台風一過
「くぅわぁ~、昨日は凄い雨と風だったなぁ」
男は古びた引き戸を開き外に出た
昨日とは見違えるような快晴だ
「まさしく台風一過だな」
山のてっぺんに建っている男の家は、これまで何度も台風に見舞われボロボロだった
男は家の周りを歩き、壊れたところがないことを確認してから
轍の出来ている道を町に向かって歩き始めた
雑草が生い茂っている道には、台風の風によって飛ばされた色んな物が落ちている
桶やビショビショに濡れた手拭い、飛ばされた洗濯物なんかが落ちている
男は毎回台風が過ぎた後に、歩き回って目欲しい物を探す
一度、小銭を拾ったことがあったので
男は目を皿にして歩いた
「今日はいいもんがねぇなあ」
男はもう少し足を伸ばすことにした
町の近くまで来たとき、広い空き地の真ん中に箱が置いてあるのを見つけた
落ちているというより置いてある感じだ
「あれ?ここは確か、お屋敷があった筈なのに、なんにもなくなってるなぁ」
大きなお屋敷があった場所には、建物も庭の跡形もなく、最初から何もなかったかのようだった
男は箱を手に取った
箱には中心に大黒さまのような顔があり、その顔の回りに色鮮やかな花の絵が描かれていた
開けてみようとして力を入れても動じない
男は捨てるか迷ったが、飾っておくのも悪くないと思い、懐に忍ばせた
他に役に立ちそうな物は落ちてなく
男は家に帰った
「今日の収穫はこの箱だけか」
溜め息を一つついてから、箱を床の間に置いて
「起きていたって腹が減るだけだぁ!もう寝ちまおう!!」
そう言うと早々と布団に潜り込んでしまった
次の日
目を覚ました男は、手拭いを肩に掛けて外の井戸に顔を洗いにいこうとした
その時、視界の隅に箱を捉えた
何の気なしに顔を向けてみて驚いた!
箱の前に一枚の小判が置かれているのである
「ありゃぁ!なんだこれ!まぁだ寝ぼけてんのかな?」
男は慌てて外に行き、何度も何度も念入りに顔を洗い
手拭いで顔を拭いながらあの箱の前に戻った
しかし状況は先程となんら変わりないままである
男は恐る恐る小判を手に取ってみた
ひんやりとした感触と重みが夢ではないことを教えてくれる
しばし呆然と小判を眺めていたが、突然町に向かって歩き始めた
町に入るとまっすぐ酒屋に入り酒を買い
家への帰り道のそば屋で腹を満たした
この男、意外と倹約家のようだ
家に帰ると買ってきた酒をフチが欠けた茶碗に注ぎ、チビリチビリと飲み始めて、ふと気づく
「しまった、ツマミでも買ってくりゃあ良かったな」
余程緊張していたようである
酔いがまわってきた頃
男は床の間に置いてある箱に手を合わせるような仕草をしてから、鼾をかいて寝てしまった
目を覚ますと夕刻になっていた
昼間に酒を買い、そばを食った時の残り金が男の周りにだらしなく散らばっている
男は拾い集めて、どこかに隠しておこうと見回した
狭い家なので必然的に床の間も視界に入る
「ありゃ!?」
視線の先にある箱の前にはキラリと光る小判が一枚置かれていた
男はコツをつかんだ
寝て起きると必ず一枚の小判が箱の前に置かれている
多い日は一日に十両も手にした
寝て起きたら金が手に入る
こんなに楽な稼ぎ方ったらない
男は金遣いが荒くなった
酒を飲み、いい着物を仕立て、女と遊んだ
それでも余る金を使い、立派な家を建てた
山のてっぺんに建てられた御殿は、壮麗なものだった
しばらくして、また台風がやってきた
前に住んでいたボロ家の時は、台風が来ると屋根や壁に板を打ち付けたりして備えていたのだが
今回は新しい住まいだから大丈夫!と思い酒を飲んで床に入り、明日の小判を夢見てさっさと寝てしまった
薄れゆく意識のどこかで風のうなり声が聞こえた気がした…
「お母さん、台風すごかったね!!」
下町の長屋に住む少年が
目を輝かせながら母親に向かって叫んだ
「あんたはいい気なもんだよ!あたしゃ片付けで忙しいからどっかで遊んどいで!」
少年は背中を向けたまま答えた母親に向かって舌を出してから、長屋を飛び出し山に来た
前に一度、山のてっぺんに住んでる家主に食べ物やおもちゃを貰ったことがあった
「今日もなんか貰えるかもしれない」
そう思ったのだ
でも今日は何か変だ
登っても登っても家の屋根が見えてこない
てっぺんに到着して目を疑った
家が丸ごとなくなって空き地になっていたのだ
まるで最初から何もなかったかのように…
「あれー?あんなおっきなお屋敷が台風で飛ばされちゃったのかなぁ?」
少年は肩を落としながら山を降りようとした
しかし、空き地の真ん中に何かが置いてあるのに気づいた
駆け寄って見てみると、それは大黒さまのような顔と綺麗な花の絵が描かれている箱だった
見覚えがある
ここにあったお屋敷の床の間に大事に飾られていたはずだ
「なんでお屋敷はないのに、この箱だけ置いてあるのかなぁ?」
少年はそれを手に取った
箱の中心の顔が少し笑ったように見えた
fin.