107. 小数点
「ねぇ、お兄ぃ、エミちゃんはこれからどうすればいい?」
う~ん。 当面の安全は確保されたわけだから、もうエミリは大丈夫だろう。
「エミリ。 お前はこれで帰っていいかもしれないな」
「やった~。 わ~い。 ……とでも言うかと思ったぁ? お兄ぃ」
お、おお。 怒ってるな。 まあそりゃそうだ。
いきなり呼びつけられて、”ミレカ姉妹”に会って、握手して、記念撮影して、ダンジョンでレベルを得て、スキルも覚醒させて、ユニークスキルの安全も確保できたのだから。
怒って当然、……じゃないはずだよな。
まあそれでも、これで直ぐに帰れというのは残念すぎるのだろう。
それならばどうしようと考えたところで閃いてしまった。
「まあ、そうだろな。 じゃあ、お菓子を食べてから帰ればいいさ」
「……」
「お兄ぃはエミちゃんに冷たいの」
あれっ! お菓子の話をしたのに反応が鈍いな。 まあでもきっと……。
そんなエミリの態度に構わず、近くの食器棚から果物籠を取り出してきてテーブルへおいて、そこへ丸いお菓子――普通のオーブをアイテムボックスから取り出して入れてみた。
その数は優に1000個は超えているはずで、いくつあるのか数える気になれない。
「ちょっ、ヨシ君。 それってオーブじゃないの? いつの間にそんなにたくさん……、でもスキルオーブの数を考えたら不思議じゃないわね……」
「ええっ? これってオーブなの? 嘘でしょ? あ、あの、オーブって確か1個200万円以上するんじゃないの? そんなのがこんなに沢山あるってどういうことなの?」
「嘘じゃないさ。 試しに食べてみないか? 食べてみればステータスアップのアナウンスが出るはずだぞ?」
「え、ええと。 そんな200万円もするものを食べるなんて変人だと思うの。 お兄ぃはエミちゃんを変人扱いするつもりなのかぁ?」
「お前な、何を今更。 1個1億円以上もするだろうスキルオーブを17個も食べておいて。 お前はもう僕達側の人間なんだよ。 変人なんて遥かに通り越して変態レベルなんだよ僕達は」
「ちょっと、ヨシ君。 その言い方っ! ……大丈夫よエミちゃん。 私達は確かに変、……変わってしまったけれど、変態じゃないわ。 スーパーになったのよ。 スーパー冒険者になっただけなのよ」
「ええと、ミレイさん。 エミリは未だ冒険者資格を持ってないんだけど……」
「……」
「そういう問題じゃないことは分かって言ってるよね? それで結局ヨシ君は何がしたいの?」
「ははは、簡単に言ってしまえば実験をしたいんだよ」
「また実験なの? はぁ~、また私達を疲れさせる気なのね。 それでどんな実験なの?」
「まずはオーブの味がどんなかを知りたいんだ。 って、ああっ!! しくじった~。 さっきのスキルオーブも食べておけばよかった!」
「……」
「じゃあ、ヨシ君。 遠慮せずにソレを食べてみたらどう?」
「いや、その。 まずはオーブ試食においてベテランのエミリが食べてみる……」
僕は気づいてしまった。 僕に投げかけられている視線が痛いことに。
「あ~も~わかったよ。 食べてやるよ!」
僕が言い出したことだからしょうがない。 僕は恐る恐るオーブを一つ取って口にいれて一気に噛み潰してみた。 ほんのり甘くはじけて美味しい。 まるで何とかマスカットとか言う高級ブドウのような味だ。
「で? どうだった?」
「ああ、美味しかったよ。 まるでブドウのような味だったよ。 ほれ、エミリも一粒食べてみろ」
僕はオーブを一つ取ってエミリに差し出した。 エミリはそれを受け取って口に運ぼうとして固まった。
「あ、ああ。 ヤバイ、ヤバかったぁ~。 エミちゃんは危うくお兄ぃに騙されて200万円の借金を背負わされるとろだった~」
「そんなわけないだろ~。 折角お前にもこの美味しさを味わわせてあげようと思ったのに残念だよ、まったく」
