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4)ジェームズの願い


 見習いの懸念もよくわかる。ロバートは賢い。剣の腕も立つ。だが、女心に疎すぎる。


王太子様の愛人という地位を目当てに群がる貴族の娘たちを、ロバートは礼儀正しく追い返していた。貴族の娘たちの狙いが、王太子様の愛人とは限らないことに、あのロバートは気づいていたかはわからない。あの娘たちの誰かと、養子縁組でもすれば貴族になれるというのに、ロバートはきらびやかな娘たちを歯牙にもかけなかった。


 王太子宮の庭での茶会、貞淑とはいえない衣裳を身にまとっていた女たちの様子をみていれば、誰でもわかっただろう。ロバートは、しなだれかかろうとする女を、上手くかわした。


庭師の中にはおこぼれにあずかった者もいた。無論、庭師として、庭を手入れするために近くにいたから、偶然巻き込まれただけだ。衣裳からこぼれんばかりの柔肌を堪能させてもらった庭師も少なくないが、単なる事故だ。ただ、あの頃、王太子様や王太子妃様が庭で客人たちをもてなす時、若い庭師たちは、率先して近くの庭を手入れした。


おこぼれのお礼に、若い庭師達は、刺客を防ぐため、落とし穴を掘ったり、罠をしかけたりしてロバートを手伝った。ロバートも若いながら、素人連中をうまくまとめた。


 お役目第一ながら、なかなかいい性格をしていた彼の伯父達のようだった。血は争えないと古参の使用人達は、笑いあったものだ。


 王宮の庭で、愛人の尻を追いかけてばかりいるバーナードが父親だと言うのが信じられない。瓜二つの容姿がなければ、誰も信じないだろう。ロバートが、父親のバーナードから外見以外何一つ受け継がなかったのは、この国にとって、幸いだ。国王陛下と王太子殿下と、すべての貴族と平民は、神様に感謝すべきだ。

 

 ジェームズは聖アリアの礼拝堂で祈るとき、ちゃんと可愛かったアリアの息子のことも願ってやっている。あの女癖の悪いバーナードから変な縁談を持ち込まれる前に、可愛いアリアの息子ロバートに、いい嫁さんが見つかりますようにと、お祈りしていた。


 お祈りするときに、兄達に可愛がられていたアリアのことを思い出していた。そのため神様も混乱されたのだろう。妹か、嫁か、はたまた娘かよくわからないのを遣わしてくださった。ジェームズとしては、神様が嫁をくださったと信じたい。いずれにせよ、ロバートはローズを気に入って可愛がっている。常に張りつめた雰囲気を放っていたロバートが、笑うようになったからジェームズは安堵した。

 

「なぁ、親方、あのあたりにも早咲きの薔薇を植えておこうよ」

弟子の言葉に、ジェームズの追憶はそこまでとなった。


「お前、意外と気の利くやつだな」

「薔薇が育つ時間くらいあるって」

「その一言が余計だ」

「季節が違うけどさ、向日葵もどうかな。俺、おチビちゃんぽい花だなって思うんだけど」


弟子は全くめげない。

「日当たりはどうする。案はいいが、場所が悪い。少しは考えんか」

「日当たりってのはどうしようもないよなぁ」

「お前の目は今しか見えんのか。礼拝堂のあたりは、夏の日当たりはどうだ。お前は覚えとらんのか」

「お、親方、さすが、そうか、そう考えたら」

「お前は全く、何も考えとらん。周りの花との釣り合いを考えろ。植えればいいと言うものじゃない」

ジェームズはため息をついた。


 鉢植えで薔薇を育てておこう。温室を使えば、開花時期を調節できるはずだ。鉢植えであれば場所の移動はたやすい。


「あの時、ほとんど全員反対したのに、ロバートがどうしても温室が欲しい、王太子宮に移築してくれといったんだ。あの子の言う通りにしてやって、よかった」


 時折王太子宮にいらっしゃる国王陛下は、わざわざ独り言として教えて下さった。兄の王子たちのあとについて走り回っていた末っ子王子の心遣いに、ジェームズは感謝した。


「アリアが亡くなって、ロバートは人が変わってしまったからね。随分と変わった褒美だったけれど、あの子も気に入ったようだからよかった。時々私のために、花を持ってきてくれるよ」


 ロバートはジェームズに、不定期に花を分けて欲しいとやってくる。花の少なくなる冬は特に回数が増える。国王陛下のお部屋を、自分が丹精込めて作った花が彩るなど、庭師冥利につきることだ。


「嬢ちゃんは、良い息子を持った」

 ジェームズは、庭の片隅にある一本の低木に語り掛けた。どうしても植えたいと言うアリアを説得できずに、一緒に植えた木だ。泥だらけになった手で、顔を触るから、それを見た王子たちと兄達に大笑いされ、アリアが拗ねてしまったのも、懐かしい思い出だ。アリア本人が、ロバートの成長した姿を見ることが無いと言うのが残念だ。


「孫の顔がいつになるかは知らんぞ。お前さん、ちゃんと教えてやったのか」

返事などあるはずがない。


「私は少々育て方に問題があるように思える」

予想外の返事にジェームズは驚いた。声の方向には王太子様がいた。


「ジェームズ、花をくれないか。グレースに贈りたい。温室にあるだろう」

「かしこまりました」

「ロバート用にも少し見繕ってやってくれ、どうせローズに贈るだろう」

「国王陛下にはどうされますか」

「父上か。父上なら、黙っていても数日以内にやってくる。いらっしゃったらローズに贈らせるから、心づもりは、しておくように」

「かしこまりました」


 国王陛下と王太子殿下、王太子殿下の腹心と、腹心のお気に入りの娘の全員の、仲が良いのはよいことだ。戦争も内乱もごめんだ。親方と呼ばれるようになってずいぶんになるジェームズは、左手の代わりとなっているフックをみた。


 前のティタイトとの戦争よりも以前、この国には内乱があった。その時の怪我が原因で、左手を失った。不自由ないようにと、フックのついた義手を用意してくれ、庭師になるよう勧めてくれたのは、アリア達の父親と叔父だ。用済みになったはずの自分に、庭師ジェームズとしての人生を与えてくれた彼らには、いくら感謝してもたりない。


 恩人の子、孫に仕えることができた自分は幸せだと思う。もしかしたら、ひ孫の姿も見ることになるかもしれない。

 

まだ、耄碌するわけにはいかないのだ。


恩人の孫にもらった温室に、ジェームズは足を向けた。丁度、数種類の花が見ごろのはずだ。


幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。

この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです


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