握り潰すぞ。
楽器経験者ではないのでこの辺は独自設定です…。
部活動に所属するとこを義務としている割に、この学院の仮入部期間は短い。
ほとんどが既に入部する部を決めているからだ。
と言っても、もちろんまだ決めていない人は随時見学や体験は受け付けている。ただ、各々大会や文化祭に向けての準備が始まってしまうので新入生だけに構ってられなくなってしまうのだとか。
そんなわけで、1週間あった仮入部期間は終わりを告げ、今日から本格的に活動を始める。
「新入生のほとんどはソロでやっていた人だろう。合わせることに慣れるため、これから1週間上級生とデュオを組んで1曲仕上げて欲しい」
なるほど。確かにいきなり大人数の中に放り込まれても戸惑うだけだ。こうして少しずつ合奏に慣れさせてくれるのは合奏初心者にはありがたい。
副会長───ここでは部長か。部長の持つ箱からクジを探る。
背後から
「真宮と当たりたい…」
「女子とデュオ…」
「真宮とヤリたい…」
とぶつぶつ聞こえてきた。
おい最後、握り潰すぞ。
「えっと…『椿透真』先輩…?」
「はいはーい!」
「椿…もしかして、静香さんの…!?」
「うん、息子だよ。母がいつもお世話になってます!」
いるって言ってよ静香さん!!!!
噂の静香さんの一番下のお子さん、透真先輩。
静香さん同様色素が薄目の短髪に、男性にしては大きめでオレンジ色に見える瞳、人懐っこい笑顔は私の警戒心をいとも簡単に溶かした。
そういえば静香さんは上3人とも女の子で一番下の弟を奴隷のように扱ってたとかなんとか言ってたから、もしかしたら他の人より『女』を知っているのかもしれない。幻想を抱いていない的な意味で。
その証拠に、他と違って視線が爽やかだ。
「今回は合わせ方を体験するだけだから、そこまで技巧に拘らなくていいからね」
「はっ、はい、わかりました…!」
「合わせやすいの──真宮ちゃん、ガボット弾ける?」
「あ、はい。一番最初に弾けるようになった曲で──」
「ほんと!?俺も!じゃあ思い出の曲だね。これにしない?」
「そうですね、いいと思います…!」
「編曲された楽譜が────あ、あった!コピー取ってくるね!」
透真先輩は自然と話しやすい雰囲気を作ってくれて、とても明るい。
なんか、ゲームでよく好きになるタイプである。こう、面倒見がいいと言うか、いい人どまりで終わりそうなタイプというか。
もちろんメイン所程ではないがイケメンである。え、聖櫻って顔も入試科目に入ってるの??
────ふと思い立った。
いくら本命とはいえ、軽音楽部に入ってない今はハル様に会える可能性はとてつもなく低い。
しかも大会は11月である。そこまでなにもないなんてことは考えられない。
なら、(言い方は失礼だが)モブと恋人になれば諦める人がほとんどではないか?
夢小説では逆ハーという性質上、決まった相手を作らなかった。いや、オチに辿り着かなかった。途中で飽きて放置してしまったからだ。原作沿いにしちゃったから、長期休載になった時にそのまま更新しなくなっちゃったんだよね。そして忘れ去られたという───。
なら夢小説と違って、相手を作ったら?
上手く行けば軽音楽部と絡むことなくこの高校生活を終えることが出来る。
つまり本筋に影響を与えない────原作の空気を体感出来る傍観主になれるのだ。
傍観主は少数派と言えど、一定数のファンがいる夢小説では定番ネタである。まぁ、傍観と見せかけた逆ハーとか嫌われとかあるんだけどね。
本筋に関わることなく、ある時はクラスメイトに、ある時は部活の先輩後輩に、ある時は同僚に、家族に、神様に、はたまた無機物に────とポジションは問わないのも面白い。
ある年齢を過ぎるとキャラとは恋人より斜め後ろに座るクラスメイトや使う筆記具、年下すぎると母親になりたいと願うようになるのだ。私のことだよ。
今の私も、初恋を拗らせているとはいえハル様と恋人なんて烏滸がましい。よくてLI-LUCKのファンとして貢ぐことが出来たら最高だと思う。
他のキャラにも恋愛感情を抱いたことないし──なら、この世界に存在する、私が好きなタイプの人と普通の恋をしたい。
姫愛ちゃんのタイプじゃなかったら非常に申し訳ないが、とても頼りがいがあって、純潔をちゃんと守ってくれて、大切にしてくれる人を探すからね!
幸い聖櫻はイケメンだらけだ。
思い返せば入学式案内してくれた顔文字もりもりの人もイケメンだった。タイプではないけど。
よし、決めた!
私!真宮姫愛は!!傍観主になることを!!!誓います!!!!
その後、コピーから帰ってきた透真先輩に声を掛けられるまでどう出会いを探そうかと思案していた。