「あっ、あっ。 美味しいの? ど、どうしよう」
「ほら、ほらっ、美味しいぞ~」
僕はもう一つ食べて見せた。 それに耐えられなくなってしまったのかエミリはオーブを食べてくれた。
「うぁっ。 確かに美味しい~。 本当にブドウのような味だね~。 あとAGIアップのアナウンスも聞こえたよ?」
ここで借金ネタでエミリをからかうのも面白いが、止めてさっさと本題に移ることにした。
「どう? 皆も1粒ずつ食べてみないか? 一粒220万円の味だよ。 一生で一度は経験してもいいんじゃなかな」
僕の実験は味を確かめることが目的じゃない。 エミリとマリ達の協力が必要なのだ。 皆にオーブを使ってもらう必要があったのだ。
そして僕とエミリがオーブを食べて見せたことにより、思惑通りマリもミレイさん達も恐る恐る食べてくれた。 これで僕の実験の第一段階の仕込みは完了した。
「い、意外と美味しかったわ」
「ええ、少し驚きました」
「癖になりそうなのが怖い」
「では皆さん。 ステータスに変化がないかを報告してください。 まずはマリお前からだ」
「何を言い出すんだお前は。 ステータスの報告だと? 全部1000になってるんだぞ。 アナウンスがあったって変わるわけじゃないぞ? 今更何が起こるって……」
言いかけてマリが固まった。 これはひょっとして当たりだったんじゃないか?
「で、どうだった?」
「お、おおお、俺のVITが1081になってる! これってどういうことだ?」
やっぱりな。 僕はその結果にニンマリした。
「良かったな、マリ。 スキルの限界――ステータスの上限の限界を突破したな。 おめでと~」
「なんだと? 限界突破だと?」
「ちょっと、ヨシ君。 どういうことか説明して!」
マリや彼女達が僕を問い詰めるように睨めつけてきた。 この楽しく、くすぐったくなるような至福の時間をもう少しの間味わっていたかったが、あまり引っ張ると後が怖いから種明かしをすることにした。
「ああ、これはオーブを食べることが目的の実験じゃなくて、どんな条件でステータス1000を突破できるのかを確かめる実験だったんだ。 結果としてマリは限界突破の条件を満たしたってことだな」
「ということは、ヨシ君。 貴方は限界突破があるって分かってたってこと? 既に1000を超えてたってこと?」
「ああ、僕のステータスは前から全て2000だったんだよ。 君たちにステータスに上限があるって聞いた時には既にね」
「えええ? 2000ってどういうこと?」
「だから、君たちのステータスは1000で上限に達していたけど、僕はその前に2000になって飽和していたってことさ。 最初の頃は僕だけ特別なのかと思ってたんだけどね、つい最近その2000も突破したみたいだから、何か限界突破の条件があるのかと考えたのさ」
「……」
「じゃあ、マリちゃんのステータスも2000まで上がる可能性があるのね?」
「ああ、そうだと思うよ」
「それでその条件は何?」
「それを確かめるための実験じゃないか。 まず皆のステータスは変化がないかを教えてくれよ」
「……私は全て1000よ」
「わたしも」
「私もそうみたい」
「そうか~。 なら後はエミリ次第だな」
「どういうこと?」
「ああ、僕の仮説だけどさ、ステータスの上限は使ったスキルオーブ数によって決まるんじゃないかと思ったんだ。 エネルギーの蓄積量とかそういう感じでね。 僕の最近の限界突破は恐らくスキルオーブを使った直後だったんだよ。 そして今のマリの限界突破も同じだと思うのさ。 だけどマリとカナさんのスキルオーブの使った数は同じのはずだから、もしかしたらユニークスキルの数も関係するんじゃないかと推測したんだよ」
「おい。 もっと簡単に説明しろ」
