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4.ゼロ

僕は突きつけられた現実を受け止めきれずに、とぼとぼとリンジェの方へと向かった。


なんだか体が重いような気がする。

ふと顔を上げてみると、リンジェがこちらに向かって笑顔で手を振っていた。


恐らく自分の期待通り───いや、それ以上の検査結果が出たのだろう。


僕の心がその笑顔を見てズキリと痛んだ。

しかしリンジェがいなければ検査自体受けれていたかも分からない。

それに少なくともリンジェはいい結果が出て気分が良さそうなので、それを損ねるのは恩人に対してするべき行為ではないと思う。


僕は本心をふたで覆いかぶせ、笑顔を作りながらリンジェの元へと着いた。


「おまたせ、リンジェ。結果はどうだった?まぁ聞くまでもないか」


誰が見ても良い結果だったのだろうと分かるような態度から僕はそう言った。


「そんなに分かっちゃう?」


リンジェは顔を少し赤らめ、恥ずかしそうにしながらも満更でもないという風に嬉しそうにしていた。


「私、今まで火属性と風属性の魔法は使ったことあったのだけれど、今日の結果で無属性にも適性があることが判ったの。無属性魔法って、便利な魔法が多いからぜひ使ってみたかったの」


そう話すリンジェは本当に嬉しそうで、その瞬間はこの国の王女ではなく、魔法に憧れる一人の少女というような装いだった。


「ルクリクはどうだったの?適性は何属性?」


そのリンジェの何気ない質問に、僕の胸は跳ねた。

極々普通の質問だ。


逆に、検査終わりというこの状況下でそのような話題にならない方がおかしいだろう。


僕はなんと言ったらいいのか分からずに俯いてしまった。


「もしかして、適性が一つの属性だけだったとか?大丈夫よ、ルクリク。適性属性は一つが普通なの。二つ以上に適性がある人なんてほんの一握りよ」


リンジェに悪気がないのは分かっている。

自分は三属性に適性があるのに馬鹿にしているのか───とも思いはしない。


詳しくは知らないが、リンジェの口振りからして適性がゼロなんて事は殆どないのだろう。

いや、今までにもなかったのかもしれない。


僕は話そう話そうと思うも、口が思い通りに動かずモゴモゴとしてしまう。


「ルクリク?」


リンジェは僕の顔を覗き込む。


「───んだ」


「ん?」


リンジェは僕の口元に耳を寄せる。


「───ロだったんだ」


しっかりと聞き取れていないリンジェの顔はまだ晴れやかだ。


「ゼロだったんだよ。僕には魔法の適性が全くなかったんだ。おまけに魔力総量もゼロ、お先真っ暗だよ。ごめんね、こんな奴助けてもらっちゃってさ。リンジェに恩返しするって大口叩いたけど、あの約束、果たせそうにないや」


