103. トリックアート
その日もう2回、第16区画までの殲滅を行った。 主な戦利品はスキルオーブが追加で26個、レッドカウのエムレザーが全部で122枚、緑色の指輪が1つ、緋色の指輪が14個、緋色のナイフが18本だった。 エネルギー石とか普通のオーブは数えていないし選別もしていない。 エネルギー石は後で神降さんのところで換金すればいいだろう。 オーブについては、僕の真のステータスの上限が無くなったので使いたいところだが、オーブはMP回復にも使うし確かめたいこともあるから、パーティで相談する必要があると思っている。
追加の2回目殲滅が終わり、第1区画に戻ってきたらミレイさん達が待っていた。 時刻はもう15時過ぎだ。 睡眠時間は十分取ったらしくスッキリした顔をしていた。 そしてもう一人奴がいた。
「お兄ぃぃ~。 やっと見つけたぁ。 呼びつけておいて遅刻するなんて、……お兄ぃだったら普通か。 ふぅ、このモデルさん達に助けてもらって本当に助かったの~。 ところでここは何?」
ミレイさん達をモデルさんと間違えているのか。 ……でも何でモデルさんがこんなところにいるなんて思ったんだ? きっと容姿だけで決めつけたんだろうな。 まあそれはいい。 だがお前、その女子達がお前の憧れの”疾風の白狼”のアバターを操っている方々だぞ!
「ミレイさんレイナさんカナさん、すみませんでした。 そういえば来るように言った時間を、時間を? まだ過ぎてないじゃないか! エミリお前、早く来ておいてその言いぐさはなんだ!」
「あ、あれっ? 時刻は、……5分前か。 お兄ぃには、これが早い時間なのか~。 だから遅刻の常習犯なんだぞぉ~。 で、ここは何?」
「お前、言うに事欠いて僕を遅刻の常習犯だとぉ? 僕は、僕は、……運が悪くて遅れてしまうだけだ。 常習犯じゃないぞ。 僕だって間に合ったことがあるんだぞ」
「だから、駄目だって言ってんの~。 間に合う常習犯になれって言っているの~。 う~ん、ここは何?」
「常習犯って犯罪者だろ~。 僕に犯罪者にn……」
「あ~あ~あ~。 ヨシ君、黙れ! 犬も喰わない、しかも茶番劇の兄弟喧嘩は後にしてっ!」
ミレイ様に凄まれてしまった。 まぁそれはそれで悪くない。
「ええっ? もしかして、このモデルさんって怖い人?」
「……」
「ヨシ、ソイツに状況を説明してやれ。 お前が呼びつけたんだから、お前が責任を持つんだ」
「あ、ああ。 わかったよ。 まず、エミリ。 落ち着くんだ」
「エミちゃんは最初から冷静なの~。 それで、ここは何?」
「まず、お前を呼んだ理由は、あの”疾風の白狼”のミレカ姉妹に会わせてあげるためだぞ。 僕に感謝しろよな」
「あの大金で手配したのね? あの憧れのミレカ姉妹様がお金で何とかなるなんて、ちょっとガッカリだけど、会わせてもらえるのは嬉しいの~。 ねえ、ここは何?」
「お、お前。 あのミレカ姉妹がお金で動くような人達に見えるか? あの方々はそんな安っぽくないぞ。 もっと、そうだなもっと……。 何というか怖い人達だ」
「……怖い人達って、そんなはずは。 まさかそれでお兄ぃは怖い人達と関係があるの? それは良くないの~。 も~、ここは何?」
「エミリ、怖い人と言っても色々と種類があってだな、あの方々は怖いほどの……」
「あああ~。 うざい。 うざいわよ貴方達。 もういい。 私が説明しますっ」
「うぁっ。 このモデルさん本当に怖い」
「……」
「まず、私はミレイ、そしてこっちがレイナで、こちらがカナです。 私達はヨシ君、つまり貴方のお兄さんとパーティ仲間なのよ」
「まさかお兄ぃが本当に怖い人の関係者だったなんて……」
「……」
