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1)王太子宮の薔薇

 庭に敷物を敷いて、ロバートとローズは二人くつろいでいた。


何かをしているわけではない。強いて言えば、執務室や図書館で過ごす時間が多いローズを、ロバートが外に連れ出す時間だった。


 秋も近くなり、一部の薔薇のつぼみが膨らみ始めていた。

「秋の薔薇は、ゆっくり見ることができそうですね」

「あ、もったいないことしちゃった」


ローズが両手で口元を覆っていた。ローズは表情も豊かだが、手も感情に合わせてよく動く。可愛らしいが、もう少し感情を隠せるようになった方がいい。特に御前会議では、何を考えているか丸わかりでは困る。


「薔薇を乾かして、ポプリにしたら、お金になったのに。いつも孤児院の薔薇で作ってるけど、あんまりたくさん作れないの。ここはお庭も広いから、きっと薔薇もたくさんあったのに」


ローズはすっかりしおれて元気がなくなってしまった。

「孤児院には、国からの援助がきちんと届いているはずですが」

「でも、自分達で仕事をして、お金を稼ぐって大事だと思うの。綺麗に刺繍した袋に、薔薇の花びらを乾燥させて入れたらいい匂いがするの。売ってお金にできるわ。女の人が、そういう仕事で生活できるようになったほうがいいと思うの」


身よりのない女性が、道端で春を売ることは珍しくない。イサカの町でもそういう女性を見た。ベンの妻は、そういった女性を数人、食堂の手伝いに雇っていた。ロバート自身、孤児院の手伝いに雇ったりもした。


「綺麗なものを作って、生活できたらよいですね」

ローズの言葉を、子供の夢だと言って馬鹿にするものもいるだろう。だが、ロバートは、イサカの町でローズの夢物語が人を変えるのをみた。


 町の鼻つまみ者だった荒くれ男たちは、今や町の警備隊の一員として活躍しているとレオンから連絡をもらっている。王都でも同じことができたらよいが、王都の警備は各地区ごとに貴族に割り振られている。ロバートには口出しができない。


王太子領に関しては管理をほとんど任されているから自由にはできる。既に一族の訓練を兼ね、犯罪組織を撲滅してしまった後だから、逆に何もしなくてよい。あの頃、別の方法があると知っていたら、どうしたろうか。無駄な仮定について考えていた時だった。


「それに、男の子たち、いっぱい食べるし」

ローズの声が耳に飛び込んできた。

「すみません」

不意打ちだった。ロバートは、思わず謝ってしまった。


「ロバートは、孤児院の食事の取り合いには関係ないのに」

ローズが笑った。ロバートは、艶やかなローズの髪の毛をそっとなで、かつてのローズのとんでもない発言を思い出した。


「ローズ、だからと言って、髪の毛を売ったらだめですよ」

「え、でも今、綺麗になったから、きっと高く売れるのに」

「いけません」


予想を上回るローズの発言に、ロバートの口調もついきつくなってしまった。

「綺麗なのに、売るなどとんでもない」

「綺麗になったから、売るのよ。それに、切ってもまた伸びるわ」

「あなたがそんなことをしたら、グレース様が悲しまれますよ。せっかくこうやって綺麗にしてくださったのに」


グレースが侍女達に手入れを命じたおかげで、ふわふわとした髪は柔らかく艶やかに光る。手櫛で漉いてやるロバートの指の間を、ローズの髪が滑らかに滑り落ちていく。


「でも」

「秋にも薔薇は咲きます。切った薔薇をどうしているかは知りませんが、庭師に何とかならないか、聞いてみましょう。孤児院に届けたらよいのですか」

「そう。みんなで乾かすの。とってもいい香りがするのよ。ロバート、ありがとう」


ローズが笑った。

「とっても嬉しい」

「それはよかった」


ロバートは、指の間を滑り落ちようとするローズの髪を、そっと指に絡ませ、弄んでいた。

「ロバートにも1個作ってあげるわ」

ローズは笑顔だった。

「それはありがとうございます」

ロバートの胸に温かいものがよぎった。


「グレース様とね、サラさんとね、ミリアさんと、」

次々とローズを可愛がる王太子宮の女性たちの名前を上げ始めたローズにロバートは微笑んだ。


「沢山つくらないといけませんね」

「今から準備したら大丈夫よ」

「せっかくですから、アルフレッド陛下にも差し上げてはいかがでしょうか。きっとお喜びになりますよ」

「そうかしら」

「ローズからの贈り物であれば、喜んでくださいます」


アルフレッドは、ローズを娘ができたようだと可愛がる。ローズに自身を“お父様”と呼ばせて喜んでいるほどだ。無論、人払いをしている時だけだが。


 大人で国王という立場にいるアルフレッドへの贈り物が、自分の手作りでいいのかとローズが悩んでいるが、その様子も可愛らしい。微笑ましいローズの姿を見ながらも、ロバートの胸中をよぎる寂しいものもあった。


 いずれ、この穏やかな時は終わる。いつまでもローズは幼いままではないのだ。


「男の人は、お花の香りは好きかしら」

「それほど、悩まなくても、大丈夫ですよ。ローズ」

ローズの髪からは、香油の花の香りがした。


 


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