110. サザンがキュウ
僕は治療魔法の効果確認のために傷を作ろうと思ったが困ってしまった。
「ええと、傷をつけるにしても、僕は剣しか持ってないです。 これじゃあ大怪我してしまって痛い思いをするかもしれないです。 どうすればいいですか?」
「あ、なるほど。 じゃあこのナイフを使ってみなさい。 コイツはダンジョン産ではないが超合金製の高級品だ。 間違っても強く傷つけようとするなよ? 大怪我してもすぐに外へ出れば治るから安心だが、痛くて騒がれるのは嫌だからな」
そう言ってコーちゃんは僕にナイフを渡してくれた。 僕はため息をつきながらそれを受け取って、エムレザー製の防具から素の腕を出して、ちょとだけそのナイフでひっかいてみた。
「あれっ? これはいったい?」
どうも僕のVITが高いせいで、ナイフでひっかいただけでは傷をつけられないようだ。 まあこれは当然といえば当然なのだが、ここは頑張ってみるしかない。 僕は少し力を込めてもう一度、今度は突き刺す感じで腕にナイフ突き立ててみた。
コツッ。
ナイフは弾かれて、傷はつけられなかった。 これは不味いかもしれない。 もしかしたら……。 僕は焦りを感じながら、少しずつ力を込めてナイフを自分の腕に向かって突き刺す動作を繰り返した。 そして……。
バキッ!
ついに、ナイフは折れてしまった。 途中からこうなるだろうことは予想できたが、さすがに中途半端は良くないと思ったので最後までやってみたということだ。
「あ、あの~。 このナイフは弁償が必要でしょうか?」
「い、いやいい。 君については十分だ。 OKだ。 合格だ。 盾役としても物理的なアタッカーとしても大丈夫だろう」
「はい。 ありがとうございます」
「ええと、吉田さんに傷を付けられないとなりますと、盾役ではない私達の誰かが傷を負わなければならないのでしょうか? 例えばわたくしとか?」
「い、いやいい……。 俺がその役目を引き受けよう」
そう言ってコーちゃんは、自分の腕に傷を作った。 こういう所は男気がある奴といえるだろう。 仮にもB級冒険者資格を持っているのだ。 多少の傷なんか気にしないのは当然といえば当然なのかもしれない。
そしてミレイさんの治療魔法により、その傷は跡形もなく癒えた。
「なるほど、これで盾役、防御役、治療役が揃っているわけだな。 後のメンバーは?」
「はい。 では陰陽神奈さん。 火魔法を披露してあげましょうね。 この周辺を地獄の業火で焼きつくして差し上げましょう」
「ちょ、やめてください。 焼かれるのはもう嫌です。 やはり怖すぎです。 せめてウインドバリアの中に入れてください。 それからできればヘルメットも着けさせてください」
僕の抗議に対して、コーちゃんは目を見開いた。
「ええっ? そんなに? あ、ああ。 どうしよう、そうだな、でも公正な判断は必要か。 じゃあすまないが、全員でウインドバリアの中に入って見学することにしたらどうかと思うよ……です」
コーちゃんのその提案に異論があるはずもないので、コーちゃんも、その見届け人のハミンちゃん?も、全員でレイナさんのウインドバリアの中に入り、そしてカナさんの火魔法の全体攻撃が炸裂した。
どど~~ん~!!
あ、あああ。 カナさん。 やっちゃったな。 さすがに全力攻撃はやりすぎだ。 こんなのは見せちゃいけないんじゃないかな。
そんなカナさんは、すぐにオーブを使ってMPを全回復してから、もう一度やってみせた。
どど~~ん~!!
さ、さすがカナさんだ。 やることが半端ない。 これはオーバードゥーだ。 カナさんは明らかに怒っているな。 怒りを込めすぎだ。
そしてまたカナさんがオーブを使うのが見えた。 ああ、これは駄目だ。
「か、カナやめて!! 十分。 もう十分です。 …………試験官殿。 これで十分ですわね?」
「あ、ああ。 十分だ。 凄いものを見せてもらった。 これはもうトップレベルの火魔法といっていいだろう。 間違いない」
「良かったですわ。 それでは最後に泊里(マリ)さんお願いしますね。 泊里さんは、アイテムボックス4をお持ちです」
「えええっ?? アイテムボックス?? そ、それはまた、凄いことだ。 ……でもレベル4か。 それなら容量は10立方メートルぐらいか?」
あれっ? アイテムボックスのレベル4って、確か容量は1立方メートルだよね。 コーちゃん、気が動転して思考力が鈍ってないか? まあカナさんのやり過ぎが原因なのだろうが、判断能力に問題がある状態で僕らを判定しても大丈夫なのか?
「お、おう。 じゃあ格納してある物を出して見せればいいのか?」
そう言ってマリは、あの大きなトイレ、じゃなくて組み立て式のセーフティテントを出して見せた。
あ、ああ、でもマリそれは違うぞ。 それは縦横高さ3メートル弱程の立方体の鉄の固まりだ。 どう考えても計算が間違っている。 1立方メートルではなく、10どころか30立方メートル近いやつじゃないか。 やはりマリの弱点は算数かっ!
「あ、ああマリそれは違うぞ。 間違っているぞ」
「お? だがアイテムボックスの容量は10立方メートルだぞ?」
「き、君はアイテムボックス4ではなくて5の持ち主だったのかっ!」
こ、コーちゃん。 貴方、まさかわざとレベルと容量を間違えて言ってみたのか? 驚かされて面白くはないだろうが、これはちょっと良く無いな。
「あ、ああ。 マリのアイテムボックスは5でした。 い、いや正直に言いましょう。 マリのはちょっと特異スキルになっちゃてまして、アイテムボックスのレベルは、ええとレベルは、……そ、そう。 レベルは5.4でした。 特異スキルでアイテムボックス5.4を獲得しちゃったんです。 四捨五入すればアイテムボックス5なんですよ。 これは流石に極秘事項なので秘密でお願いします」
「た、確かにこの箱の大きさは、……サザンがキュウ。 サンクニジュウヒチか。 なるほどアイテムボックス5.4ね。 なるほど、なるほど」
「わかっていただけたでしょうか?」
「あ、ああ了解だ。 問題ない。 完璧だ。 もう十分だ。 勘弁してくれっ!」
「……」
「な、ならこれで宜しいですわね。 わたくし達にここのダンジョン攻略の許可をいただけるのですね?」
「は、はい。 もちろんだ……です。 手続きは管理センターにてお願いします」
このようにして僕らは中級ダンジョン攻略許可を勝ち取った。
だが理不尽なことに僕はレイナさんから”やり過ぎです”と怒られてしまった。 僕の見解ではやり過ぎたのはレイナさんの方だ。 レイナさんが煽らなければ、こんな結果にはならなかっただろう。
カナさんを怒らせて文字通り爆発させて、その影響でマリの計算ミスを誘発させたのは君の責任だ。
僕は悪くない。 悪くないはずなのだ。