グレアム君とピクニック
いつもありがとうございます!
「イズミル!おはよう!今日はピクニックに行こう!」
勢いよく扉を開け、チビグレアムが部屋に飛び込んで来た。
「おはようございますグレアム様。ピクニックですか?」
「そうだ!イズミルはピクニックに行った事がないと聞いた。どうだ?行きたいだろう?」
確かにイズミルはハイラントに嫁いでからというもの、ピクニックには一度も行っていない。
グレガリオの下、勉学に勤しむ日々を過ごしそんな暇などなかったし、後宮の忘れられた妃がそんな目立つ様な事はしない方が良いと思っていたからだ。
しかし……
「グレアム様、それはわたくしの侍女であるターナにお聞きになられましたか?」
イズミルがピクニックに行った事が無いなど、他の者が知るわけがない。
チビグレアムは何故か自慢げに大きく頷いた。
「そうだ!イズミルが喜ぶ遊びは何かとそなたの侍女に訊いたら言ったのだ、それなら是非ピクニックに連れて行って差し上げてくださいませとな!」
「まぁターナったら……ではグレアム様がわたくしを連れて行ってくださるのですか?」
「うむ!俺はそなたの夫だからな!妃の望む事は何でもしてやるのが夫の務めだとおばぁ様が言っていた」
「ふふふ。嬉しゅうございます。ではグレアム様、よろしくお願いしますね」
「任せろ!」
こうやって、イズミルは毎日グレアム君と遊んでいた。
グレガリオが解呪の為に施した術は、悉く失敗に終わっている。
イズミルも風の精霊を使っての解呪術を用いてみたが、やはり結果は同じであった。
グレガリオは一度根城にしているハイラント大学に戻り、攻略法を練り直してくると言って王宮を後にした。
今のところ政務はランスロットやゲイルなど優秀な側近や官吏達により滞りなく代行されている。
簡単な内容だが、どうしても急ぎの決裁が必要なものなどは正妃としてイズミルがリザベルと相談して行っていた。
しかしいつまでもそれでは済まされまい。
早々に手を打たねばならないとしても、今のところどうする事も出来ずにこうして毎日グレアム君と遊んでいるのが現状だ。
ーー手は無いからといって塞ぎ込んでいても仕方ないわ。
お可愛らしいグレアム様とも沢山思い出を作りたいもの。
イレギュラーな出来事には慣れっこのイズミルであった。
そしてチビグレアムはイズミルを連れて王都近郊の湖へとピクニックに出掛けた。
ハイラントで二番目に大きな湖、タラ湖。
ハイラント王都の民の暮らしを支える巨大な水瓶だ。
水質はピカイチ、水産資源も豊富な美しい湖である。
その湖畔のなだらかな丘の上でシートを敷いて様々な食事を並べる。
「まぁ……素敵……!」
ジルトニア公女であった頃は家族とよくピクニックに出かけていた記憶が蘇る。
こうやってグレアムと共に来られるなんて、夢のようだとイズミルは思った。
周りに護衛の者や侍女はいるが、シートの上はイズミルとチビグレアムの二人だけだ。
ランチを食べた後、チビグレアムは安定の膝枕でイズミルに甘えている。
心地よい風が子ども特有の柔らかくサラサラな髪を擽ってゆく。
穏やかで優しい時間だった。
ふいにチビグレアムがイズミルに言った。
「イズミルは……大人の俺に会いたいと思うか?」
「グレアム様?」
「本当は俺とでなく、大人の俺とピクニックに来たかったか?」
変声期はまだまだ先の、可愛い声でチビグレアムが言う。
なんと答えるべきか、イズミルは迷う。
だがまだ八歳だからと適当に言ってはいけないような気がした。
イズミルはチビグレアムの頭を撫でながら言った。
「わたくしにとりましては、どちらもグレアム様である事に変わりはありませんわ。大人のグレアム様と来ても、子どものグレアム様と来ても、どちらとも来たかったなと思う筈ですもの」
「そうか……」
イズミルの答えは、チビグレアムの求める言葉であったようだ。
少し硬かった声が優しい音色に変わる。
ーー気丈に明るく振る舞っておられるけれど、本当は誰よりも不安なのだわ。
今ここに居るのも間違いなくグレアムだ。
それなのに皆はそのグレアムはグレアムではないと言う。
確かにこの時代のグレアムではないのだから、彼本来の姿に戻らなくてはならない。
でもそれは、今この子どものグレアムの存在を消そうとしている事になる。
イズミルは胸が苦しくて堪らなくなった。
この小さなグレアムもここに居てよいのだと伝えたくなる。
その場凌ぎの意味のない事だとは思わない。
どんなグレアムもイズミルにとってはかけがえのない大切な人なのだから。
イズミルは向こうを向いて膝に頭を乗せているグレアムの名を呼んだ。
「グレアム様」
「……なんだ?」
「大好きです」
「なっ……?えっ、ええっ?」
チビグレアムが慌てて起き上がって真っ赤な顔をして狼狽える。
「わたくしはどんなグレアム様も愛しておりますわ」
「ちょっ…そんな、恥ずかしくないのかっ?そんな事言って……!」
「あら、大好きな人に大好きと伝えて何が悪いのです?」
「いやでもっ……」
チビグレアムはこれ以上ないほどに顔を真っ赤に染め上げている。
イズミルはそんなグレアムが愛しくて仕方なかった。
そしてある事に気付く。
ーーあぁ、きっとそう。そうなのだわ……
イズミルには呪いを解く方法がわかった。
そしてそれは、とても難しい事なのだとも理解してしまう。
狂妃ダンテルマ……
彼女はとんでもない呪いを掛けてくれたものだ。
彼女に恨み言を言いたくなる、イズミルであった。
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