7.家族
「まさかこの豪邸にもう一度戻ってくるとは……」
僕は謁見の間で国王陛下に提案されたように、リンジェの使用人として王都で生活することに決めた。
そして今、もう二度と来ることはないだろうと思っていたあの豪邸に思ったよりも早く戻ってきてしまった。
ちなみに、今は僕一人で王城から馬車で此処まで送ってもらった。リンジェは今日は記念の日という事もあり家族水入らずで王城で過ごすようで此処にはいない。
此処までの道のりで使った馬車は検査会場までに乗った豪華絢爛の馬車ではなく、素朴などこにでもあるような馬車だったが、むしろそれが僕には相応な気がして心地よかった。
大きな玄関扉を開けるとそこにはレオナルドさんが立っていた。
改めて見ると洗練された立ち振る舞いと、醸し出される上品さを感じた。
「ルクリクさん、いやルクリク。貴方はもうお嬢様の客人ではありません。我々と同じく、お嬢様に仕える者です。なるべく早く仕事を覚え、お嬢様のために働きなさい」
そういうと、レオナルドさんは奥の部屋へと消えてしまった。
「はい、分かりました」
僕はレオナルドさんの背中にそう返事をし、早速荷物を置いて、何かできる事はないかとあたりを見回した。
するとレオナルドさんが直ぐに戻ってきた。
手には拳大の巾着が握られていた。
「ルクリク、あなたはもうお嬢様に仕える従者の一員ですが、今日はあなたにとってもおめでたい日です。結果は関係ありません。子を持つ親にとって、子どもが成人をした、此処までしっかりと育て上げたという証でもあるのです。あなたは一度、故郷へ帰りなさい。そしてしっかりと事情を説明してちゃんと許可をもらった上でここに戻ってくるのです」
分かりましたね?と言ってレオナルドさんは僕に巾着を握らせた。
「此処には旅にかかる路銀が僅かながら入っています。余ったものはあなたが自由に使って構いません。村の人にお世話になって此処にきたのでしょう?手ぶらで帰っては紳士とは言えません」
そういうと、レオナルドさんはメイドらに声をかけ、仕事に戻って行った。
「ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げて、レオナルドさんのその後ろ姿を目に焼き付けた。
僕は早速、王都の大通りに出て、村のみんなにお土産を買い込んだ。基本的にはお菓子なんかの食べ物が多いが、恐らく何かモノを渡すよりかは食べ物の方が喜んでくれるだろうと思っての判断だった。
お土産を買い込んだ後は、帰りの馬車の手配だ。
行きに馬車が止まった停留所のようなところへ行くと、馬車の運転手も無駄な空間はできるだけ開けたくないようで、行きゆく人に話しかけては目的地を聞き、勧誘をしていた。
例に漏れず、僕にも声がかかった。
僕は山奥の小さな村へと行きたい旨を話すと、「ちょうどその方面へ向かう」という人が現れて、運良く直ぐに出発することができた。
僕の住んでいた村は山奥といえど、とてつもなく遠いわけでもなかったので、片道3日程度で着くような距離だった。
ただし僕の村は小さすぎて馬車が直接行き来するような場所ではないため、近くの比較的大きな村までの馬車の旅だった。
運転手の話によると、最近は盗賊なんかも少なくなっており、何事もなく到着することができるだろうとのことだった。
運転手の言う通り、特に何か起こるわけでもなく目的の村まで到着することができた。
「ありがとうございました」
僕はお礼とお金を払って、馬車を降りた。
この村から僕の住んでいる村までは歩いて大体3時間ほどだ。
距離的にはそこまで離れていないのだが、山道などの険しい道しかないせいで余計に時間がかかってしまうのだ。
僕は村を抜けると、僅かばかり整備されている山道へ入った。僕は両腕に村のみんなへのお土産を抱えながら険しい道のりを歩いた。
今日はいつも以上に時間がかかりそうだと思った。
体感、いつもの五割増程度の時間がかかっただろうか、僕はやっといつもの村にたどり着いた。
日はすでに傾いており、木の柵で囲まれたこぢんまりした村は夕焼けに染まっている。
