4.自己紹介は目立たずに
教室の前では、ざわざわとクラスの確認をして様々な声が聞こえる。
クラス分けは上位貴族から確認といったが、実際は取り巻きになりたい下位貴族が事前に確認して、耳打ちしているらしい。ので各クラスの前をうろうろすることなく目的の教室に行き改めて確認するというスタイルが一般的らしい。といっても掲示の前に人の壁ができ、下位貴族のうちクラスが確認できていないものたちは後ろでそわそわと順番を待つしかない。
それにしても平均70点ぐらいで答えたはずなのに、なんでAクラスなんだろ?
まだ確認してないからAクラスじゃなくて、Bクラスなのに掲示から名前が漏れていただけっていう可能性を捨ててないけどね。
ようやく人の壁が動き下位貴族の順番になると、一喜一憂が激しく、にわかに騒がしくなる。
下位貴族にとってクラス分けは、将来が左右される重要なものだ。
Aクラスで優秀な成績を残せば、卒業後は官僚として取り立てられることもある。ましてや今年は第二王子がいるので、気に入られれば側近になれるかもしれないのだ。
同じクラスの方がお近づきになる機会も多いとのことで、Aクラスに名前がなかったものは意気消沈して去っていく。
私も気合いをいれてAクラスを確認。
……王子、宰相の息子に悪役令嬢……
「見てよ。このクラスにどこの馬の骨とも知れないような者の名前があるわけないのに」
「成績順にクラスが分けられてるって知らないんじゃない。誰か教えて差し上げたら?貴方のクラスはあちらのCクラスですよって」
社交界デビューしていない、つまりは見覚えのない令嬢=超ド田舎の貴族の娘か数ヶ月まえに突如貴族の仲間入りをした平民の娘だと気づいているからか、周囲からは嘲るかのような声も聞こえる。
……アンネ・デュボワー……
やっぱりAかぁ~orz
思わずちょっと昔の落ち込みポーズが出てしまいそうなほど、項垂れる。
クスクス。
「あら、名前があるわけないのに、一丁前に落ち込んでいるわ」
「身の程をわきまえないって困ったものよねぇ」
田舎者馬鹿にするのもいいけどみんなもうちょっと勉強頑張ろうよ!
考えてみればたかだかクラスが一緒なだけ。ほとんど関わらずに過ごすことだってできるはず。
かつての学生生活を振り替えれば、そんなクラスメイトもいっぱいいたよ。
軽く頬を叩いて覚悟を決める。
攻略対象に会いたくなければ、ギリギリまで教室に入らなければいい?
そんなあざとい合コンの女子みたいなことをして目立つなんてぜっったいイヤ!
みんなと一緒。レッツ埋没。
「嘘でしょ!あんな娘がAクラスに入っていくなんて」
「クラスが分かってないんじゃなくって?!私でさえBクラスなのよ!」
令嬢たちの阿鼻叫喚を背負いながら教室に入った。
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人は出会って7秒が肝心らしい。
逆に言えば、7秒で何も感じさせなければ印象に残らないということだ。
宰相の息子は隣の席になったよしみで挨拶をするも、無視されて『挨拶されたら挨拶を返す』という人の道理を説くために怒るというのが出会いの全容である。
ヒロインさん気が強すぎません?
確かに挨拶返さない男もどうかと思うけど、いくら学園内では平等と謳われているとはいえ、やっぱり身分が全然違うわけで…。人見知りもいるだろうに初対面で挨拶を無視されたぐらいで突っかかってたら、身がもたないですよ。
かと言って、周囲に挨拶をして一人にだけ挨拶をしないというのは随分意地悪に聞こえる。逆に意識しているとアピールしているようなものだ。
最適解はなにか。
私の答えはこれだ。
席を確認すると窓側から二列目前から三番目。
四方を人に囲まれている。
席につくと、分かりやすい愛想笑いを浮かべて既に座っていた後ろの席の令息、前の席の令嬢、そして隣の席の宰相の息子の三人にまとめて挨拶をする。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしく!」
「よろしくお願いします」
個別に挨拶もせず、名前も名乗らない。
笑顔で敵意がないことを示したら、あとは反応のあった人にだけ応えればいい。
ヒロインの笑顔は効果絶大。令息は顔を真っ赤にして返事してくれるし、令嬢も笑顔を返してくれる。
無反応な男など無視してしまえばいい。
「よろしくお願いするよ、デュボワー男爵令嬢」
無反応な男など無視……無反応な男な、ど……
無反応どころか嘘くさい笑みを浮かべて挨拶されちゃいましたけど?!!
想定外の事態に脳内はプチパニック。
ブルネットの髪に翡翠の色の瞳をした宰相の息子は、よく言えばクール。むしろ王子以外には冷血とも言えるほど素っ気ない態度をとるけど、ヒロインに心を開いた後は甘々になるツンデレキャラじゃなかった??
「……名乗りもせずに申し訳ございません。アンネ・デュボワーでございます。私のことをご存じいただけているようで光栄でございます」
衝撃を受けながらも、なんとか答えるが、言葉は怪しいし、笑顔もひきつる。
「私はジョセフ・ミルドザーク。突然貴族の仲間入りをした《癒しの乙女》は有名だからね。社交界はまだデビューしてないない少女の噂で持ちきりだよ。」
宰相の息子、ジョセフ・ミルドザークの癒しの乙女という言葉に周囲がざわめく。
チッ余計なことを。
私は一般人。私は一般人。要らぬ注目は浴びたくない。
「ミルドザーク様、癒しの乙女は大袈裟ですわ。ほんの少し癒しの力を持っていただけです」
もちろん名前で呼ぶなんてヒロインにありがちな馴れ馴れしいことはしない。
「ふーん、そう……」
「はい。ですので、皆さまと変わらぬいち男爵令嬢としてよろしくお願いします」
目立ちたくない。むしろ貴方たちとは関わることのない十把一絡げの男爵令嬢ですよー。というのを全力でアピールしておく。
もう話は終わりとばかりに、席に座って前を向く。
せっかく前後の席の二人とは仲良くなれそうな気がしたのに…。男爵家かしら?
自分の席と横の席を確認するのにいっぱいいっぱいで、他の方の名前の確認をし忘れていたのは失敗だった。
はぁ前途多難すぎる。やっぱり母のためとはいえ、貴族に引き取られる道を選ぶんじゃなかったかも。