打ち捨てられた肖像画
200年前に存在した狂妃ダンテルマが
隠したであろう規範の書の一部を捜索するために、
イズミルは隠し場所として考えられる数箇所を
ピックアップした。
今日はまずその一つ目の場所、
王城内にある王家の霊廟を捜索する事になった。
そこは歴代の王や女王、
そしてその配偶者たちの御霊が
安らかな眠りについている場所だ。
イズミルは後宮入りの際に代々の国王の御霊への
礼拝に入って以来、十数年ぶりにその場所へ足を
踏み入れた。
今回は王族の霊廟での捜査という事で
グレアムにも来て貰っている。
王族でないと触れられない扉もあるし、
歴代の王族の棺を開けるわけにもいかないので
それを任せるためだ。
今日の捜査には
イズミルとグレアムの他、
側近のランスロットにマルセル、
そしてゲイルと近衛騎士数名が参加している。
グレアムが霊廟の扉を開ける。
ハイラント王国千年の歴史を感じさせる
荘厳な空気。
たった一枚の扉を隔てただけなのに
外とこの霊廟の中とは別世界のようだ。
イズミルがポツリと呟く。
「いずれ陛下もここで安らかに
眠られるんですねぇ……」
「おい、なんて事を言うんだ。いや確かに
そうなんだが、まだまだ先の話だ」
イズミルのひとり言にグレアムが反論した。
「そうだといいですね。
長生きして下さいませね、陛下」
「……善処する」
「ふふ」
そんな会話をしながら、霊廟の中を調べてゆく。
祭壇やその周辺。
諸々の道具を保管してある保管庫。
故人の私物が収められた箱の中など、
隈無く探し上げてゆく。
棺の中はグレアムが魔力を使って調べた。
特に変わった物は入ってないらしい。
イズミルはやはりここは重点的に調べねば
ならないだろうと、
ダンテルマが側妃として嫁いだ当時の国王の
棺の周りを念入りに探した。
その時
棺の置かれた上部、天井に描かれたユニコーンの
天井画が目に付いた。
何だか違和感がある。
微力ながら魔力を感じるのだ。
イズミルは風の精霊に命じて体を宙に浮かべた。
今日の服装はいろんな事を想定して、
乗馬用のキュロットを履いているので下着が
見える心配はご無用である。
久々の浮遊だが問題はなさそうだ。
イズミルは慎重に天井まで上がってゆく。
そして件のユニコーンの
壁画の所まで来た。
やはりユニコーンの目に何らかの魔力が
込められている。
イズミルは風の精霊に浄化を命じた。
しかし、それには呪いといった凶々しい類の
トラップは仕掛けられていないようだ。
イズミルはそっとユニコーンの目に触れてみた。
するとまるで誰かに触れてもらうのを
待っていたかのようにその目はコロリと落ちた。
「わっ!」
間一髪で受け止める。
溢れ落ちたユニコーンの目はガラス玉のようで、
イズミルの拳よりも一回り
小さいくらいの大きさだった。
「何故かしら……不思議な力を感じるわ」
イズミルは魅入られたように
そのユニコーンの目を見つめる。
その時である、
イズミルの遥か下の位置から、
グレアムの大きな声が響いた。
「おいっ!!キ、キミはそんな所で何を
やっているんだっ!?」
グレアムが信じられないものを見るような目で
天井付近に居るイズミルを見上げている。
「あら陛下、どうされました?」
「どうされました?じゃないだろうっ!?
なんでそんな高い所に登っているんだっ!?
危ないだろうっ!!」
「あぁ。ご心配には及びません。
落ちたりなんかいたしませんわ」
「当たり前だっ!!
落ちてたまるかっ!!は、早く降りて来なさいっ!!」
グレアムの悲鳴にも似た声を聞きつけ、
ランスロット達が駆けつける。
「うわっ!?何してるのイズー!?」
マルセルが驚愕の声を上げる。
「この天井画に描かれたユニコーンが気になって
調べてましたの」
イズミルのその言葉に
ランスロットが声を荒げる。
「調べてましたの、じゃないですよ!