「つまり、ユニークスキルを1つ以上、そしてスキルオーブを10個以上使えば、ステータスの限界が突破されるんじゃないかってことさ」
「じゃあなんだ。 俺とカナの差はユニークスキルがあるかどうかの差ってことか。 だがよ、本当にスキルだけが関係するのか? 他の可能性はないのか?」
「ああ、それをこれから裏付ける実験をするのさ」
「ん? どうやって?」
「エミリさ。 エミリはユニークスキルを持っていて、スキルも17回も使っているんだ。 僕の仮説が正しければ、エミリのステータスは1000を超えることができるはずなんだよ」
「……」
「お兄ぃ。 エミちゃんを何か怖い事に巻き込む気?」
「エミリは聞いてて分からなかったか? お前はこれから僕達のパーティメンバーとして実験に協力するんだよ。 リアルのミレカ姉妹が所属するパーティの実験だ。 是非ともやってほしい」
「ええと、どうするの? まさかこのオーブを全て食べるということ? いくらエミちゃんでもこれはちょっと」
「ああ、食べてもいいけど、手で潰すだけでもいいよ。 それに精々300個ぐらいのオーブを使うだけでいいぞ。 無理して食べる必要はないさ」
「……じゃ、エミちゃんは300個だけ食べてみる」
エミリは使う方じゃなくて食べる選択をした。 まぁ確かにオーブは美味しいから、それも有りだろう。 だけと300個も食べれるのか? 僕だったら途中でギブだと思うがな。 それにしてもオーブは食べ物と勘違いされるのは怖いな。
そして完食したエミリから報告を受けた。
「エミちゃんのステータスは、HPが1709、MPが2000、STRが1863、VITが1144,AGIが1053,INTが1421、MNDが1099になりました~」
「あっはっは。 正解だったな。 見事に全ステータスが1000を超えてるし、MPなんか2000で飽和している感じだよ。 これは僕の勝利だな」
「エミリちゃん凄い。 私達のステータスをアッサリ抜き去ってしまったわね。 ……これから私達と同じく厳しい試練の道を歩むことになってしまうのね」
驚愕の目でエミリを見つめるミレイさん。
まさか嫉妬か? ……いやさすがにそれは違うようだ。
単に驚いてエミリを気遣っているように見える。
「あっ、あっ、あっ。 エミちゃんは、ミレカお姉様方を抜き去るなんてとんでもないです。 こ、これは間違いでしたぁ~。 実は、実は……。 ああっ!! 小数点があった。 ステータスの最後の桁の前に小数点がありました~。 だからステータスは100~200位ですぅ。 ごめんなさい」
「……」
「エミリ、苦しい言い訳はよせ。 まあステータスは確かに上がったが、お前には経験が皆無だ。 それに武器も防具もないからな。 だから本当のお前は実際には弱いんだぞ。 それにその強さはダンジョンの中だけで発揮されるんだ。 気をつけろよ? そして隠せよ? そうしないと酷い目に合うからな」
「お、お兄ぃ。 わかった。 気を付けるし、誰にも話さないことにする。 そしてダンジョンにも入らないようにする」
「ああ、そうしてほしい。 もしダンジョンに入るとしたら、必ず事情を知っている僕たちと一緒だ。 それだけは気を付けろよ」
「わ、わかった」
「じゃあ、アイテムボックスから、こっそり持ち帰ろうとしたクマの縫いぐるみ返してから家に帰れよ。 明日は学校だろ?」
「ええっ? まだ返してなかったの?」
「……」
エミリは観念して縫いぐるみを返却し帰途についた。
このまま一人で帰すのは何となく可哀そうという事になったので、道中サロナーズオンラインにログインしてもらって、クランハウスの中で色々と遊ぶ破目になってしまった。 彼女達は要望されて再度ミレカ姉妹になってくれたりしたものの、やはり外部からの干渉が大変だったようで、短い時間で元のアバターに戻さざるを得なかったのが残念だった。