109. 1、2の3
翌日すぐに中級ダンジョンへと移動を開始した。 目指すは6963中級ダンジョンだ。 そのダンジョンは瀬戸内海の離島にあるため、AI自動車とAIヘリを使って向かうことになる。 なぜ離島のダンジョンを選択したかというと、攻略者が少ない過疎ダンジョンで人目につきにくいことと、中級ダンジョンの攻略証を発行できる体制が整っているためだそうだ。
僕らは離島の近くのエアポートからAI船をチャーターしてそのダンジョンの管理センターへとやって来た。 6963ダンジョンは島の海側の崖にあるため、管理センターから少し歩いてから入ることになる。 この中級ダンジョンは立地に問題があるから不人気なスポットとなっている。 それでも攻略証を発行できるほどの職員がいるのは、多分この辺の自然環境に魅力を感じているか、人が苦手なタイプの職員なのかもしれない。
管理センターの中は小ぎれいで、人は誰もいなかった。 呼び鈴を鳴らして少し待つと受付係のお姉さんがやって来た。
「こんにちは。 あら、珍しいわね。 ここは中級ダンジョンですよ? 見たところ冒険者風の恰好をしているけれど、見学ツアーとかかしら? 中級ダンジョンでは見学ツアーをやっていないのですよ?」
「こんにちは。 わたくし達はここの中級ダンジョンを攻略したいと思っています。 それで許可証を頂きたいのです」
もちろんこの前の様に応対はレイナさんに任せることにしている。
「え、ええと? 聞き間違いかしら? ここは中級ダンジョンですよ? 少なくとも冒険者でEランクにならないと、……あれっ? それはE-1ランクの冒険者証ですね。 貴方達のような若い人がそんな。 ……ちょっとその冒険者証を確認させてください」
受付係のお姉さんはレイナさんの冒険者証に携帯端末をかざして確認を取った。
「あら、本物のようですね。 へえ、F-1を取って直にE-1も正式に取得したんですね。 信じられないですけど、データを見る限り本当のようですね。 そういう事なら正式に審査させていただきますね」
そう言ってお姉さんは奥の方へ引っ込んだ。 ここまでは特に問題ないが、審査を受けて攻略許可を貰えるかどうかはここからが正念場だ。
「ここからが頑張るところです。 体力測定とスキル開示はこの前の通りでお願いしますね」
レイナさんの確認に僕達は頷いて答えた。 そして管理センターの奥からお姉さんがくたびれた中年の男性を伴って出てきた。 その中年男性はランクB-1の冒険者票を胸に着けていた。 つまりその男性には攻略許可を判定する権限があるということだ。
「あ~。 ハミンちゃん。 もう少しで大きなお魚が釣れそうな気がしたんだけどな~。 全くもう何だって? こんなところで攻略申請を受けたって? そんな物好きな奴らって……」
その中年男性は僕達を見て目を丸くした。 確かに僕らは攻略希望者にしては少人数だし何しろ現役の女子高生と大学生なのだ。 明らかに若すぎて異常だ。
「は、ハミルちゃん。 間違えているぞ。 今日はエープリールフールじゃないぞ。 それはとっくに過ぎてしまっているじゃないか。 それとも手違いか何かかい? 見学に同行しろとか?」
「いいえ、コーちゃん。 この人達はEランク冒険者で間違いないです。 申請も正式なものだし、初級ダンジョンの攻略情報でもステータスが高いことが確認できているようです」
「ふむ。 冗談では、ないのか……。 あああ、面倒だな~。 よし決定した。 不合格だ。 以上」
「ちょっと、コーちゃん。 それは流石に規定違反です。 不合格にするにしても形だけは整えなきゃだめですよ。 訴えられたら減給ものなんですからねっ!」
「いや。 俺は別に減給でもかまわねーぞ。 ……っていっても、ハミルちゃんは困るか。 仕方ねーな。 とりあえず形だけな。 試してやるからお前らダンジョンの中に入れ。 そこで実力を示して見ろ」
なんかコーちゃんは、とんでもない不良職員のようだ。 それでもダンジョンの中で試験を行ってくれるならばこちらの思惑通りだ。 問題など全くない。
「はい、わかりましたわ。 みなさま、それではダンジョンの中へ参りましょう。 きっと名誉ある冒険者として公正な判断を頂けると思いますわ」
なんかレイナさんが怖い雰囲気だ。 言葉使いもめっちゃ上品だし、物腰も優雅な感じで上流階級の雰囲気を醸し出している。
「お、おう。 もちろん公正に判断いたっちます」
お、噛んだな。 ははは、ビビっているな。 さすがはレイナさんだ。
そして僕らは、管理センターから出て、ダンジョンへ通じる階段を降りてダンジョンの中へ入っていった。
