新しい仲間
「イ、イズっ、イズ、イズミっ……」
「ふふ、これからよろしくね。リズル」
イコチャイアで侍女にと求めたリズルは、視察から戻って一週間後にハイラントの太王太后宮を訪れた。
イズミルから事前に話を聞いていたリザベルは
まずは太王太后宮にて侍女として再教育を施してから、リズルをイズミルの元へと送った。
イコチャイアを立って、ひと月ぶりの再会となる。
当然リズルはイズーがイズミル本人であったなどとは知らなかったため、後宮のイズミルの自室で引き合わされた時は驚きすぎてまともな声が出ないほどだった。
それが冒頭の様子である。
そしてイズミルはリズルが落ち着いた後に黙っていた事を詫び、自身の身辺の状況を過去に遡って説明した。
「というわけで、後宮の外ではイズーとして最後の一年を陛下にお仕えしているというわけなの、
驚かせて本当にごめんなさいね」
イズミルの話を聞き、リズルの涙腺は決壊し、大洪水を起こしている。
「うっ、うっ……、恩返しのためにっ……!確かに今もジルトニアが他国に蹂躙される事なく平和を謳歌できているのも、国王陛下のおかげで
ございますもんねっ…イズミル様っご立派ですっ」
リズルの涙は一向に治まらない。
もはやハンカチがビショビショになっている。
そんなリズルの様子を微笑ましく接している
ターナが言った。
「まぁまぁ、なんとも泣き虫で可愛らしい侍女を
見つけて来られましたね」
「ふふ、そうでしょう?これでターナの負担も少し減ると思うのよ」
今はターナが一人でイズミルの世話をしている。
イズミルは大抵の事は自分で出来るのでターナの手を煩わす事は少ないが、還暦を迎えた大切な侍女に楽をさせてやりたいという気持ちがある。
気になって仕方なかったリズルを手元に置けて、尚且つターナの仕事量も減らせる。
イズミルがイコチャイアで得たものは思い出だけではなかった。
そんな中、更にリザベルにある人物を紹介された。
女性騎士を志望する、ソフィア・ローライン伯爵令嬢十八歳だ。
ソフィアはローライン伯爵家の末娘なのだが幼い頃から剣の道を志し、将来は何がなんでも騎士になりたいと望んでいるらしい。
ソフィアの祖母がリザベルとは旧知の仲で、嫁には行かずに騎士になると言って憚らない孫娘に手を焼いていると相談を受けたらしい。
リザベルは無理に抑えつけて嫁にやったところで婚家と上手くいくわけがないと諭し、しばらくソフィアを預かる事にしたそうなのだ。
王城でしばらく近衛のような真似事をさせ、適正も見た上でこれからの事を判断すればいいとそう告げたそうだ。
「なるほど、それでわたくしの護衛にして様子を見られるというのですね」
リザベルの話を聞き、要領を得たイズミルが言った。
「そうなのよ。お願い出来るかしら?」
「もちろんです。ちなみにわたくしの本当の身分を、ソフィア嬢はご存知なのでしょうか?」
「いいえ。それは伏せてあるの。真っ直ぐで少々柔軟さに欠ける娘だから知らないほうがいいと思って」
「承知いたしました。ではわたくしもそのつもりで接しますね」
「よろしくお願いね」
「お任せくださいませ」
イズミルは笑顔で答えた。
そしてリザベルはソフィアを呼び、イズミルに引き合わせる。
ソフィア=ローラインという娘は、一言でいうなら歌劇の女性俳優が演じる男役のような凛々しい印象の美人であった。
すらりと背が高く、イズミルとほとんど変わらない。
シルバーの髪に深いグリーンの瞳。
表情が固いのは周囲から令嬢らしくしろと抑えつけられている事への反骨からであろう。
イズミルはソフィアに声をかけた。
「イズー・アリスタリアシュゼットシュタインです。これからよろしくね、ソフィア」
イズーは敢えて、初対面ではあるもののソフィアに“嬢”は付けなかった。
