側近と侍女の恋 ②
マルセル様は不思議な方だ。
初めて会ったのは当時お勤めしていた
イコチャイアの王宮で、陛下に詰め寄ろうとした
わたしを取り押さえたのが彼だった。
そしてその後、不敬にも大声を出したり、勝手に発言したわたしを咎めるわけでもなく優しく頭を撫でてくれたのだ。
その手はとても温かく、そして心地良かった。
ハイラントの後宮で再会した時は、わたしの事を
覚えてくれていた事に驚き、そしてとても嬉しかった。
敬愛するイズミル様が正妃となられてからは
顔を合わせる事が増え、その度に彼と色々な話をするのがとても楽しくなっていったのだ。
会えない日はなんとなく寂しく元気が出ない……
今頃何をされているんだろう……
気が付けばマルセル様の事ばかりを考えてしまっている自分に気が付いた時、わたしは血の気が引く思いをした。
わたしは、もしかして……マルセル様の事が?
いや違う。
あまりにも身分違いで、そして不釣り合い過ぎて、
わたしは自分のこの気持ちに名前が付くのを拒否した。
気のせい。全て気のせいだ。
彼を見ると嬉しくなるのも、もっと一緒に居たいと思ってしまうのも、彼の事を思うと胸が温かくなるのも……。
マルセル様は侯爵家の出身という雲の上のお方だ。
13歳も年上だし、わたしの事なんてきっとお子様と思っているだろう。
それにあれだけ素敵な人だもの。将来を誓い合った貴族のご令嬢がいるに違いない。
だからわたしは蓋をした。
自分の気持ちに蓋をした。
これ以上想いが膨らまないように。
彼を困らせる様な事にならないように。
それなのに、
廊下などでマルセル様が他の女性と楽しげに話している姿を見ると、お腹の底からぐるぐるとなにやら重いものが渦巻いて苦しくなる。
どうして?
ちゃんと蓋をしてるのに。
どうして気持ちが溢れてくるの?
苦しい。
助けて……イズミル様……マルセル様……。
◇◇◇◇◇
「リズル、ちょっと執務室までお遣いをお願いしたいのだけれど、いいかしら?」
その日、イズミルはリズルに言った。
「執務室ですか?もちろんお引き受け致します」
執務室と聞き、リズルが一瞬躊躇ったのを
イズミルは見逃さなかったが、構わず話を続けた。
「ありがとう。陛下にこの書類をお渡しして欲しいの、お願いね」
「承知いたしました」
そう言ってリズルは執務室へと向かった。
執務室へ行けばもしかしたらマルセルと鉢合わせをするかもしれない。
自分自身の気持ちが上手くコントロール出来ずにいる状態で、マルセルに会って何やら迷惑をかけてしまうのではないかと心配になる。
〈素早く書類をお届けしてすぐに戻ろう〉
そう思いながら、リズルは執務室の扉をノックした。
ややあって扉が開かれる。
扉を開けたのは……マルセルだった。
「……!」
「やぁリズル」
マルセルは微笑んだ。
「マ、マルセル様…、あ、あのこの書類を陛下に……」
まさか言ってるそばからマルセルに遭遇するとは
思っていなかったリズルは既にしどろもどろになっている。
「とりあえず中に入って」
マルセルがリズルに入室を促した。
「は、はい……」
リズルが躊躇いながら部屋へ入ると、
執務室には誰もいなかった。
国王グレアムも側近のランスロットも。
部屋にはマルセルとリズルの二人だけだった。
「マルセル様、これはどういう……へ、陛下はいらっしゃらないのですか?妃殿下から書類をお預かりしているのですが……」
「ああ書類?それは口実だから別にほっといて構わないよ」
マルセルがしれっと言った言葉にリズルが目を丸くする。
「えぇ?そ、それはどういう意味ですか?
口実って……」
「妃殿下が僕に協力してくれたんだ。
キミを僕の元へ向かわせて、2人だけで話が出来るようにと」
「ひ、妃殿下が?」
事態が飲み込めず目を白黒させているリズルを見て、マルセルは思わず吹き出してしまった。
「……っぷっ」
「マ、マルセル様っ!?」
笑われた事に少し憤りを込めて、リズルはマルセルを呼んだ。
「ごめん、ごめん、いや可愛いなぁと思って」
「かわっ!?そ、そんなバカなっ!あり得ません!わたしが可愛いなんて……!」
「なんで?リズルは可愛いよ。世界一可愛いと思ってる」
「せかっ!?おもっ!?」
「そして、やっぱり好きだなぁって思った」
「すっ!?…………っえ?」
真っ赤な顔で狼狽えていたリズルが一瞬、固まった。
マルセルはリズルの手を取りリズルと向かい合った。
「!」
リズルはその握られた手を凝視している。
その様子を見ながら、マルセルがリズルへと尋ねてゆく。
「リズル、リズルは13歳も年の離れたオッさんは嫌?」
リズルはぶんぶんと首を横に振る。
「寝起きが悪くて凄い寝癖をつくる男は嫌?」
また首を横に振る。
「リズルは……俺のお嫁さんになるのは嫌?」
リズルはそれには首を縦にも横にも振らなかった。
「……わたしなんか、マルセル様に相応しくありません」
「どうしてそう思うの?」
「だって……平民だし、孤児だし。マルセル様は
侯爵家の方だし、素敵な大人の男性だし、わたしなんかじゃとても釣り合いが取れません」
「俺と結婚したらキミも貴族だ。まぁ別に貴族である事にこだわりなんか無いけどね。それに俺と結婚したら家族になる。キミはもう孤児じゃない」
「っマルセル様はそれでいいと思って下さっても周りはそう思ってはくれません!
マルセル様がとやかく言われるのは嫌です、耐えられません……!だからわたしじゃダメなんです」
俯いてぎゅっと目を閉じているリズルの頬を
マルセルは両手で包みこんだ。
そして優しく上を向かせる。
「リズル、とりあえずは周りの事は置いておこう」
「置いておく……?」
「そう、リズル、ホントにそれはどうでもいい事なんだ。それよりもまず聞きたいのはリズルが俺の事をどう思っているのかだ。リズルの気持ちが知りたい」
「わたしの……気持ち……?」
「そうだ。本当の気持ち。
リズル、俺はリズルの事が好きだ。一生独身でいいと思っていた考えがコロっと180度変わるほど、キミを愛してる。こんなオッさんで申し訳ないけど、どうかどうか人生を共に生きて欲しい……!」
「マルセル様……」
リズルの瞳から涙が溢れ出した。
そしてその瞳には戸惑いの中に喜びの光があるのをマルセルは見逃さなかった。
「リズル、お願いだ。
俺のお嫁さんになって……!」
「マルセル様、許されるのなら、わたしもマルセル様のお側にいたいです。許されるのなら共に生きて行きたい……!わたしは色んなものがまだまだ足りない未熟者ですが、それでもお側にいてもいいのですかっ……?」
「許すも許さないもないよっ、何よりも俺がキミを必要としてるんだ。リズル、どうかイエスと言って……!」
マルセルの真剣な表情に、リズルは戸惑いながらも首を縦に振った。
「イエス……です、マルセル様。
わたしをあなたのお嫁さんにしてくださいっ……!」
涙でぐちゃぐちゃになりながらもそう答えたリズルをマルセルは抱きしめた。
「ああ……リズル!」
「マルセル様っ……」
リズルは夢を見ているのかと思った。
今、この身に起きている事が俄には信じられなかった。
でもこの抱きしめてくれる彼の体の温かさは確かなものだと信じられたのだ。
リズルはこの温もりを……離したくないと、
心からそう思った。




