側近と侍女の恋 ①
俺、マルセル=カルトールが初めて彼女を見たのは視察先の隣国の王宮だった。
いきなり大声を上げてウチの陛下の元へ駆け寄ろうとする彼女を取り押さえた。
傷つけるつもりはないけど、身動きを封じるために割と強い力で拘束した。
なのに彼女はそれでも懸命に声を上げて、今はこの国の王妃であるイズミル妃の窮地を訴えた。
必死に、震えながらも彼女は叫んだ。
途中からは、もはや自分の力では立っていられない彼女の体を支えてやらねばならないほどに。
いじらしくて可愛いなと思ったんだ。
ありったけの力を振り絞ったのだろう、陛下が彼女の言葉を信じて妃殿下を救いに部屋を出て行った後は放心状態になっていた。
気付けばそんな彼女の頭を撫でていた。
よく頑張った。
一国の王に訴えかけるなんて、しかも自国の王太子の前で。
優しくしてやりたい。
いや、俺は基本、どんな女性にも優しくあらねばならないと常日頃から心掛けているが、それとは違う感情で彼女に優しく接してあげたいと思ったんだ。
その時はそれだけだった。
隣国の健気な少女。
ただそれだけだった。
でもハイラントで彼女と再会した時、思いの外嬉しさを感じた自分に驚いた。
居心地の悪くなったイコチャイアの王宮から引き抜き、自身の専属侍女にしていた妃殿下に内心、拍手喝采を送ったほどに。
ウチの拗らせ陛下と、彼女…リズルの敬愛するイズミル妃が改めて結ばれてリズルと接する事が格段に増えた。
リズルは……いい子だ。
元気で一生懸命で明るくて純粋で優しくて、本当にいい子だ。
今まで、俺の側には居ないタイプの女性だった。
顔を見たらつい構いたくなって、アレやコレやと話しかける。
笑ってくれると嬉しくてもっと笑顔が見たくなってしまうのだ。
ソレは妹みたいな感覚なのだと思っていたら、
どうやらそうではないらしい。
………おいおい本気か?
十三も年下の女の子だぞ?
貴族社会ではよくある歳の差だが、彼女は平民の出だ。
彼女にしてみれば俺なんてオッサンの類だろう。
彼女には彼女の年齢に釣り合った似合いの男がいるはずだ。
……嫌だな。
彼女の側に違う誰かがいる事を想像しただけで鉛を飲んだような気分になる。
生涯独身貴族を決め込んでいた俺がこんな事を考えるなんて……。
でも、もしリズルも俺に少なからずも好意を抱いてくれるなら……。
模索してみてもいいだろうか、彼女と共に生きていける道を。
そんな事ばかり考えてしまっていたそんな時、
政務が終わった時間に陛下と妃殿下に呼び出された。
◇◇◇◇◇
「ごめんなさいねマルセル、仕事が終わったというのに呼び止めて」
「いえ、そんな事はお気になさらないで下さい妃殿下」
詫びを入れたイズミルにマルセルが答えると、横からグレアムがやっかむ様に言った。
「おい、お前は何故イズミルには丁寧な言葉使いなんだ」
「だって妃殿下はそれに相応しい方だもんね」
「おい」
「それで?俺に用ってなに?」
マルセルがグレアムに構わずに問うと、イズミルが話出した。
「リズルの事よ」
「……リズル?」
「マルセル、単刀直入に聞くから、正直に答えてね?あなた、わたくしの大切な侍女の事をどう思っているの?妹の様に?それとも女性として?」
「な、何?急に、どうしてそんな事聞くのさ」
「リズルがあなたに恋をしているからよ」
イズミルのその言葉を聞き、思わずマルセルが立ち上がった。
「……それ、ホント?リズルが言ったの?」
イズミルは首を横に振る。
「いいえ。リズルは何も言わないわ。側で見ていればわかるの。でもあの子は最初から諦めている。貴方とは住む世界が違うと」
「そんな事……!」
「本来なら、リズルの気持ちを勝手に相手に伝えるなんてしてはいけないのだけれども、貴方たちを取り巻く環境は少し複雑でしょう?それを取り除くためには、先に貴方の意思を確認したかったの。リズルを、わたくしの大切なリズルを生涯守ってくれるのかを」
「……生涯」
「その覚悟が無いのなら、この話はここまで。リズルの耳には一切なにも入れずにこれで終わり」
「………」
黙り込むマルセルにグレアムが告げる。
「どうだマルセル。男としてリズルの人生に責任を負い、共に生きていきたいと思うかどうかだ」
マルセルは真剣な眼差しを向けた。
「……思うよ、思っているよ。そのためにどうすればいいか模索してるんだ」
その言葉を聞き、イズミルとグレアムは互いを見合い、微笑んだ。
「良かった……。貴方がそのつもりでいてくれた事が本当に嬉しいわマルセル。実はもう、色々と手を打ってあるのよ」
「え?手を……?」
「でもその前に、リズルの出生の事を知っていて貰いたいの」
「リズルの、出生?」
イズミルは頷いた。
そして先日グレアムに頼んで調べて貰ったリズルの出自についてをマルセルに話して聞かせた。
リズルの母親はジルトニアのとある男爵家のメイドをしていた。
そこで主人である男爵の手が付き、母親はリズルを身籠ったのだ。
しかしその事が男爵夫人に知れ、リズルの母親は少額の手切金を渡されそのまま男爵家を追い出される。
母親は失意の中でリズルを産んだが、産後の肥立ちが悪く敢えなく亡くなってしまったそうだ。
その時住んでいたアパートの大家が男爵に連絡するも、認知もしないし引き取って育てる事も拒否したらしい。
そのためにリズルは孤児院へ送られたという。
話をそこまで聞き、マルセルはぐっと拳を握った。
「その男爵の名は?」
「オジェ男爵という者らしいわ」
「オジェ男爵……最低なヤツだな」
マルセルの怒りを込めた呟きにグレアムも同意する。
「まったくだ。そしてこれからはこの先の将来の話だ。マルセル、俺は将来、お前とランスロットに爵位を与えるつもりだ」
「えぇ!?」
「今すぐじゃないぞ?しかしいずれは宮廷貴族としての伯爵位を二人に与える」
「それは……どうも」
「そういう背景も踏まえて、今から色々と説明しますわね。その後の頑張りはマルセル、あなた次第よ。リズルにイエスと言わせるかどうかは……ね?」
イズミルは少し悪戯っぽく笑う。
マルセルは急に緊張感が高まり、落ち着かない気持ちになった。