令嬢らしくを過剰に毛嫌いするソフィアと仲良くするためには最初からフラットな感じが良いだろうと思ったのだ。
案の定、ソフィアは少しホッとしたような感じで微笑んだ。
硬質な表情が和らぐとまだあどけなさが残る可愛らしい娘だ。
「ソフィア・ローラインと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
ソフィアが胸に手を当て、騎士の礼を取る。
〈この方は身も心も騎士でありたいのね〉
それをイズミルはバカにする気はなかった。
貴族令嬢が騎士になって何が悪いのだ。
前例が無いのなら、彼女が作ればいい。
イズミルはソフィアの夢が叶う事を心から祈った。
次の日、早速ソフィアを執務室へ連れて行き、側近や侍従の皆に紹介をした。
「これからしばらく騎士見習いとして、わたしと
行動を共にするソフィア・ローラインです。皆さま、お見知り置き下さいませね」
イズミルの紹介を受け、ソフィアは胸に手を当てお辞儀をした。
「ソフィア・ローラインです。よろしくお願い申し上げます」
「ローラインというと、ローライン伯爵家の?」
ゲイルが問うとソフィアは若干突き放すような言い方で告げた。
「家と私は関係ありません。ただのソフィアと呼んで頂きたい」
それを聞き、マルセルが面白そうに言う。
「へー!ローライン家の末娘が騎士志望だとは聞いていたけど本当だったんだね。丁度良かった、
イズー、もうずっと守って貰いなよ。もう見習いすっ飛ばしてイズーの専属騎士として雇っちゃおう」
「わたしくの?何故ですか?」
「ウチの王様の精神安定のために」
「ますますわけがわかりませんわ?」
「わからないだろうなぁ」
イズミルとマルセルがそんなやり取りをしている時に、グレアムが執務室に入って来た。
「なんだ?なんの話をしているんだ?」
グレアムが問うと、マルセルが答えた。
「いやね、今日からこのソフィアがイズーの専属騎士になるそうなんだよ」
「そういうわけでは「何?それはいい」…え?」
否定するイズミルと肯定するグレアムの声が重なる。
「ソフィアと言うのか、そこのイズーは目を離すと危なかっしくて敵わんのだ。よーく目を光らせといてくれ、よろしく頼む」
グレアムがソフィアにそう言った。
「えっ!?え、あの、そのっ」
挨拶も無しに、まさかの国王とのいきなりフラットな会話にソフィアは困惑の色を隠せない様子だった。
「陛下までそんな事を仰るんですか?わたくしは危なっかしくなどございません」
イズミルが少し不貞腐れて言うとグレアムは呆れたように微笑んだ。
「本人に自覚がないのが一番タチが悪い」
「まぁ」
そんなやりとりを具に見ていた侍従の一人がその夜、陰でリザベルに報告をした。
「……そう。それじゃあソフィアはすんなりとグレアムとの接触が出来たのね」
「はい。イズー嬢のおかげで、警戒される事も嫌悪感を示される事もなく」
「それは重畳ね……。ありがとう、また何かあったら報告して頂戴」
「畏まりました」
リザベルはふぅとため息を吐いた。
〈ごめんなさいね、イズミル。貴女の気持ちを知りながら利用するような事をして。でも世継ぎの誕生は我が王家にとって切実な問題なの……。打てるべき手は二重三重に打っておかないと……〉
太王太后リザベルはソフィアをグレアムの妃候補として側に上げたのだった。
一番の望みはもちろんイズミルがグレアムの子を産む事だが、そうならなかった場合の事も王族として考えておかねばならないのだ。
我が王家には傍流がない。
このままでは血筋が途絶えてしまうかもしれない。
ソフィアが妃候補だと知った時、イズミルはどう思うだろうか……。
リザベルの胸がつきんと痛んだ。
イズミルが後宮を去るまであと数ヶ月。
奇跡が起きる事を信じたいリザベルであった。




