5.選択肢
一通り涙を流し切った僕は、涙が残らないように身元を強めにこすりその場を離れた。
魔法を使うということは僕にとって小さい頃から憧れていた、夢の一つでもあったので、魔法が使えないという現実はそう簡単に受け入れられるものではなかった。
しかしいつまでも気にしていてはしょうがないと自分に言い聞かせ、せっかく王都に来たのだからと王都を観光でもして気を紛らわすことにした。
昨日は色々なことがありすぎて、十分に王都を観光する時間が取れなかったが、今日は隅々まで王都を楽しもうと思う。
せっかく送り出してくれたというのに、魔法が使えないことが分かった、という面白くない話だけを持って帰るのでは村のみんなに失礼だ。
面白い王都の土産話でも持って帰ろう。
僕は王都で一番の大通りに出た。
これは大きい繁盛してそうなお店の店員さんに聞いたから恐らく間違いない。
さすが王都なだけあって、多種多様なお店が所狭しと並んでおり、活気に溢れ、働く人も客も皆んな楽しそうな顔をしていた。
それを見ていると嫌なことも浄化されるような、そんな気持ちになる。
僕は王都に来たら絶対に行こうと思っていた、魔法具のお店に立ち寄った。
店の作りは豪奢で、入り口で門前払いされてしまうことも覚悟したが、実際はそんなことはなく店員さんの人当たりも良かった。
店の中には田舎の村では一切見たこともないような道具で溢れていた。
光を出す魔法具、火を出す魔法具、水を出す魔法具、水を冷やしたり凍らせたりする魔法具など、様々な用途で使われる魔法具が沢山あり、僕の気分もすっかり上がっていた。
すっかり気分の良くなった僕は、自分が魔法を使えないということも忘れ、存分に王都での時間を楽しんだ。
とはいえ、無一文の僕にできることは限られていたが、それでも王都のものは全て新鮮で、十分な土産話もできた。
そして、最後に王城でも見学しに行こう、と店の外に出た時に、僕はあまり会いたくなかった人物と遭遇してしまった。
「リンジェ、どうしたの?こんなところで。君も観光?」
そんな事はないという事はわかっていたが、動揺を覆い隠す為に咄嗟に出た言葉だった。
僕にはリンジェを心配させてしまっている、という自覚があった。
「いいえ、王城を見せてあげようと思って。何せ私はこの国の王女なんだからね。普段は見せられないようなところも見せてあげるわ」
リンジェは力こぶを作りながら、驚き固まっている僕に輝かしい笑顔を向けて見せた。
僕は自分に現実を受け入れさせようとしながらも、人から追及されるのが怖かった。
自分の才能のなさを実感してしまうためかもしれない。
そしてリンジェも会えばきっと、魔法のことを追及してくるだろうと思っていた。
しかしそんな事はなかった。
リンジェはそんな事はしなかった。
リンジェは本当に善意に則って行動しているのだと初めてわかった。
昨日、助けてくれた事も、泊まる場所を提供してくれた事も、何か裏があるのではないかと疑ってしまっていたが、それも真っさらに消えた。
それと同時に自分が恥ずかしくなった。
善意で助けてくれた恩人に対して、距離を取るような態度に出てしまったことに。
「ありがとう、リンジェ。丁度王城を見学したいなと思っていたところだったんだ」
僕は笑顔を向けるリンジェに笑顔で返した。
謝罪ではなく、リンジェの善意をありがたく受け取る。それがリンジェに対して僕ができる最大限の感謝だと思ったからだ。
僕はリンジェの横に並び、王城へと向かった。
「ねぇ、ルクリク。貴方はこうからどうすることに決めたの?」
王城までの道すがら、リンジェが遠慮がちに僕に尋ねてきた。
「学園に入ってみたい気持ちはあるけど、そんなお金は僕にはないし、とりあえず村に帰って家の手伝いでもしようかなと思ってる」
僕の家では野菜を作っている。
これは売るための作物というよりかは、村のみんなで分け合って生活していくためのものだ。
元々、魔法が使えることが分かったら実家の農業の手伝いに活かせないかと考えていた。
まぁその計画も全部崩れてしまったのだけど。
「そうなんだ……」
リンジェから帰ってきた言葉はどこか歯切れが悪かったが、気のせいだろうと思い、だんだん近づいてくる王城に胸を躍らせた。
王城門前に着くと、衛兵が両端に一人ずつ立っており、リンジェを見るや否や深く礼をして迎えた。
「「おかえりなさいませ、リンジェ様」」
リンジェは軽く手を上げて、二人に直るようにとアピールしている。
このような光景を見ると、リンジェは本当に一国の王女なんだという実感が湧いてくる。
別に疑っているわけでもなかったが、僕みたいな田舎者と一緒にいる大国の王女様なんて、全くイメージが湧かなかったのだ。
王城に入ると早速巨大な空間が広がっており、床には高級そうな赤いカーペットが敷かれ、柱にはよく分からないほど繊細な装飾が施されていた。
先ほど行った魔法具のお店でも、その内装の豪華さに驚いたが、王城はやはりそれとは比べ物にならない程、素人目にもわかる凄さだった。
僕が目を輝かせるのをみて、リンジェは隣でクスクスと笑っていたのだが、僕はそれも気にならないほどに、王城の世界観に浸っていた。
すると突然、その世界はリンジェによって破られた。
リンジェは僕の手首を掴んでぐんぐんと奥に進んでいく。
「ちょっとリンジェ、どこに行くの?」
僕は一歩前をスタスタと歩くリンジェに尋ねる。
「どこ?決まっているでしょう──────#お父様__・__#のところよ」
お父さん、お母さん。僕は今、大変なことになっています。
僕は検査会場でリンジェが言っていた言葉を思い出し、あれが冗談でなかったのだと思い知るのだった。
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