしましょうか?」
「ええとレイナさん、その前に一つ提案があるんですけど」
「何かしら?」
「先ずはおトイレ休憩を済ませてから攻略を……」
「ヨシ、それはお前違うだろう。 トイレの前に、……いや後でいいのか」
「マリ、何を言いたいのかわからんぞ?」
「……」
皆が無事おトイレを済ませた。 今やプライベートダンジョンの中のトイレ事情はホテルのそれと変わらないぐらい快適になってしまっている。 循環式の浄化槽を備えた最新式の設備で、男子女子ともに5セットずづもある大規模なものだ。 これまでの設備が必要なのかと問われるとそうでない気がするが、これを注文してくれたのは彼女達だ。 僕にはこういう雑務は向いていない。
「それでは、改めて攻略を……」
「おい、ヨシ。 お前から一言報告があるだろう?」
「あ! そうでした。 お弁当を多めに取って来たので、あそこの棚に置いときました。 お忘れなく」
「……」
「そうじゃなくてだな。 このダンジョンの中の魔物についてだ」
「あ、ああ。 そうだった。 ミレイさん、レイナさん、カナさん。 よく聞いてください。 実はこのダンジョンの中にゼリースラグと、ミニマムラットが居たんです」
「ええと、ヨシ君。 確かにいたわね。 それがどうしたの?」
あれっ? ミレイさんには軽く受け止められてしまった。 どうして?
「あ、あのゼリースラグと、ミニマムラットですよ? 驚きませんか?」
「どうして驚けというの? ヨシ君は気づかなかったの? 入口付近に居たじゃない」
「ええと、ミレイさん。 確かに入口付近に居たのだけど、スライムがいるはずのところにゼリースラグですよ?」
「ヨシ君こそ変よ。 このダンジョンにスライムなんて居ないはずよ? ゼリースラグが最弱魔物のはずよ?」
「……」
僕とミレイさんは互いに頭を傾げて見つめ合ってしまった。 いっそこのままの流れて握手を、と思ったところでマリに邪魔された。
「ミレイのいうダンジョンは6963中級ダンジョンのことじゃないか? そしてヨシ、お前のはこのプライベートダンジョンのことだ」
「「えええっ!」」
僕とミレイさんは驚いて叫び声をあげてしまった。
他のメンバーは僕の叫びで例の如くの反応を見せていた。