僕は早速村へ入り、自分の家へと向かった。
村には街灯などがないため、日が暮れれば寝、日が昇れば起きるというような生活が基本だ。
なのでこの時間はちょうど夕飯時で、昼間は外で作業している人も今はいなかった。
そうこうしている間に、僕は実家の前まで着いた。ほんの数日しか離れていなかったのに、とても久しぶりに帰ってきたようなそんな不思議な感覚がする。
「ただいま」
僕が戸を開けると、両親二人は仲良く二人で夕飯を食べていた。
「おお、お帰りルクリク。どうだった?魔法の才能はあったか?」
「おかえりなさい。ご飯あるわよ、直ぐに食べる?」
両親の声を聞いて、僕の頬には涙が伝った。
涙の訳は、安堵と申し訳なさがあった。
せっかく送り出してくれたのに、僕には魔法の才能が皆無だった。
それを聞いたら両親はがっかりするのではないか。そんな不安が僕の中を駆け巡った。
すると父さんがすっと椅子から立ち上がり、涙を流す僕をそっと抱きしめた。
「そうか、魔法……ダメだったか」
あぁ、やはり失望させてしまった。
これならいっそ、王都になんていかなければよかったのかもしれない。
そう思い、僕が謝ろうとした途端に父さんが話し出した。
「実はな、父さんもルクリクと同じで適性検査を王都まで受けに行ったことがあるんだ」
「え?」
初めて聞いた。
これまで父さんは魔法を使うそぶりなど微塵も見せてこなかったから余計に驚いた。
「だけどな。父さんには魔法の才能はなかった。たがらルクリクが最初に王都に行きたいといい出した時は驚いたよ。それと嬉しかった。やっぱり親子は似るもんだってな。だけどそれと同時に不安もあったんだ。もしかしたら俺と同じようにルクリクにも魔法の才能はないかもしれない。そうだったらルクリクはその現実を受け止められるのかってな」
「父さんも……だったんだね」
「だけどな、これだけは伝えたい。別に世の中魔法が全てじゃない。父さんは魔法の才能はなかったが、こんな可愛い母さんを嫁にもらえて、ルクリクという立派な息子にも恵まれた。そして今、父さんは最高に幸せなんだ。魔法の才能が有ればこんな生活は送れなかったのかもしれない。そう考えると、魔法なんてどうでも良くなってこないか?人生はいくらだって変えられるんだ。人生は魔法だけじゃない。お前が思うよりずっと素晴らしいものだ。それに、王都にもう一度戻るんだろう?」
「なんでそれを……」
僕は何も話していない。
むしろ、リンジェと陛下には失礼極まりないが、辞退させてもらおうとさえ頭に過っていた。
「学園に通いたいんだろう?お前は昔から魔法が好きだったもんな。才能がないくらいで諦め切れるようなものではない。そうだろう?」
やっぱりすごいな家族は。
僕が何も言わなくても、僕の考えていることなんか全てお見通しのようだ。
「うん。僕は学園に通いたい。才能はなかったけど、どれだけかかってもいい。いつか自分で魔法を使って見せるよ」
「そうか」
父さんは僕の頭をくしゃくしゃと撫でると、部屋の奥から大きな麻袋を持ってきた。
「ほら、学園に入るにはお金が必要だろう。持ってけ」
渡された麻袋はとても重く、中身を見るとたくさんのお金が入っていた。
「これは……」
「父さんと母さんが仕事をして貯めたんだ。いつかお前が学園に通いたいっていうんじゃないかと思ってな。父さんはお金が足りなくて通う事はできなかったが、お前には同じ思いをして欲しくなかった。これは母さんも同じ気持ちだ」
ぼくが母さんの方へと視線を移すと母さんもしっかりと頷いていた。
「父さん……、母さん……」
僕の涙はさらに溢れ出した。
「ほら、男がそんなに泣くな。飯を食え、そしてデカくなれ。魔法を使うにはまずは体力からだ。な?」
僕は父さんに背中を叩かれ、食卓へと促された。
僕はこの家に産まれて、この二人の子どもとして産まれて本当に良かったと心から思う。
叩かれた背中がほんのりと温かかった。
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