亡き祖国の少女
イコチャイアに入って二日目。
グレアム達は貯水工事の現場へと向かった。
イズミルは城に残る一部の従者のために留守番をする事にした。
城に残っていても、従者達には仕事がある。
それが滞りなく出来るように言葉の壁を無くす事が今回のイズミルの仕事だから。
ランチを食べ終え少し休憩をしようと城内を歩いていると、昨日イズミルの目の前で転倒し、同じジルトニア出身だとわかったあの侍女の姿が見えた。
第二王子グザビエは彼女の事をなんと呼んでいたか。そう、確か……
「リズル、さん?」
イズミルがそう呼ぶとリズルと呼ばれた少女は振り返った。
やっぱり、彼女の名前はリズルで合っているらしい。
リズルはイズミルを見て、パッと表情を明るくした。
「あ、昨日の……!」
「ふふ、こんにちは。わたしの事はイズーと呼んでね」
「イズーさん、ジルトニアらしい名前ですね!」
「え、そうなの?」
イズーという偽名はリザベルが付けてくれたものだ。
「はい。今は亡き大公様のご息女のイズミル様の名から一部分を頂いて、娘が生まれたらその名を付ける親が一時多かったらしいのです」
「そうなの……知らなかったわ」
まさか自分の名を捩った名がジルトニアの女の子達に多く付けられていたなんて、思いも寄らなかった。
「公女様は今、ハイラントにおられるのですよね、きっとイズーさんみたいに綺麗な方にご成長されているんだろうなぁ……」
〈目の前にいるけどね〉
後宮でのあの惨事は一時、大陸中を騒がしたと
聞いたが、その後のジルトニア公女がどうしているかとはあまり広く知られていないという。
後宮に留まり、今もハイラントで暮らしている
としか認識されていないらしい。
あと一年もしないうちに廃妃になり、どこかの知らない貴族か王族に再嫁する事になっていると知ったら、リズルは驚くだろう。
〈そういえばそろそろ、次の嫁ぎ先を決めろと
ターナが、机に置きっ放しになっている釣り書きの束を指差して言っていたな……。〉
仕事の片手間に決められないと逃げているが。
グレアムへの恩返しが終わってからでいいじゃないかと思うが、女の旬は短いらしい。
年齢が上を行けば行くほど、条件が落ちるというのだ。
そんな事は承知の上で、今こうしている。自分の幸せだけを考えるなら、
十六か十七歳の一番よい頃合いの時に疾うにどこかへ嫁いでいる。
王室規範で定められた、後宮から外へ出られる十九歳まで待ったのは偏にグレアムへの恩義を返すためなのだ。
本当のところ、イズミルはもうどこにも嫁ぎたくはなかった。
許されるなら一生独身でいてもいいと思う。
しかしイズミルが結婚をし、子を成さねばジルトニア大公家の血筋が途絶えてしまう。
それだけはしてはならぬと自分でもわかっている。
国は無くなり、大公家自体も姿を消したがジルトニア大公家というエンシェントブラッドを後々の世に繋げていく事が、この血を受けて
生まれた自分の務めだという事もわかっているつもりだ。
グレアムの為に生きてきた自分がこの次は見知らぬ誰かと生きてゆく……。
なんだか他人事のように思えてならないイズミルの心情があった。
そんな事をぼんやり考え込んでしまっていたイズミルをリズルが気にかける。
「イズーさん?」
「あ、ごめんなさい考え事をしてしまっていたわ。リズルはなぜイコチャイアで働いているの?」
「わたしは孤児です。孤児院では15歳になったら出て働きに出なければならないという決まりがあって、その決まりの元にこちらを斡旋して貰い勤める事になりました」
「そうだったの……」
「でもお城で働けるなんてわたしはラッキーです、もっと条件の悪い所に働きに出る子もいますから」
「リズルは第二王子殿下の侍女なの?」
「はい、でも侍女の中でも一番下っ端の侍女です」
「そういえばリズルって何歳?」
「十五です」
「そうなのね」
イズミルはこの同郷の少女の事が気にかかってしょうがなかった。
ターナを除けば八年ぶりに見る亡き祖国の同胞である。
後宮の閉鎖でターナ以下の侍女たちには皆、宿下りをさせたから。
「リズル、わたしは何の力もないけど、困った事があったら何でも言ってね。わたしに出来る事はなんでも協力するわ」
「どうしてわたしなんかに……」
「“ジルトニアの空は一つ”よ」
「懐かしい……」
“ジルトニアの空は一つ”
ジルトニア国歌の歌詞のフレーズだ。
ジルトニアの空の下、国民は皆家族だという意味合いを込めた歌詞であるという。
イズミルとリズルは二人、今は州歌となったジルトニアの元国歌を口ずさんだ。
穏やかで優しい時間が流れていた。
これが今後、数十年に亘っての付き合いとなる
イズミルとリズルの本当の出会いとなった。
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