1.プロローグ
「ここが王都リゼルージェ……」
僕は今日、人生初めての王都へと足を運んでいた。
リゼルスト王国では、十五歳になり成人した少年少女たちが一度に王都に集められ、一挙にそれぞれの適性が調べられる。
王国では魔法教育に力が注がれており、国の方針で、生まれに関わらず能力がある者を学園にて育成し、将来的に宮廷魔導士や魔法騎士として登用する、というプロジェクトが行われているのだ。
今日僕がここにきたのも、その適性検査を受ける様に国からお達しがあったためである。
それにしても人が多い。
適性検査は明日行われるはずなのに、辺りには僕と同い年くらいの人で溢れている。
それに大通りに出された露店も賑わっていてお祭りの様だ。
さっきからすれ違う人と肩が当たってしまうこともしばしばだった。
都会の人は気が短いとも聞くし、とりあえず謝るのが吉だろうと思い、僕は一々頭を下げていたので、周りの人から少し変な目で見られてしまった。
僕は地元の村との違いに驚愕しながらも、今日泊まる宿屋を探しに人並みに飛び込んだ。
王都の宿屋に泊まるなんて、田舎者の僕からしたら夢の様な体験だ。
王都に滞在する際にかかる費用は村のみんなが出し合って僕に託してくれた。
小さな村なので子供も少なく、この様に王都に召集される機会も少ないから存分に楽しんでこいと笑顔で送り出してくれた。
一週間程度いなくなるだけなのに大袈裟だなあとも思ったが、みんなの気持ちはとても嬉しかった。
僕は肩にかけた鞄から、お金の入った麻袋を取り出そうと鞄に手を入れた。
「あれ……?」
ない。
あるはずのものがない。
いくら探っても目当てのものに当たらない。
僕は人波から抜け出して鞄をひっくり返した。中に入っていた携帯食や水筒が地面に散らばる。しかしそこに麻袋はなかった。
「落とした……?」
いや、そのはずはない。
さっき馬車から降りた時にお金を払っているから少なくとも王都についた段階ではもっていたはずだ。
ということは──────。
「盗まれた……のか」
僕はなんてことをしてしまったんだ。
村のみんなは軽口を言って送り出してくれたけどあのお金があればもっと楽に生活ができたはずだ。
とてつもない大金というわけじゃないが、何よりあのお金にはみんなの気持ちが詰まっていた。それを僕は……。
王都に浮かれて注意が散漫になっていた。
幸い、適性検査自体は無料で受けれるが、帰りの馬車代や生活費がなくなってしまった。
「どうしよう……」
僕は王都について早々にしてテンションが最底辺まで急降下していた。
僕が路肩で地面に項垂れていると、突然後ろから声をかけられた。
「あなた、こんなところで何をしているの?見た感じだと検査を受けるためにはるばる田舎から王都までやって来て今さっき着いた、ってところかしら」
僕が声のする方へと振り向くと、そこには今まで見たこともない様な綺麗な少女が立っていた。
艶やかな銀髪に所々に垣間見える所作は一つ一つがとても丁寧で上品だ。
身なりもきちんと整えられていて、どこかのお姫様と言われたら信じてしまいそうなくらいに可憐だった。
「すみません、こんなところにいたら邪魔ですよね。すぐ退きます」
僕は早くその場を離れたかった。
もしかしたらこの少女に僕が王都に浮かれ、そしてそれに気付き落胆するまでの一部始終を見られていたかもしれない。
そう思うと僕は僕が惨めに思えてしかたなかった。
僕は立ち上がり、そそくさとその場を立ち去ろうとした。すると腕が後方へと引っ張られ、僕は尻餅をつく形で再び地面に倒れ込んだ。
「ごめんなさい、あなたが困ってそうに見えて」
そういう少女の顔は、心から僕を心配してくれているかの様に見えた。
少なくとも困っている人を承認欲求を満たすために打算的に助けている人のする顔ではなかった。
「はい。実はお金を盗まれてしまって……」
気がつくと僕は、これまでの出来事を彼女に話していた。
村のみんなが笑顔で送り出してくれたこと。
初めての王都で浮かれてしまったこと。
お金をすられてしまったこと。
彼女は一通り僕の話を聞き終えると、スッと立ち上がりへたり込む僕に向かって手を差し出した。
「私の名前はリンジェよ。宿のことなら心配しないで、うちに止めてあげたいのは山々だけど、そうもできない事情があって……。とにかくあなたは明日の検査のことだけ気にしていれば良いわ」
彼女の眩しい笑顔に涙が溢れて来た。
「ちょっと、なんで泣いてるのよ。あなた男の子でしょ?簡単に泣くんじゃないわよ」
「うん……、ごべん。でもどうしてリンジェさんは見ず知らずの僕にこんなによくしてくれるの?」
「実は私も明日、検査を受けるの。私の代でお金をすられてちゃんと検査が受けられなかったなんて人がいたら嫌でしょう?あとそれとリンジュでいいわ。えーと……」
「ルクリクです」
「そう、だから気にしないでルクリク」
「ありがとうリンジェ、この恩は一生忘れないよ。僕なんかに返せるかどうかはわからないけど……。いつかこの音を返せる様に頑張るよ」
リンジュはクスクスと笑った。
「そう、楽しみにしてるわ。まずは明日、お互いに頑張りましょうね」
「うん」
僕は差し出された手を取り立ち上がった。これで僕が頑張らなくてはならない理由が一つ増えた。
「さあ、行くわよ」
リンジェは僕が立ち上がると直ぐに歩き出した。
僕はそのたくましい後ろ姿を希望に満ちた体で追いかけるのだった。
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