墓守りの愛
数々の呪詛を遺し、王家に対し深い憎しみを抱いていた割には意外と友好的であった事からある仮説に辿り着いたイズミル。
だがほとんど確信をもって本人に当たったところ、やはり正解であったようだ。
イズミルが予想した通り、ダンテルマのものだと思われていた魂は彼女の愛人の一人である魔術師の男のものであった。
王家により無情にも打ち捨てられようとしたダンテルマの遺骨を持ち去り、この後宮に隠し部屋を作りここを墓所としたのだ。
何故このような真似を……という事はないのだろう。
魔術師は…まぁ目の前に居る姿はダンテルマのものだが、彼は本当にダンテルマの事を愛していたのだろう。
しかも魔術師はダンテルマの遺骨と墓所としたこの部屋を守る為に魂の全てを定着させ、何百年と守り続けてきたのだ。
魂全てとなると……彼はこの隠し部屋を作ったと同時に生を捨てたという事になる。
イズミルは目の前の魔術師の魂を見つめた。
魔術師は軽く笑ってイズミルに言う。
「そんな顔をしないでよ。
僕は自ら進んでダンテの墓守になったんだから」
「貴方は……本当に彼女の事を愛していらしたのですね……」
「そうだね。ダンテは僕の全てだった。彼女にとっては沢山いる愛人の一人だったとしても、僕にとって彼女は唯一無二の存在だったんだ」
「ダンテルマ様は……後世に語り継がれているような稀代の悪女ではなかったのでしょうね……」
「まぁね、性に奔放な人だったのは確かだよ?お酒も無茶苦茶強かったし。ただ、愛人との享楽に身を投じたのは亡くなる前のほんの二~三年。三十二歳で亡くなった事を考えても、それまではずーっと一途に国王に操を立てて来たんだ。それをあんな酷い仕打ちを受けて……心のよすがに他の男に愛を求めて何が悪いって言うのさ。それなのに当時の王家の奴らはダンテを排除したいからと薬物依存者の濡れ衣を着せて狂った悪女に仕立て上げたんだ。酷すぎるよ。ねぇ?そう思うだろ?」
「ええ……本当に……」
「まぁ…害のないハーブ程度のは使っていたけどね」
魔術師の魂は腰掛けている寝台に視線を移した。
そして愛しそうに手で触れる。
「これが、寝台に見せかけた棺だという事も、もう分かっているんだろう?」
「ええ」
「何故僕がこんな事をしたか知りたい?それともそれも予想はついてる?」
「あくまでも予想ですので、貴方から直接お話をお聞きしたいですわ」
「うん……ダンテはね、孤児だった僕の後ろ盾となり、魔術師資格を取るまで力になってくれた人なんだ。そして成人して魔術師となって、彼女に恩返しがしたくてダンテに会いに行ったのは、丁度国王に捨てられて愛人達に愛情を求める生活を始めたばかりの頃だった。最初はかなりショックだったんだ。だけどダンテは僕の初恋の人だったからね。それならばと彼女に頼み込んで愛人の一人にして貰ったよ」
「それで…貴方はそれで良かったのですか?」
人それぞれの考えなのだろうが、イズミルならやはり嫌だと感じてしまう。
互いに唯一であって欲しいと思ってしまうのだ。
魔術師の魂は、肩を竦めて答えた。
「ダンテほど魅力的な女性なら仕方ないよ。彼女に惚れ込んだ他の愛人たちの気持ちもよく分かるから」
「そうですか……」
「でも、愛人たちの中で彼女の遺骨を盗み、生前のダンテが望んでいた死しても後宮から離れたくない…という希望を叶えられるのは僕だけだった。凄いでしょう?」
「……そうね」
少し得意気に言う彼にイズミルは困ってしまう。
彼の心の拠り所が分かってしまうから。
「それにね、僕には愛人時代にダンテの数多くの仕返しに手を貸した責任があるからね。施術した呪いやトラップ、嫌がらせの数々がちゃんと成功したか見届けたかったんだ。どう?ダンテと僕の遺した悪戯、凄かったでしょう?王家の者にぎゃふんと言わせられた?」
それに対してはイズミルは抗議させて頂いた。
「もうとてつもなく大変でしたわ。バラバラにされ、文字の一つ一つにまで呪詛を掛けられた王室規範の解呪、暗号化された文字の解読、そして翻訳……もう思い出したくもない作業でしたわっ。でもそれはいいのです、わたくしがなんとか出来ましたから。でも先日のグレアム様に施した呪い、あれだけは許せません。王家に対して恨みがあるのは存じておりますが、例え王家の者であったとしても後世の者には何の罪もありませんのよ」
「だってそれは仕方なくない?あの呪いがいつ発動されるかまで予測は出来ないんだから。まさかこんなにも後の世に発動するなんて思いもしなかったんだから」
「………」
その言い分は分からないでもないが、イズミルにとっては幼いグレアムが辛い思いをした事実だけは絶対に許せるものでは無かった。
でも、憎しみを抱えたままではこの状況を打破出来ない。
それはなんの解決にもならない。
イズミルは魔術師の魂に尋ねた。
「最後の呪詛があるとわたくしに告げたのも、わたくし以外にその姿を見せなかったのも全て、後宮の解体を少しでも遅らせたかったからですわね?そして挑発的な態度をとったにも関わらず親切に接してくれたのは、ダンテルマ様の本当のお人柄を知って欲しかった。わたくしがそれを知ってどう行動するかを見極めたかった、そうですわね?」
「……うん、そうだよ」
魔術師の魂は観念するかのように素直に認めた。
そしてその瞳はイズミルに懇願している。
イズミルは肩の力を抜いたように一つ大きく息を吐き、
そして微笑みながら魔術師の魂に告げた。
「わかりました。当代の王妃であるわたくしにお任せくださいませですわ!必ず、貴方とダンテルマ様を悪いようには致しません!」
きっぱりと力強く言い放つイズミル。
だけどその脳裏には、
秘密裏に事を進めていた事へのグレアムのお小言を受ける覚悟をせねば……という考えが浮かんでいた。




