5.
修理費用を請求なんてされたらきっと、目玉が飛び出るような金額が書かれたぺらっぺらな紙に何年も付きまとわれる羽目になるだろう。
それこそ冒険者にでもなって一攫千金でも狙わない限り一生返済し続ける生活が待っているような……。
兄ちゃんとレオンに冒険者なんてそんな大層な職業なんて絶対無理!――と言い切りたいところだけど、なぜかそう断言できない。
今までは考えたこともなかったが、思えばこの二人は揃って鍬をふるって畑耕すよりも、弓矢や剣を携えて狩りに出る時の方が生き生きとしているように思う。
いや、これは二人に限ったことではなく、コンラット村の誰もがそうだけど。
もちろん私や、大人しいレニィちゃんも。
……いっそのこと、村の全員が冒険者にでも転職した方がいいんじゃないかって気さえしてきたわ。
たまにやってくる酔っぱらいも冒険者だと名乗ってはいたし、それが本当なら、なるのはそう難しいことではないはずだ。
もちろん本当に魔物なんて見たら腰を抜かしてしまうだろうから、そんなことは無理だけれど。
結局のところ、私達は田舎の村で動物を狩って、魚捕って、畑を耕してのんびりと暮らすのが性にあっているのだろう。
そう思うと適当に話して別れたりしないで、もう少しなんか応援メッセージみたいなものを伝えた方がよかったかしら? と考えてしまう。
まぁそんなもの、思いついたところで今さら恥ずかしくて言えるはずもないのだけど。
まぁ、過ぎたことよりも大事なのはこれからのことである。
実は私には重要なミッションが課せられている。
『王都でのお買い物』である!
もちろん先ほどいただいたお土産物もあると言えばあるが、それはそれ、これはこれである。
私達の村から王都までやってくる機会なんてそうそうないのだ。
それこそ私だって、兄ちゃんのことがなければ一生王都にやってくることはなかっただろうとさえ思う。
――となれば、両親と親戚からギッシリと書き込まれたお買い物メモと、お金がたんまりと入ったお財布を握らされるのも当然のこと。
実はこれ、兄ちゃんとレオンにも同じ物が渡されていた。
だが帰ってくるまで結構な時間がかかり、最悪忘れているだろうとのことでその役目は私へと回ってきたのだ。
もちろん最後に赤字で書き足された、村中に配るお菓子も忘れてはいけない。日頃の感謝はこういう時にちょくちょくと返していくものなのだから。
お菓子類は後で見て回るとして……、まずは家族のお買い物からしていくことにしよう。細かい文字でビッシリと書かれたお買い物メモにゆっくりと目を通していく。
えっと何々?
母ちゃんは王都のマダムの間で空前絶後の大流行を果たしているらしいバラの石鹸。
同じくおばさんも流行の最先端をゆく練り香水、店員さんのオススメのもの。
括弧付けで『絶対に店員さんに聞くこと!』って書いてあるのはきっと、オススメの商品が一番外れないってことだから、よね。多分……。
いや、そうに違いない。決して私のセンスが悪いからではないはずだ、うん。
この二つは雑貨屋さんで売ってるのかしら? と思いきや、注釈マークと共にこの店で買うこと! と書かれていた店名は『リターニャ薬局』――薬屋さんだったようだ。
でもこの薬屋さん、名前は書かれているものの、場所までは書かれていない。
さすがに場所までは知らなかったのだろう。
仕方ない。王都散策も兼ねてグルグル回ってみることにしよう。
田舎の村まで名前が届くほどだから相当有名なお店で、外には大きな看板を出しているに違いない。
母ちゃん達のはこれでいいとして、次は父ちゃん達の方!
ええっと、何々……?
父ちゃんの新しい短剣に、おじさんの獣除けオイル。
父ちゃんってばいつも『武器は自分で選んで、自分で手入れしてこそ!』って口を酸っぱくしているくせに、娘の買い物メモにちゃっかり書くってどうなのかしら?
それもこっちは二人揃って私のセンスに任せるって、直感で選ぶこと! ってなによ。
4人とも私を息子だと勘違いしてるんじゃないかしら?
村にいる2人への怒りを沸々と煮えたぎらせる。
けれどああ、と思い出す。そう、これは元々レオン達が頼まれていたお使いなのだ。
城からお迎えが来て、私が出発するまではそんなに時間はなかったし、きっと焦ってそのまま書いてしまったのだろう。
そうに違いない!
だから母ちゃん達の方は私のセンスに任せて、父ちゃん達のはお店の人のオススメでいいわよね!
父ちゃん達の方は店名の指定はないし、こっちは母ちゃん達指名のお店探す最中にでも探すことにしようっと!
大金の入ったお財布と、帰りの馬車代にしては多すぎるほどのお金の入った袋の入ったポシェットにお買い物メモをしまって、私は人生初の王都散策に繰り出すのだった。