特別番外編 とある側近の物語
アルファポリスさんの方で読者様の要望が多かったランスロットの後日談です。
よろしくお願いします!
その日、イズミルは確信めいたものを感じた。
これといって体調に変化があるわけでもなく、
次の予測日にはまだ一週間以上ある。
でもなぜかわかったのだ。
もう三人目となるからなのか、この子がグレアム並みの魔力を持っている予兆なのかはわからないが、
瞬間的に感じ取ったのだ。
新たに子を授かったと。
そしてそれからひと月ほどして確定する。
王妃イズミルは三人目の子を懐妊したのだった。
嫡男レオナルドが五歳、
次男アルベルトはまだ二歳であった。
二人の王子をイズミルは乳母を付けずに自らの乳で育てた。
もちろん侍女たちに大いに助けてもらったが、
オムツ替えも離乳食を食べさせるのも全てイズミル
が手を掛けて愛情いっぱいに育てたのだ。
しかし今回は次男のアルベルトにまだまだ手が
掛かる事を思えばさすがに乳母を置かねばならないだろうと考える。
三人目の子にかかりっきりになるのではなく、
三人とも分け隔てなく接してやりたいのだ。
そんなイズミルの意思を、
彼女に甘々な夫は尊重してくれる。
普通の王族としては、特に嫡男は比較的早い段階から母親とは一定の距離を置いて育てられる。
次期君主たるもの、
母に依存する弱い人間になってはいけないとかいう
理由だが、イズミルはそうは思えなかった。
イズミルの母が良い例だ。
亡くなった母は大公妃であったにも関わらず、
今のイズミルと同じように兄や自分に自ら乳を与え
いつも側に置いて育ててくれた。
兄はジルトニア事変で若くして命を落としたが、
生前の兄は自立心も自尊心も高く、他者に優しい穏やかな人であった。
それはやはり、母が父と共に惜しみ無い愛情を注いで育ててくれたからだと思うのだ。
〈だからわたしも、グレアム様と一緒にこの子達を
愛情いっぱいで育てたい〉
というわけでイズミルは乳母の選出を始めたわけだが、すでに一人、気になっている人物がいた。
第一子が誕生したばかりだったのにも関わらず、
不運な事故で亡くなってしまったブレイリー子爵の奥方、エルネリア=ブレイリー前子爵夫人である。
夫亡き後、乳飲み子を抱えながら義弟に子爵家を
引き継ぐまで気丈に子爵夫人としての責務を
果たしたという。
故人を悪く言いたくはないが、
生前のブレイリー子爵の評判はあまり良くはなかった。
女遊びが激しく、
妻に暴力を振るうとも聞いた事がある。
一方で夫人の評判はとても良かった。
穏やかで思慮深く、控えめで分け隔てなく
人に接すると彼女を知る者は皆、一律に良き人柄と評する。
乳母といっても完全に任せるのではなく、
補助的な感じでお願いしたいと考えているので
あまり前に前にというタイプでない方が好ましいのだ。
とにかく人伝の話だけではなく、
エルネリア本人の為人を見てみようと、
イズミルは早速エルネリア=ブレイリー前子爵未亡人を王城へ呼び出したのである。
予めエルネリアには子どもと一緒に来て欲しいと
頼んでおいた。
生まれてくる我が子と乳兄弟になるかもしれないのだから、どのような子か見てみたいと思ったからだ。
そしてエルネリアさえよいのであれば、
ある提案もしてみたいと、イズミルは考えていた。
丁度生後半年になるエルネリアの子どものために
サンルームにベビーベッドを用意させ、
エルネリアとの面会に臨む。
緊張した面持ちで礼を執るエルネリアに
イズミルは優しく微笑んだ。
「そんなに畏まらないで。今日は王妃としてではなく、一人の母としてお話がしたいと思っているのだから」
「はい、妃殿下」
「突然呼び出してごめんなさいね、まぁ!この子が貴女のお子さんね」
エルネリアの胸に抱かれる赤ん坊を見て、
イズミルが思わず相好を崩す。
エルネリアの乳の出が良いのだろう、
ふっくらふくふくとした可愛らしい赤ん坊だった。
「はい、亡き夫の忘れ形見である娘のリュアンに
ございます」