「コッホン。 そして私達がミレカ姉妹です」
「……いやいや、それは絶対に違うの。 あのミレカ姉妹はサロナーズオンラインで活躍するスターでアバターよ? いくら怖いモデルさんでもリアルとアバターを混同しちゃ駄目なの」
「……」
「……え、ええと、面倒だから、この際サロナーズオンラインにログインして分かってもらいましょう」
「おおっ? もしかして僕もあのミレカ姉妹に会わせてもらえるの?」
「……あれっ? ヨシ君はアッチのアバターで会ってなかった?」
「会ったことないよ」
「俺も会ったことはないな」
「お兄ぃっ、まさか会ったことがないのに、エミちゃんに会わせてくれようとしたの?」
「ああ、まあそうだな。 僕に感謝しろよな」
「エミちゃんは何を信じていいのか、分からなくなっちゃったかも……」
「……」
「ま、とにかく。 皆でサロナーズオンラインにログインしてみましょう。 ここに、ここにVRセットが5つあるからね。 ……あれっ? ヨシ君のがない……」
「ミレイさん、もうわかったよ。 じゃあ僕が例の2D版VRルームでログインするからエミリたちはここでログインするといいよ」
そう言って面倒になった僕はすぐにダンジョンを出て、2D版VRルームへと向かった。
そのとたん背後で鈍い音がした。
振り返って見るとミレイさん達が、コンクリートの壁のそばで折り重なって倒れていた。
しまった! 僕が外へ出たらプライベートダンジョンが消滅して皆ははじきだされるんだった!
「ぐわっ。 ヨシ、お前。 何てことするんだ! あぶねーじゃねーか」
「何、何? 今一体何がおこったの? エミちゃんにもわかるように教えてっ!」
ま、不味い。 今この段階で僕の能力についてエミリに暴露すると計画が台無しだ。 どうしよう。
「いや、その、あの。 エミリ、さっきいた所は秘密の隠し部屋だったんだ。 僕が出る時そこからの緊急脱出ボタンを間違えて作動させちゃったんだ。 ごめん」
「そ、そうなのか~。 道理で変な部屋だと思ったの。 物凄く広い場所だったね。 でもなんか変な気が?」
「あ、ああ。そうだね、あ、あれはトリックアート。 そうトリックアートで囲まれた狭い部屋だったんだ。 お客様に寛いでもらうために広く見せていた部屋だったんだよ」
「ん? トリックアート? トリックアートって、……なるほど、そうだったのか~」
何とかエミリを誤魔化しながら、僕らは下の階のVRルームへと入って行った。 もちろんエミリはVIP版でのログイン経験がないから、別室で僕と通常モードでログインした。
「お兄ぃ、それで何処へ行けばいいの?」
ログインした直後にエミリからフレ会話が飛んできた。
「ああ、先ずは僕の個人ハウスまで来てくれ。 そこから、そこから? とりあえずクランハウスまで一緒に飛ぼう」
そしてイケメンアバターのエミリを伴ってクランハウスへと飛んできた。 そこには既にマリが来ていた。
「マリ。 これがエミリだよ」
「おおっ? やっぱりお前の妹は男だったのか!」
「何を言っているんだ。 妹が男なわけないだろ? もし男なら弟だろ?」
「この失礼な女は誰?」
「エミリ、これは僕の友達のマリだ。 れっきとした男、ではなくて女性アバターだ」
「……」
「あああ、お前らメンドクサイ。 いい加減に異性のアバターの使用を止めたらどうなんだよ!」
「それは好みの問題なの!」
「おう、普段とはちがって面白いぜ?」
「お前たち、やっと意見の一致をみたか。 やはり似たもの同志だったな。 僕はなんだか嬉しいよ」
「……」
そこへミレカ姉妹のアバターが飛んできた。 僕はついに、あの国民的スター、”疾風の白狼”のスター、ミレカ姉妹と会うことになったのである。