1.
散々時間をかけて私が選んだのは、投撃用のナイフだった。
今まで目にしたことはあったものの、実際に手にしたのは初めてだ。だがこの店で一番しっくりくるのがこのナイフである。
難点をあげると想像以上の重みにおもわず握る手に力が入ってしまうところだが、これは後々どうにかできる範囲ではあるだろう。
ああ、それともう一つ難点があった。
性質上、複数本あった方がいいのだろうが、イマイチ何本買えばいいものなのかがわからないことだ。
村に帰れば話も聞けるんだけど、さすがに一回帰ってまた来るという選択肢は私の中には存在しない。
いくら今はお財布の中身に余裕があるとはいえ、馬車代も馬鹿にならないのだ。なんなら多めに買っても武器代の方が安く済んだりする可能性だって十分あり得る。
値段を考えると5~7本といったところなんだけど……うーん、どうしたものか。
陳列棚の前でしばらく一人で腕を組みながらうんうんと唸る。明らかに変な人状態だが、幸運にもこの店には今、お客は私しかいないのだ。十分に悩ませてもらうことにしよう。
しばらく悩んでいると、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
そういえばそもそも在庫って何本くらいあるのかしら?
何本欲しいかよりもずっと重要である。なにせ在庫がなければ買うことができないのだから。
ここに置かれているのは右手用と左手用とそれぞれ1本ずつである。
まさか1本しか用意されていないなんて、そんなことはないだろう。
それじゃあ初めましてな私はもちろんのこと、今この武器を使っていて今日は補充にきました! なんて人も困ってしまう。
よし、こういう時は店員さんに聞きましょう!
今度は悩むことなく、すぐに決心する。そして店員さんを見つけるために振り返ったが、レジに先ほどの少年の姿はなかった。
カーテンの奥に下がっているのかしら?
少し待てば出てくるだろう――そんな悠長な考えでいたのが悪かった。
すごすごとレジから少し離れた場所で他の商品を見ていると、店の入り口がバンっと勢いよく開け放たれたのだ。
「カディス! カディスはいるか!!」
叫びながら店へと入ってきた紅色頭の男にまた迷惑な客か!? と思わず身を構える。
けれどこちらはさきほどとは違い、常連のお客さんだったようで奥からぼさぼさの髪の男が声に釣られるようにしてやってくる。
「おお、グレン。久しぶりだな。調子はどうだ?」
「聞いてくれよ、カディス! 勇者一行の召集に際してうちのギルドマスターが防衛指揮官に任命されて……。そのせいで俺がギルドの臨時でサブマスター代理になっちまったんだ……」
「お前が? ギルドのサブマスター? 冗談だろ? 座って書類仕事とかお前に出来るのか?」
「出来る出来ないとかの選択肢はない。まぁもう一人の方が頭がいいから、あっちに難しいのは任せて俺は簡単なこととか、サポートが専門」
「それくらいならできるか……。それで今日はどうした? 依頼に出ることがないなら今のうちに武器の手入れしとこうってか?」
「いや、そっちはまだ大丈夫。今日は新人冒険者用の装備一式買いに来たんだ。そろそろ新人も増えてくるだろうしな」
「なるほど。それなら俺がいいの見繕ってやるよ」
「悪いな」
突如として始まってしまった男たちの話はまだまだ終わる気配はない。その上、奥から少年が出てくる気配もない。
相談とか出来なさそうだし、この際投撃用のナイフは諦めて、適当な短剣を購入するにしても会計が出来る雰囲気ではない。
こんなことなら初めから呼んでおけばよかったわ……。
王都に来てるからって私らしくもなく、遠慮したのが仇となった。
見ず知らずの人の会話を身勝手な都合で打ち切る訳にも行かず、かといってこれが終わるまで待っているほどの時間は私には残っていない。
仕方ない。
今度こそこの店での武器の購入は諦めるしかなさそうだ。
残念だなぁと投撃用のナイフに視線を移して店を後にした。
去り際、背中に誰かの視線を感じたような気がしたのだが、二人とも話に夢中のようだったしきっと気のせいだろう。