ハハ、と僕の口から乾いた笑い声が響いた。


リンジェは僕の言葉の意味を理解し、その顔から笑顔が消えた。


「適性ゼロ?魔力総量も?そんなこと聞いたことないわ。再検査してもらいましょう」


リンジェは僕の腕を引いて、再検査をしてもらおうと再び会場へ向かおうとした。


しかし僕はリンジェのその手を振り払った。


「いいんだ、もう、いいんだよ」


僕のその声を聞いてリンジェは本当に理解したように見えた。

いや、理解はしていたが納得はしていなかったのだろう。

リンジェは僕の言い分を認めた。

僕の言っていることが本当で、検査も正しく行われたのだと。


僕らのこのやりとりを見ていた周りの人々が、早速この話をネタにコソコソと話し合っている。


「適性ゼロだって、そんなことあるの?」


「聞いたことない。ていうか、そんな人いるんだ」


「うわ恥ずかしい。俺なら泣いて家に帰るわ」


僕が前代未聞の適性ゼロだという噂は一気に集団を駆け巡った。


「じゃあ、あいつは学園には入らないのか」


「入れないだろ。いや、でも捨てクラになら入れるんじゃないか?」


「あぁ捨てクラな。まぁ俺だったら恥ずかしくてあんなクラス入れないけどな」


時を経るごとに僕への嘲笑と思しき笑い声が一層大きくなる。


それに対してリンジェは何か言いたそうにしていたが、僕がそれを静止した。


僕に魔法の才がなかったのは事実で、それを笑う多数派をリンジェが諌めたら、今後のリンジェの立場が危うくなってしまう可能性があったからだ。


それに僕は確かにショックを受けたが、リンジェが考えるほど深刻に受け止めていなかった。


確かに、幼少期から魔法に触れている、王都に暮らす人なんかにとってみれば自分に才能がないことがわかればショックで立ち直れなくなってしまうのかもしれない。


それに対して、僕は魔法を使ったこともなければ見ることすらできないようなところで暮らしていた。

言ってしまえば、僕には魔法が使えない、という思い込みが少なからずあったのだ。


今回の結果でそれが単なる思い込みではなく、数値に基づいた事実であったというだけで、魔法が使えないという現実は今も昔も変わっていない。


それよりも、僕は野次馬たちが口にしていた、『捨てクラ』という単語の方が気にかかった。


僕はいまだに悲しそうな表情を浮かべるリンジェにこの『捨てクラ』について聞くことにした。


そもそも、学園というのは何なのだろうか。


「リンジェ、学園っていうのは何のこと?それに捨てクラって」


僕が尋ねるとリンジェは少しビクッとしていたが、すぐにいつものリンジェに戻った。


恐らく僕があまり気にしていなさそうな態度をとるので、他人のリンジェが思い詰めていては僕に対して失礼であると思ったのだろう。


このような気遣いからも、リンジェの育ちの良さ伺える。

空気を読む、ということを知っていないとすぐには出来ない対応だ。


「学園ね。学園というのは王立魔法学園の事で、王都周辺に全部で六校の分校と、王都にある本校舎の計七校から出来ている、魔法を専門として学んで魔法士を育成する教育機関のことよ。捨てクラっていうのは、本当はそのような呼び方はしないようにと言われているんだけど、魔法適性や魔力総量が少ない人が、魔法実技よりも主に魔法理論を専攻するために作られた特別クラスよ。このクラスは学園の実技試験を受ける必要がなくて、入学金を払えば入れることから、実技を重視する魔法士にとってはお金を捨てるようなものだと言われていて、そこから捨てクラなんていう風に揶揄されているの」


リンジェは不本意そうな顔をしながらそう教えてくれた。


理論専門のクラス。


皆んなは嫌がっていたが、魔法のまの字も知らない僕からしてみれば、魔法を学べるだけでも十分魅力的だ。

それに実技試験がないということは、適性がない僕でも魔法に関わることができるかもしれない。


「僕にも入れるのかな、学園」


気づけばそう聞いていた。

周りの目はやめとけ、と僕に語りかけてくる。

しかし僕は至って真剣だった。


「ええ、入れるわよ。でも……」


リンジェは少し複雑そうな顔をした。

その理由は僕にも分かった。


───お金だ。


学園に入学するにはお金がかかる。

それに入学するだけでなく、生活費や授業で使う教材などを買うのにもお金が必要になるだろう。

でも僕にはそんなお金はない。

たとえ盗まれていなかったとしても、恐らくそんな大金は払えないだろう。


諦めるしかないのか。


僕はこれ以上リンジェを困らせるまいと、話題を変えた。


「まぁ、いいや。僕、村の仕事を継がないといけなかったし。そもそも今日検査を受けにきたのも、記念みたいなもんだしね」


リンジェは悲しそうに、申し訳なさそうに俯き、頷いた。


「僕、ちょっとお手洗い行ってくるから少し待ってて」

僕は無理のある言い訳をしてその場を外した。



─────ああ、魔法が学びたい。



僕は誰もない建物の陰に入るとひっそりと一人、涙を流すのだった。

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