2)礼拝堂のマグノリア
王太子宮の敷地内には、小さな聖アリアの礼拝堂がある。ローズがよく礼拝堂で祈っているのをロバートは知っていた。
礼拝堂の近くには、聖アリアの象徴であるマグノリアの木が植えられている。丁度、マグノリアの花が咲き始めていた。ローズの言う、自分で決めた誕生日も近いはずだ。
「ローズ、今朝は礼拝堂に寄りましょうか」
朝、いつもローズの手を引いて図書館にいくのだが、その日は別の方向に歩いていった。
「礼拝堂?」
ロバートがローズを礼拝堂に誘ったことはない。不思議そうに首を傾げるローズにロバートは微笑んだ。王太子宮の敷地の一角にある礼拝堂にいく方法はいくつかある。だが、そのすべてが実は本来、礼拝堂にいくための道ではなかった。増改築を繰り返している間に、変わってしまったのだ。
「マグノリアの花が咲き始めたと、庭師達が教えてくれました」
まだ、数本の木に数輪ずつ、白い花が咲いているだけだった。
「もうすぐ、春になるのね」
白い息を吐きながら、嬉しそうにローズが微笑んだ。
「あなたに見せたいものがあります。少し、目を閉じていてもらえますか」
ロバートの言葉にローズが目を閉じた。
「少し歩きますよ」
目を閉じたローズの手を引いて、ロバートは庭を歩いた。
「もう少し目を閉じていてください」
ロバートはそっと、目を閉じているローズの体を、礼拝堂のほうにむけた。
「目を開けていいですよ」
目を開けたローズの、琥珀色の瞳が輝くのがわかった。驚いたように、口元に手を当て、感極まった様子のローズを、ロバートは満足してみていた。
礼拝堂へと続く古い道の両脇に、マグノリアの木が植えられていた。その根元に植えられた色とりどりの花も開き始めていた。
「本来は、ここが礼拝堂への道だったのです。この景色が美しいので、庭師たちは代々、マグノリアの木をそのままにしていたそうです」
「とっても綺麗」
「もっとたくさん咲いたころ、本当に美しいそうです」
庭師の秘密だと言いながら、教えてくれた。古い道をせっかく手入れしているのに、誰も通らないのも味気ないと庭師の親方は笑った。
「また、その時、ロバートと一緒に、ここに連れてきてって、今からお願いしてもいい」
「えぇ。もちろん。ただ、その日はローズ、あなたが選んでください。いつが満開かなど、私には把握できません」
「ありがとう。じゃあ、これから、その日を誕生日にするわ」
「その日?」
誕生日も名前も自分で決めてしまったローズは、時々ロバートの理解できないことを言った。
「マグノリアの花が満開になって、ロバートとここにお花を見に来た日を、誕生日にするの」
笑顔のローズに、手を引かれた。
「ロバート、ここを通って、礼拝堂に行きましょう。きっと素敵よ」
ローズに手を引かれて、ロバートは礼拝堂へと歩いた。
「満開になったときも、ここを一緒に歩きましょう。きっととっても綺麗よ。楽しみだわ」
「そうですね」
楽しそうなローズに、ロバートも笑顔になった。