15.
「ミッシュさん、朝ですよ~。っていない!?」
じっと見つめていたドアから入って来た人物は、ルカさんだったのだ。
え、なんで彼女が?
思わず声を上げそうになった口を両手で押さえる。手を勢いよく外したせいか、足だけで支えようと妙な力が木の枝へと伝わってしまう。ガサガサっと音を立ち、バレてしまうかとびくびくとしたものの、ルカさんが気にした様子はない。
「大変です、グレンさん! ミッシュさんがいません!」
ドアの入り口辺りで身体を反転させて、大きな声でグレンを呼ぶ。
グレンもグルなの?
まだ誘拐と決まったわけではない。好意でベッドまで運んでくれたのかもしれない。だがまだどちらとも言えない。だからこそ、ここですごすごと出てはいけないのだ。
好意であった時は……その時はちゃんと謝ろう。
うん、そうしよう。
とりあえずはこの体勢を続けようと再び両手両足で枝にしがみつく。擬態は完璧。後はただ息を潜めるだけ……のはずだった。
「なんだ、ミッシュならそこにいるじゃないか。ミッシュ、木登りだか日向ぼっこだかは後にして、先に飯にしようぜ?」
けれどルカさんに呼ばれてやってきたのだろうグレンは迷うことなく、私の居場所を当てて見せた。
見破られたことに観念し、木から窓へと移って、部屋へと足を下ろす。そしてグレンの元へと駆け寄る。
「ねぇ、何で分かったの?」
擬態は完璧だった。それに誰にも見つからない自信だってあった。
なのになぜ……。
グレンの目を逃がさないとばかりにじっと見つめる。するとグレンは疑問気に首を傾げる。そして「ああ」と何かを納得したように拳を手のひらに軽くたたきつける。
「み~つけた」
「は?」
「ん? 違ったか?」
「意味が分からないんだけど……」
「かくれんぼのつもりだったんだろう?」
「違うけど!?」
「違うのか……」
朝起きて早々勝手にかくれんぼを始めるってなかなかヤバいやつじゃない!
そう思われているのは心外だが、なによりそれに当たり前のように対応するグレンってどうなの?――とそこまで考えて、はたと気づく。
勘違いだった? とはいえ、朝っぱらから木の中に身を隠している私って十分ヤバいやつなのでは?
もしかしてグレンはそこを見逃してくれているだけなの?
懐が深いととるか、それとも細かいところは気にしないタイプととるか……。
そもそもまだ私を見つけられた理由も教えてもらっていない。流された、のかしら。
それともたまたま見つけられただけ?
怪しい人物ではないのは初日の私の勘と、今現在、私の身体に全くの異変がないことが何よりの証拠だ。
それに後ろめたいことがあったとしたら、まず先に女性であるルカさんを寄越すことはしないはずである。
それに窓にも鍵がかかっていなかったし、簡単に飛び移ることが出来る距離に木が植えてある部屋なんて用意することはないだろう。
やっぱり寝てしまった私をベッドまで運んでくれただけ?
でもわざわざ運んだりする必要ってあったのかしら?
それにグレンは昨晩、途中で席を空けている。それも結構長い間……。
不思議と嫌な予感はしないけど、何か色々と気になるのよね……。
王都滞在期間はきっと短くはないだろう。つまりはオマケのように付けられたグレンといる時間もまた短くはないということだろう。食事とか、宿とか用意してくれるのはグレンかルカさんだろうし、お世話になることも多いはずだ。
だがどんなに長く続いたところでタイムリミットがあるのも事実。危害が加えられることがないのであれば、そのままにしてしまっても構わないだろう。
けれど不思議と気になってしまうのは、『グレン』という人物がつかみ所がないからなのだろうか。
はたまた『村の外の人間』に興味があるだけなのか。
自分でもこの気持ちが一体何なのか、よく分からない。
けれど分かることもある。
おなかの中で腹の虫が『何かを寄越せ!!』と泣きわめくほどにお腹が空いているってこと。緊張状態が解けたからなのか、食欲は通常運転を開始している。
「ほらさっさと降りるぞ~」
「ええ、今行くわ」
興味を私からご飯へと移したらしいグレンとルカさんはさっさと部屋を去っていく。私もパンパンと軽くワンピースの裾を叩いてから、部屋を後にする。
腹が減っては戦が出来ぬとよく言うが、空腹では戦どころかなにも出来なくなるのが人間というものである。
名前の分からぬ気持ちを押し込めて、朝食にすべく彼らに続いて階段を駆け下りるのだった。