「リュアン、古い言葉で“安寧”という意味ね。
いい名だわ、名付けは誰が?」
「亡き夫にございます」
「そうなのね。リュアンのこの栗色の髪は
前ブレイリー子爵譲りなの?」
「はい、左様にございます」
「本当に可愛いわ。人見知りもなさそうだし、
いい子ね。次男は人見知りが激しくてとても
大変だったの。陛下の側近たちを見ても泣いてしまう始末で。今はもう大丈夫なのだけれど」
「第二王子のアルベルト殿下でいらっしゃいますね」
「ええ、そうよ」
「人見知りの子は、それだけ母親への愛情が
深い子だとも言います。それは裏返しますと、
妃殿下がそれだけ愛情を持って王子殿下を
お育てあそばされている証にございます」
穏やかに話すエルネリアを見て、
イズミルは心を決めた。
〈噂通りの人ね〉
イズミルはまっすぐにエルネリアを見据えた。
「エルネリア=ブレイリー前子爵夫人」
「はい」
「貴女を第三子の乳母に内定します」
イズミルにそう告げられ、
エルネリアは目を丸くして言う。
「お、畏れながら妃殿下、本当にわたくしなどで
宜しいのでしょうか?ご存知の通りわたくしは
未亡人でなんの後ろ盾もございません、
わたくしよりももっと相応しい方がおられるのでは
ないでしょうか」
エルネリアのその言葉に
イズミルは敢えて毅然とした態度で答えた。
「わたくしはね、ブレイリー前子爵夫人。
お腹の子のために後ろ盾が欲しくて乳母を置くのではないのよ。あくまでもわたくしの補助として、
わたくしと共に愛情と正しさを持って子育てをしてくれる人を探しているのです。そしてそれは貴女であると確信しています。今少し会話しただけでも、
貴女が誠実な方だと分かったわ、どうかわたくしの助けになって貰えないかしら」
「妃殿下……」
「エルネリアと呼んでも?」
「はい、勿論にございます」
「それにね、エルネリア。わたしの陛下も
ご夫君を亡くされた未亡人の方が乳母だったのよ」
初めて知る事実に、
エルネリアは驚きを隠せない様子だった。
「左様でございましたか……国王陛下が……」
そう。グレアムの乳母は不幸な事故で夫を
亡くした前シュトレン伯爵夫人なのだ。
グレアムの最側近、
ランスロット=オルガの生母である。
爵位は成人したばかりの嫡男が継いだが、
オルガ家の内情を鑑みた太王太后リザベルが
ランスロットの母を乳母として召し抱えたのだった。
そうしてグレアムとランスロットは乳兄弟として、
共に成長を果たす。
奇しくも乳母を探している時に当時のランスロットの母と
似た境遇のエルネリアの話を聞きつけ、
イズミルはエルネリアの助けになればと白羽の矢を
立てたのだ。
為人も申し分ない。
イズミルはエルネリアに
事前に考えていたある提案をする。
「今は爵位を譲られた義弟の屋敷に住んでいるの
だったかしら?」
「はい、部屋を分けて貰っている状態にございます」
それはきっと、肩身が狭かろう。
いくら親戚といえど、現ブレイリー子爵夫人との折り合いもあり、エルネリアが遠慮しながら暮らさねばならない現状が垣間見られる。
貴族といえど寡婦が何不自由なく暮らせるのは
余程の上位貴族だけだろう。
エルネリアが今、先行きに不安を感じているのが
手に取るようにわかった。
「エルネリア、貴女とリュアンに王宮内に部屋を
用意するわ。生まれた子に乳が必要無くなっても、
そのまま側で仕えてくれたら嬉しいけれど。
どうかしら?」
エルネリアが一瞬泣きそうな顔をしたのを、
イズミルは気付かないふりをした。
エルネリアが声を絞り出すように答える。
「お心遣いに感謝致します。誠心誠意、
お仕えさせていただきます……!」
「良かったわ、ありがとう。エルネリア」
「妃殿下……!」
エルネリアの眦から一粒の雫が溢れた。
とても清らかな涙だ。
エルネリアの心根の美しさを映しているかのようだった。
あれ?とある側近が名前しか出てないぞ、
と思われたそこのあなた。
安心してください、明日ちゃんと出ますよ。
よろしくお願いします。




