怨恨を断つ
数百年前の妃だったダンテルマの根深い怨恨を断つと決意したイズミル。
そこで新たに見つかった隠し部屋の調査を自分にさせて欲しいと、夫であるグレアムに願い出た。
当然、グレアムは……
「だ、駄目だ駄目だ駄目だっ……イズミル、キミは何を言っているんだっ」
と、反対した。
「前回は他者に任せる事をすんなりと受け入れたではないかっ、なぜ今回は自ら危険な所に飛び込もうと言うのだっ」
「前回の事があったからですわ」
グレアムの言葉にイズミルは端的に返した。
「何?」
「グレアム様に…後世の王室の者に呪いを残す程のダンテルマの怨嗟……きちんと向き合い怨恨を断たねばならないと判断いたしましたの」
「キミの言いたい事は分かっている。俺とて此度の事で身に染みて呪いの恐ろしさを痛感したのだから、このまま放置しておくつもりはない。然るべき術者に然るべき処置をさせるつもりだ」
「その然るべき術者に、わたくしを任命しては頂けませんでしょうか?」
「駄目だ」
イズミルの願い出を、グレアムはぴしゃりと跳ね除けた。
グレアムはデスクの椅子から立ち上がり、イズミルの側へと来た。
そして彼女の手を取り、執務室に置いてあるソファーへと座らせた。
もちろん自分も隣に座る。イズミルの手を握ったまま。
「あの呪いのタチの悪さを見ただろう。新しく見つかった隠し部屋にもどんな陰湿な呪いや術のトラップが仕掛けられているか分からないのだぞ?そんな危険な目に、大切なキミを遭わせられる訳がないだろう」
「でも……これはきっとわたくしが、王の正妃が向き合わないといけない仕組みになっていると思うのです」
「何?何故そう思うのだ」
「最初に見つかった隠し部屋の呪いは国王であるグレアム様だけに向けられたものでした。きっとあの場にグレアム様が居られずとも遠隔で呪詛を受けていたと思います。そしてかつてダンテルマが憎しみを抱いた相手は、国王の他にもう一人おります」
イズミルの言葉に、グレアムはハッとして答えた。
「っ王妃か……」
「はい。または王の寵愛を一身に受けている寵妃に向けられるものと思われます。そして当代の王妃はわたくしでございます。次のトラップはおそらく、いえ間違いなくわたくしをターゲットとしているはずですわ」
「くそっ……!」
グレアムは忌々しそうに舌打ちをした。
そして思った、どうせならば次のターゲットも王に向ければ良いものをと。
イズミルにはそのグレアムの胸の内が分かるらしく、小さく首を振って彼に告げる。
「わたくしは却ってこれで良かったと思っておりますの。ターゲットがわたくしのみにだと思うと気が楽ですわ。自分の防御をしっかりすればよろしいのですもの」
「しかしだなぁ……!」
「だからこそ人任せにせず、自分のこの目で呪詛の質を見極めて対処したいのです。わたくしは、この道に関しては誰にも引けを取りません。なにしろわたくしは賢人グレガリオの愛弟子なのですから」
イズミルはグレアムの手を取り、懇願した。
「お願いです、グレアム様。決して必要以上に深入りはしません。他の術者に任せても大丈夫なものだと判断しましたら、必ず他の者に任せますから……!」
「っ……………」
グレアムは即答はしなかった。
イズミルに手を握られたまま、しばし思案する。
そして何か観念したように小さく嘆息し、今度は自身の手でイズミルの細くて柔らかな手を包み込んだ。
「わかった。そこまで言うのなら許可する」
「ありがとうございま「しかし」
礼を告げるイズミルの声に重ねるようにグレアムが言葉を次いだ。
「調査には必ず俺も立ち会う。これは絶対だ。嫌だというのなら、キミの調査参加は認められない」
いつになく強めの口調と硬質な声に、
グレアムの意思が覆らない事を悟らされる。
「……わかりましたわ」
イズミルは大人しく了承する事にした。
自分よりも高い位置にあるグレアムの顔から
ふ、と笑みが溢れる気配がする。
今ここで笑う要素なんてあったかしら?とイズミルが顔を上げると、
ニヤリと笑みを浮かべるグレアムの視線とかち合った。
「しかしなんだな、ターゲットが王妃か王の寵愛を一身に受ける寵妃とは……どちらもキミの事を指す言葉だな?」
「まっ!グレアム様ったらっ…そ、そんな事っ……」
イズミルは恥ずかしさで頬に熱が篭るのを感じた。
「違うか?俺はキミしか妃は居ないし、要らない。そして生涯キミだけを愛し大切にしてゆくつもりだ。それは王の寵愛を一身に受ける寵妃という事に当て嵌まるのではないのか?」
「も…もうっ、知りませんっ……!」
恥ずかしさのあまり居た堪れず、そっぽを向くイズミルをグレアムは笑った。
あまりに悔しいので、イズミルはグレアムが大人に戻ったら必ずやってやろうと思っていた事を実行に移した。
「ははははっ……はっ?」
グレアムの頭をぐいっと引き寄せ、自分の膝の上に乗せたのだ。
そう、膝枕である。
「イズミルっ?」
急に膝枕をして貰う体勢になり、グレアムは目を丸くしてイズミルを仰ぎ見た。
イズミルはしてやった、という顔で微笑む。
「ふふふ。グレアム様は膝枕がお好きなんでしたわよね?」
「なっ……!」
幼いグレアムが膝枕好きで、呪いを受けている身であった小さいグレアムに散々してあげた膝枕。
グレアムの呪いが解けた暁には必ず本人にしてあげようと思っていたのだ。
思いがけず意趣返しのようになってしまったが。
「これからはいつでも遠慮なく、わたくしの膝で甘えて下さいましね」
「………考えておく」
「ふふふふ」
グレアムは照れ隠しでぶっきらぼうに言いつつも自分から頭を退かそうとはせず、しばらくイズミルの膝枕を堪能していたのであった。
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