「さて、ダンジョンに入ったな。 それじゃあ実力を見せてもらおうか。 あ、いや見せていただきます」
「それで、どのようにすれば宜しいのでしょうか? 公正な試験官様、ご指示いただけますかしら?」
「あ、ああ。 まあ、一番単純なテストからだ……です。 まずメンバーの中の、一番の力持ちと俺が腕相撲勝負をするというもの……です。 この人数だと、俺に勝つ位でないと許可できないな」
「ええと、それじゃ、ヨシ君。 お願いしていいかしら?」
「あ、ああ。 わかりましたとも。 やってやりますよ」
このコーちゃんの思惑は理解できる。 コーちゃんは見た目でもかなり鍛えた体つきをしている。 それでステータスが高くてBランクになったのなら、貧弱な僕らに力負けは無いはずなのだ。 もちろんそれは普通ならばのことだ。
ダンジョン内での本当の身体能力は、ダンジョン外での能力にステータスを%で乗じる事になる。 このコーちゃんみたいにダンジョン外で力が強ければそれだけ有利になるのは間違いない。 だが、反面この判定方法は間違っていない。 ダンジョンの中で有効なのはステータス値ではなく、それによってブーストされた本当の能力なのだから。
僕らはダンジョン内に出来ている平らな場所で腕相撲をすることになった。 僕とコーちゃんは互いに右手を握り合い、腕相撲の体制をとった。
「じゃあ、1、2の3 で始めよう。 1、2の……」
3を言わないうちにコーちゃんはフライング気味に力を込めて来た。
こ、こいつ汚い。
だが、僕のAGIやSTRを嘗めてもらっては困る。 フライング気味な卑怯な手段にだって瞬間的に対応できてしまうのだ。
「な、なんだと? う、動かない。 まさかお前、筋力の身体強化持ちか?」
僕は少し懲らしめてやろうと思い、わざと勝たないように、つまり勝負がつかないようにガッチリと動かさないようにしてあげた。 僕のSTRステータスは4000にプラスして300%増し、つまり16000にもなるのだ。 いくらコーちゃんのステータスが1000になっていようが、素の筋力が強くても、勝負になるはずがない。
「そう思いますか? でも勝負がなかなかつかないですよね。 お互いに頑張りましょう」
そう言って軽く押したり引いたりして勝負を揺さぶってみた。 それを見たコーちゃんの顔はだんだん厳しくなっていくのがわかった。
ははは、まあこのぐらいで十分かな?
僕はゆっくりと勝負に勝ってあげた。 腕相撲でいきなり力を解放すると相手に怪我を負わせる可能性が高いから気をつかってあげたのだ。
「お、お前何者だ。 どう考えても身体強化持ちだな。 まあいい。 お前は合格だ。 じゃあ次は誰だ?」
いや、それは無いだろう。 筋力の身体強化スキルがあっても女性陣ならば力負けの可能性がある。 これはどうするんだ?
「公正な試験官様? わたくし達は、それぞれ得意とする分野を組み合わせることでパーティの能力を高めていますの。 ですから、腕相撲は吉田さんだけで十分だと思うのですがいかがでしょう」
「な、なるほど。 それでは、君たちの特技を見せていただこうかな、……です」
「では、まずわたくしの能力を披露いたしますわね」
そう言ってレイナさんは、ウインドバリアを発動させた。
「ウインドバリアを発生させました。 このバリアの威力を試していただけますか?」
「お、おお。 わかった。 それでは……」
コーちゃんは、レイナさんへ近づこうとした。 だがコーちゃん程度の筋力と体重では今のレイナさんのウインドバリアの突破は困難だろう。 もちろん勢いを付けて突っ込めば可能かもだが、レイナさんに対して、そこまでする気はないようだ。
「わ、わかりました。 十分強力なウインドバリアでした。 これならこのダンジョンでも防御力は大丈夫だろう……です。 ……それで次は?」
「はい、では、沙美砂美鈴さんお願いしますね。 沙美砂さんは治療魔法をお持ちです。 どなたかを治療をして頂きましょうか?」
「ああ、なるほどそうしてくれ。 って今、沙美砂って言ったか? まさかあの?」
「さて、それはどうでしょう。 でもそれは今関係ありませんね。 沙美砂さんに治療をお願いしますわ。 対象は、……そうですわね。 吉田さんちょっと手に傷を作っていただけませんか?」
ええ~? 僕が? と思ったが、パーティメンバーの盾役は僕なのだ。 VITが高くて多少の傷でも痛く無いはずの僕がその役目を担うのが合理的だ。 合理的な要求には逆らえない。 むろん非合理的な要求でも逆らえそうにない。 損な役目だなと思いながらも僕はレイナさんの指示に従うことにした。




