10. お金を稼ぎたい
僕は一人暮らしのアパートに帰ると、ため息をついた。 改めて今日の出来事を思い出してしまったからだ。 流れのままにあんな態度をとるんじゃなかった。 そんなことを後悔しても今更遅い。 それに分相応な期待を持つ方が今よりも悲しい気持ちになってしまうことも考えられる。 今はこれで良かったと思う方が良いのかもしれない。
サロナーズオンラインは日本が誇るVRMMOシミュレーションで、そのユーザ数は8千万人近くに及ぶ。 なぜなら、現実のSNSに関連づけられたメタバース空間で、ネット上のショップや動画視聴、教育、IT関連の職業まで幅広くカバーされているからだ。 大人から子供まで余程の事がない限りアカウントを持っていて、ほぼ全ての人がその人独自のアバター、すなわちキャラクターを持っていた。
サロナーズオンラインは主に3つのセクションで構成されている。 一つはネットビジネス系、一つはファンタジーゲーム系、そしてリアルに存在するダンジョンを模した探索シミュレーション系だ。
あの3人が所属するクランはファンタジーゲーム系とネットビジネス系へと進出しており、我々一般人の憧れのクランなのだ。 そんなクランのメンバーにリアルで遭遇して、恐らくは嫌われてしまった。 そんな事実は今更ながら僕を憂鬱にさせるには十分だった。
僕はサロナーズオンラインのファンタジーゲームに嵌ってしまっていてゲーム三昧の毎日だった。 そんな僕も大学に入って親元を離れて生活しており、そろそろ貯金もヤバくなってきたし学費も稼がねばならない。 それに父の件もあるためリアルなダンジョンに執着心もある。 それならばダンジョンに入ってお金を稼ぐのが最適だと考えていたのだ。
この時代はあらゆるものにAIが適用されて自動化されている。 そのために働き口は非常に限られており、ベーシックインカムと呼ばれる最低限の給付金のみで暮らしている人も多かった。 普通の暮らしはその給付金で何とかなるが、ゲームアカウントを2つ持つことになってしまった僕には微妙に不足だったし、僕の家の事情もお金を稼がねばならない理由になっていた。 ひと昔前ならバイトという選択肢もあったのだろうが、今ではそのような仕事はすべてAIに取って代わられてしまっている。
それでも僕は数日後になると、そんな講習会での出来事も気にならなくなり、今日はいよいよ実際のダンジョンを経験させてもらう実習日となっていた。
実習では教官の指導の下でダンジョンに入り、実際に魔物を倒す経験を積むことになる。 これが済めば晴れてダンジョン探索の冒険者として登録されることになり、自分でお金を稼ぐことが可能になるのだ。
僕は実習が行われる近所の山にある2986ダンジョンの管理センターへと足を運び、防具と武器をレンタルで借りた。 僕が借りた武具と防具のレンタル料金は半日で約1万円だ。 僕にとっては中々の金額だ。
これって、ダンジョンで探索できるようになったって黒字になるんだろうか?
多少不安を感じたが、実際にダンジョン探索を商売にしている人も多いので、うまくやれば黒字になるはずだと信じている。
「本日の新人実習を受ける予定の方は、11時までに305大会議室にお集まりください」
館内放送があったので、僕は3階にある305大会議室へと入って行った。 会議室へは続々と人々が入って来た。 そして……。
なんと! その中にあのミレイ様を見つけてしまった。
ヤバイ! 僕を覚えているかもしれない。
選りにも選って、こんなローカルなダンジョンの実習で一緒になるなんて、ストーカーと思われて通報されてしまうかもしれないじゃないか。
僕は反射的にその場から逃げるように隠れて素知らぬフリをした。 自分で言うのもなんだが、僕は女性関係に意気地なしな方なのかもしれない。