知床線
さる年の斜里での夏祭りの後、一人の若い浴衣姿の女性が知床斜里駅のホームで列車に乗って南へ帰る予定だ。彼女の名は『繁森久弥』。
ホームで待っていると『知床旅情』のメロディーと共に止別駅側から列車がやって来た。知床旅情は彼女の祖父母が生前よく聴いていた曲で、彼女にも少なからず馴染みのある曲だ。
(…あれ…、この駅…、知床旅情が流れるんだっけ?…ま、いいか…。)
彼女は違和感を覚えながらも、列車に乗った。
「『知床線』、間もなく発車致します。」
(知床線って…、ここ本当は釧網本線の筈じゃないの…?)
彼女は中斜里駅の方に向かうと思って乗ったため、降りようとした。しかし、列車のドアは無情にも閉まっていった。そして、列車は東の方に走って行った。
「ちょ…、ちょっと…、何がどうなってるんですか?知床線だなんて…。」
彼女は急いで運転士に尋ねた。ところが彼は一切意に介さず運転に専念した。暫くして、『朱円駅』に停車した。しかし、駅に誰もいなければ、ドアも開く事もなかった。
(朱円駅…、あるなんて聞いてない…。)
彼女は知床線並びにその路線上の駅にも違和感を覚えた。そんな彼女の意思とは無関係に『ウナベツスキー場前駅』、『丸木沢駅』、『ウトロ駅』、『岩尾別駅』、『カムイワッカ駅』…と次々に列車は走って行った。
そして、遂に…。
「間もなく終点、『知床駅』に到着致します。」
列車は知床岬にある知床駅のホームに到着した。そして、彼女がホームに降りると列車は南西の方に走って行った。
(何でこんな遠い所に…。)
彼女は不安のあまり、スマホで連絡を取ろうとした。しかし圏外のため、スマホも役に立たなかった事も彼女の不安に拍車をかけた。間もなく雨が降って来た。
(あれ、今日の天気予報では雨は降らない筈じゃ…。)
彼女は雨に対しても想定外だった。彼女の口に雨が入ると、雨は蜂蜜の味がした。
(何で雨が蜂蜜の味に…。)
雨が蜂蜜の味である事にも彼女は違和感を覚えた。そして、暗闇から小さな光が彼女に迫って来た。暗闇から出て来た姿に彼女は恐怖を覚えた。
(う…、嘘でしょ…。)
暗闇からやって来たのは子連れ熊だった。熊達は彼女を取り囲んで一斉に襲った。
「い…、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
女性の悲鳴と共に雷鳴も響いた。
そして数日後…、国後島の海岸に女性の遺体が打ち上げられていた…。