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第二章  5

解呪作業に入るにあたり、

イズミルは具体的な解呪方法を説明した。


「まずは解呪のための術式陣を作成します。その陣の中で規範の書を浄化という形で解呪します」


「術式陣とは?」

バイワールが問いかけた。


「呪いの効力を封じ、

浄化を促す術式が書き込まれた円陣です。

数字の公式が模様になったようなものだとお考えいただければ……その陣の中で、精霊の中でも特に浄化能力の高い風の精霊の術が展開されます」


その説明を受け、

今度は市井にカワイイ婚約者のいるゲイルが質問をしてきた。


「その術式陣を作るのには時間が掛かるのですか?そのー…イズー…嬢」


呼び辛くなる前にと先陣を切って名前呼びをしてくれたゲイルの心遣いに感謝しながらイズミルは答えた。


「じつはもう、出来上がっておりますの」

「え?もう?」


驚くゲイルにイズミルは微笑んだ。


「ふふ。陣の作成自体はそれほど難しくはありませんわ。一度作れば使い回しが出来ますし。

問題なのは実際に解呪する時なのです」


「厄介な作業なのかな?イズー嬢」


我続けと名前呼びに乗っかったマルセルだった。


「呪いの質を見極めねば解呪出来ませんから。見極めの間に悪さをされる可能性もあるのです…だからもう面倒なので陣の中で強制的に呪いを剥がし、一気に浄化してしまいます」

