プロローグ
はじめての投稿です。
あれ、どっかで見た顔だなぁ…
なんて鏡に写る自分の顔を見てふと思ったのは、12歳の頃だった。
なんで今まではなんとも思わなかったのかって?それはこんなにキレイに姿を映すものが近くに無かったから。
もちろん自分の姿形は分かってる。でもこれまでは水に写った姿とか、窓に写る姿で、こんなにまじまじと見る機会なんてなかった。
う~ん、どこだったかなぁ。
母さんじゃないし、お義父様でもない、昔観た映画のハリウッド女優かしら?
そう私は前世の記憶を持ってこの世界に産まれてきた。それも私が生きてきた日本とは全く別の世界。科学で便利な世の中じゃなく、魔法で便利なファンタジーの世界。そして、日本では考えられないような格差社会だ。
前世の記憶があるといっても、それに気づいたのは物心ついてから。今まで経験したこともないはずの知識が自然と浮かぶようになって、徐々にああ昔テレビでみた知識だとかそんな感じ。
赤ん坊の頃のことなんて、今も昔も記憶にない。
で、この顔。ピンクの髪に菫色の瞳という派手な配色に記憶が刺激される。誰に似たのかと確認するようにペタペタ触るけど思い出せない。
「わたしはだあれ?」
「アンネ・デュボワー様です」
誰に問いかけたつもりもない。強いて言うなら自身への問いかけに影のように気配を感じないメイドに応じられ、ビクつくと同時に記憶の底から湧き上がってきた映像。
「アンネ・デュボワ~?!」
男爵家の娘でありながら駆け落ち同然で家を飛び出し、平民の生活に慣れないなか私を身籠った母はあっさりと父に捨てられた。意地っぱりな母は男爵家に戻ることもできず、ろくに働いたこともないのに私を一生懸命育ててくれた。
幼少期は貧民街で母親と二人きりで身を寄せあい、日々の食事さえ満足に摂れないような生活。病気になった母を救うことさえできず悲嘆にくれていたら、膨大な魔力、癒しの聖女の力を持っていることが分かり、あれよあれよという間に母の兄だというデュボワー男爵に引き取られた。
そして貴族としてある程度基礎教育を受けた私は、13歳でミスティック学園に入学し、この国の第二王子や宰相の息子、騎士団長の息子やらとのめくりめく運命的な恋愛ゲームを繰り広げる……伝説の乙女ゲーム『魔法<マジック>×王子<プリンス>~運命的な恋しちゃいました~』のヒロイン、アンネ・デュボワーその人の顔。
「なんてこったい!!」
どうやら私、乙女ゲームのヒロインに転生していたようです。なんでだ。
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あまりの衝撃に気を失ってしまったらしい。
目を覚ますと心配そうに私を覗き込む母さんの顔が、ち、近いーー。
「アンネっ!よかった目を覚まして。突然倒れたって聞いてもう心配で、心配で…」
目に涙を浮かべた母さんにひしっと抱きつかれると、ふかふかのベッドに沈み込む。
あ、病気になった母さん死んでませんよ?聖女の力が目覚めて病気治しちゃいましたから。
それで私に気づいた男爵様に母もろとも引き取られました。家出した母のことずっと気にしてたんだって。
「大丈夫。心配かけてごめんね。初めての男爵様の家に緊張しすぎちゃったみたい」
「気を張っていたのね。でも大丈夫よ。みんな優しいし、すぐに慣れるわ」
母さんに優しく頭を撫でられるのが久しぶりで、笑みがこぼれる。
「今日はこのまま休んでなさい。なにか食べられそうなら、メイドに言えば持ってきてくれるわ」
「分かったわ。ありがとう母さん」
母さんは最後にぽんっと軽く頭をたたくと部屋から出ていった。振り返ってのウィンク付きで。
「可愛いなぁ」
茶目っ気たっぷりの母は元から可愛い人だったが、男爵家に引き取られてからますます輝いている気がする。
軽く深呼吸して改めて布団にくるまり、思い出したゲームについて考えてみる。
前世でどうやって死んだかは思い出せない。ブラック企業に勤めてたってこともないので、過労死とかでもないはず。
ただ30歳をいくつか過ぎた私は、会社の人間関係に疲れていた。彼氏もおらず、友だちもろくにいない私を癒してくれたのが、『魔法<マジック>×王子<プリンス>~運命的な恋しちゃいました~』通称、“まじ恋”だ。
平民出身でちょっと空気の読めないヒロインが、本来なら関わることのないような殿上人たちと次々起こるイベントをクリアして恋に落ち、卒業式でプロポーズされたらhappyEND。攻略対象は、第二王子、宰相の息子、騎士団長の息子、聖職者の息子、幼なじみの5人+隠しキャラの教師と校長。もちろん逆ハーENDもあるテンプレな作品だ。
テンプレ…
そう、まじ恋もテンプレだけど、転生だってテンプレだ。私はそういう小説も通勤電車でよく読んでいた。
でもこういう転生って悪役令嬢になるのが最近の定番じゃなかったっけ?
悪役令嬢に転生した主人公が、必死に破滅フラグを回避してるうちになんやかんやでみんなに愛され大団円。ヒロインも転生者でゲームに沿って逆ハー目指すけど、悪役令嬢が苛めてくれなくて自作自演で苛められたフリをするも、最後は自爆して破滅……
ってこれヒロインに転生した私、破滅のフラグじゃない?
なんてこったい!!!
確かにゲームに癒しは求めてたけど、現実の恋愛にそんな積極性はない。30過ぎて彼氏もいない人間のだめっぷり舐めるなよ!空気読まない行動なんてしたくない。唯一恋愛対象で考えられそうなのは、幼なじみだけど心当たりもない。
破滅フラグを回避するにはそもそも学園に行かないというのが一番だけど、たぶんそれは避けられない。男爵家にお世話になっている身で学園通いを固辞できるほど図々しい態度はとれない。
よし、決めた!フラグは立てずに、目立たず騒がず、ひっそりと学園生活を送るようにしよう。目指せモブ。
悪役令嬢に虐められたふりなんて以ての外。
大人しく同じ男爵位で集まって友だちできればいいなあ。
そんなささやかな目標を立てた私は、いつの間にか眠りに落ちていた。