早く降りて来て下さいっ、危ないじゃないですか!」
「でも登った甲斐がありましたわ、
ほら見てください、ユニコーンの目に魔力が込められておりました……っと、あっ!」
ユニコーンの目を見せようとしたイズミルの
手からそれが溢れ落ちた。
「ああ!」
イズミルはユニコーンの目を掴み損ね、
体勢を崩してしまう。
「危ないっ!!」
「イズーっ!!」
風の精霊の制御が乱れてしまったイズミルの体が
真っ逆さまに落ちてゆく。
「キャーーーッ!」
あらやだ、わたしってばちゃんと女性らしい
悲鳴も出せるのね、なんて何故か現実逃避的な考えがイズミルの頭を過った。
風の精霊が床への直撃だけは回避してくれるはず。
でも相応の衝撃は覚悟しなければならないだろう。
イズミルは衝撃に備えた。
………が、体に当たった感覚は思ったよりも
硬いものではなかった。
落下が止まったのを感じるのに
宙に浮いた感覚がある。
恐る恐る目を開けると………
目の前にグレアムの顔があった。
「○☆※〒◇……!?」
思わず声にならない声が出る。
落下したイズミルをグレアムが抱き止めて
くれたようだ。
大きく目を見開いたままグレアムを
見つめていると、
段々とその眉間に深いシワが刻まれてゆく。
あ、怒られる。
と思った次の瞬間、
グレアムの怒号が霊廟中に響き渡った。
「バカかキミはっ!!!
危うく死ぬところだったんだぞっ!!」
鼓膜を劈くほどの怒声を浴び、
思わず再び目を瞑る。
ホントはギリギリの所で風の精霊が助けてくれるはずだった…なんて事はとてもじゃないが言えない。
イズミルは思った、
ここは素直に謝っておこうと。
「ご、こめんなさい……」
「調べたいなら人を呼べっ!!
キミがわざわざ危険を冒す必要はないっ!!」
「は、はいっ、
助けていただきありがとうございます……!」
散々お叱言を食らってから、
ようやく下に降ろして貰えた。
〈あぁ……驚いた、まさかグレアム様に横抱きに
されるなんて……!〉
またひとつ夢が叶ったと
一人で内心ほくそ笑むイズミルであった。
ランスロットにも散々ネチネチと注意をされて、
嬉しさは半減してしまったが。
その後は特になんの発見もなく、
その日の捜索は終わりとなった。
〈今日の成果(?)はこのユニコーンの目だけか…
でも何か気になるのよね……〉
イズミルは小さな箱に
ユニコーンの目を入れた。
一度、師匠グレガリオに見てもらった方が
いいかもしれない。
そんな事を考えながら持参した鞄に
箱を仕舞う。
最後に調べた物置きを出る時に
ゲイルがある物に気が付いた。
それは一枚の肖像画だった。
「アレ?こんな所に絵が打ち捨てられるように置いてあるぞ……?」
「え?」
イズミルもその絵に近づく。
裏返っていて何が描いてあるのかは見えない。
それはわりと大きなキャンバスだった。
身長169センチのイズミルの背に
届きそうなくらいの大きさだ。
それが裏向きにされ、
壁に立てかけられていた。
ゲイルが絵を表返す。
そして描かれた絵を見た瞬間、
イズミルは息を呑んだ。
その絵には……
三人の女性の絵が描かれていた。
年若い二人の女性と幼い少女が微笑みを
湛えている。
〈これは……この絵は……〉
イズミルはこの肖像画を知っていた。
だってかつての自分も描かれているのだから。
言葉も発せず絵を見つめるイズミルを不審に
思ったゲイルが声をかける。
「イズー……?どうした?」
しかし次の瞬間、
表に返されて壁に立てかけられた肖像画が
炎に包まれた。
「「……っ!?」」
あまりにも一瞬の出来事すぎて
イズミルもゲイルも、理解が追いつけない。
「………そんな物、まだあったのか……」
全く温度を感じさせない冷たい声で
グレアムが言い放った。
「忌まわしい……燃えてなくなれ」
そう言い残し、
グレアムは去って行く。
「お待ちください、陛下っ……!」
ランスロットが後を追いかけてゆく。
イズミルはその背中をただ、見つめる事しか
出来なかった。
そしてゆっくりと再び燃え盛る絵を見つめ直す。
炎の中で当時9歳の自分が無邪気に笑っていた。
他の二人の女性も。
グレアムの第一妃だった人と
第二妃だった人。
陛下の中では、
まだあの事件の事は昇華されていないんだわ。
燃やしてしまいたい、
消し去りたい過去。
その中に自分もいる。
生き残り、再び陛下の前に現れた自分。
〈もし、わたしが第三妃のイズミルだと知ったら、
陛下はどうなさるおつもりだろう。
このように見たくない者として接せられてしまうのだろうか……〉
イズミルはぎゅっと自分の両肩を抱き締めた。
9年前のあの日、
あの時起きた事件で全てが変わってしまった。
忘れたくても忘れられないあの日の出来事。
イズミルはその時の記憶も
この火に焚べて燃やしてしまえればいいのにと
心から思った。
次回からグレアムが女性不信を拗らせた原因を描く過去のお話になります。
よろしくお願いします!