「そんな事が出来るものなのか…?」


誰かが呟いたのを他所に、

今まで黙って話を聞いていたランスロットが

怪しく眼鏡を光らせながらイズミルに向かって言った。


「その施術…と言って良いのかわかりませんが、それを今、ここでやって見せてはいただけませんか?」


「え!?今この場でですか!?」


思いがけない要望に驚くイズミル。


ランスロットは眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げながら続けた。


「そんな大層な事を本当に貴女が出来るのか、本当に危険はないのか実際に見せて貰いたいのですよ」


その言葉にグレアムも頷いた。


「そうだな。この件をこのままキミ一人に一任してよいのかどうか、いい判断材料にもなる」


会議室が無言に包まれた。

皆、同じ考えを持っているようだ。


「……」

イズミルは細い指を顎に当て

しばし思案をしているようだったが、意を決したように皆を見た。


「わかりました。でも決して陣の近く……そうですね、少なくとも半径3メートル以内には近づかないとお約束ください」


そう言ってイズミルは規範の書を保管してあった箱の横に立て掛けてあった大きな画板のような板を机の上に置いた。


その板には細かい文字が線の様に書かれ、

円や模様を形作っていた。

どうやらそれが術式陣のようだ。

そしてその陣の中心に解呪したいページを見開いた

規範の書を設置する。

「それでは始めます。皆さま、もう少し後ろにお下がりください」


グレアムを始め、

会議室に居た皆がきちんと距離を取ったのを確認し、

イズミルは手袋を外した両手を術式陣の上にかざした。


イズミルの口が何かを呟き何かを唱える。


するとその瞬間、

術式陣から眩い光と共に膨大な魔力が発せられた。


光は規範の書を包み、陣の外縁(がいえん)から風が巻き起こる。


するとみるみるうちに書に書き記された文字から大量の小さな黒い羽虫のようなモノが引き剥がされてゆく。


ソレらは外縁から吹き荒ぶ風によって陣の上空へと巻き上げられた。


それを視認したイズミルは風の精霊に指示を出す。


「風の精霊シルフィールよ、汝に纏わりし邪なる者を喰らい尽くし浄め給え」

そう言い放った刹那、

イズミルから膨大な魔力が溢れ出す。


その魔力を糧とした風の精霊が陣の中で具現化した。


姿を現した精霊が巻き上げられた呪物を次々に

喰らってゆく。


やがて全ての呪物を喰らい尽くすと、

精霊はイズミルに丁寧なお辞儀をした。

まるで「ご馳走様」と感謝の意を表すように。


そして瞬く間に姿を消した。

精霊が消えたと同時に光も風も消え去り、後には術式陣の書かれた板と規範の書だけが残った。


「ふぅ…」

イズミルが安堵のため息を吐く。


時間にして5分ほどの出来事だったと思う。


しかしあまりにも現実離れしたその光景に誰もが唖然としたまま口も利かずに立ち尽くしている。


その静寂を打ち砕く様にグレアムが

イズミルを指差しながら声を荒げた。


「ま、ま、魔力を用いたな!!キ、キミはエンシェントブラッドだったのか!!わざと隠していたんだな!」


「は?」


急に責め立てられ、イズミルは咄嗟に

状況を理解出来なかったようだ。


「やはりキミは太王太后おばあさまが送り込んだ妃候補ハイエナだったんだな!!」


「は?」


イズミルはスミレ色の目を大きく見開いたまま

唖然としてグレアムを見ている。

ランスロットがグレアムの側に駆け寄り、

首をブンブン振って同意した。


「やはり陛下もそう思われましたか…!私もどうしてもイズー嬢に対してその懸念が拭いきれませんでしたが、ええ、彼女がエンシェントブラッドとなれば間違いないでしょう!何故なら王族の妻はエンシェントブラッドの血筋でないとなれませんからね!仕事と称して陛下に近付き、籠絡するように太王太后様から指示を受けているに違いありません!」


「は?」


イズミルの口からは

もはやこの音しか出てこない。


そしてマルセルまでもグレアムとランスロットの側に行き、

「これはもう、限りなく黒だよね。希少なエンシェントブラッドを持つ妙齢の女性がこんなタイミングよく現れるなんておかしいもんね」


と、イズミルが妃候補としてグレアムの側に置かれたと断言する有様だ。


「………………………」


イズミルは呆れ果てた。


解呪を見せて欲しいというから見せたのに

まさか術そのものではなく、

イズミルの魔力の有無を確認するために解呪をさせられたのか。


しかもそこから飛躍した勘違いを突きつけられるとは思いもしなかった。


尚も言い募る三人を見ているうちに

イズミルは段々バカらしくなってきた。


(違うと言ってもどうせ信じないのでしょうね。

お三方とも優秀な方なのに、

女性問題になるとほんとポンコツね……。

でもこれからも勘違いされたままではやり辛いわ、本当は公にするつもりはなかったのだけれど……仕方ないわね)



「ハァーーーーー……」


イズミルは男三人の言葉を遮るように

わざとらしいくらいに大きなため息を吐いた。


そして細い腰に手を当て、心底呆れたように呟やく。


「……拗らせ過ぎて正直面倒くさいですわ……」


「え?」

「は?」

「な!?」

不敬な言葉に三人は耳を疑う。


イズミルは人差し指をビシィッ!とグレアム達に向けて突き出した。


「よろしいですか!そこのおポンコツ三名様!!」


「「「おポンコツ!?」」」


「わたくし!こう見えて!人妻ですから!!」


「「「えぇっっ!?」」」

どこまでも息の合うおポンコツ三人組が

素っ頓狂な声を出してもイズミルはそのまま構わず言い放った。


「ですから!陛下の妃候補などではありませんし、

なれませんし、なりたいとも思いません!!」

(妃候補ではなく、

既に妃なのだから嘘は言っていないわよね)


内心、言い訳をしながらイズミルは続けた。


「わたくしはここに仕事で参っているのです!愛だの恋だの遊んでる暇はございませんの!わたくしの仕事の邪魔をしないでくださいまし!」


ドーン!という効果音が聞こえてきそうな程、

威風堂々とした姿であった。


普段心掛けている

『聖母の如き心の広さ』はこの時ばかりは

不在のようだ。


「なので!ついでに申し上げますと、わたくしに“嬢”は不要でございます!既婚者ですので!かといって“夫人”と呼ばれるような妻らしい事はしておりませんので、敬称を付けていただかなくても結構です!そのままイズーとお呼びくださいませ!」


言いたい事を一気に捲し上げ、

イズミルは息を弾ませた。


突きつけられた事実に

グレアム達は呆然としている。


やがて少しずつ呼吸が整ってきたイズミルは

いつも通りに笑顔という武装を身につけてニッコリと微笑んだ。


「……在らぬ誤解であったとご理解いただけましたか?」


グレアム達は呆気に取られながらも

コクコクと首を縦に振る。


「これでもう余計な先入観なく、一人の補佐官として接していただけますね?」


再びコクコクと首を縦に振り続けるおポンコツ三人組……。


己らの勘違いで寄ってたかって

イズミルを責め立ててしまった罪悪感から、

もはや何度も頷くしか出来なかった。


なんとも情けない話である。



王室規範改定に伴い諸々の進捗状況を

報告するだけのはずだった会議だが、


まさかの解呪の実演とその後の一方的な勘違いを

一蹴するために告げられた人妻宣言。


予定の時間を大幅に超過して、

その日の会議はなんともいえない空気の中で

終了した……。







以前、イズミルの髪を切り落としたのも

風の精霊でした。

風の精霊は術式陣の中だけでなく、

イズミルの要望に応えて具現化して姿を表すこともあります。

風の精霊達は幼い頃から一緒だったイズミルを

友達のように姉妹のように我が子のように見守ってくれているのです。

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