12.
「ただいま帰りましたよ~。あ、グレンさん。お留守番ありがとうございます」
それからしばらくが経ち、ルカさんがギルドへと戻ってきた。手にはいくつもの袋を抱えている。ギルド連盟に行ったついでに買い物も済ませてきたのだろう。酒はもちろんのこと、昨日の宴会のような騒ぎで食べ物もすっからかんだと言っていた。
ルカさんは一度、グレンが起きる前にも買い物に行ってはいる。だがさすがに一度では済まなかったのだろう。実際、グレンが確認した、いや食べようとした時も何も見つからなかったらしいし。
「酒は?」
カウンターの男は、ルカさんの置いた紙袋を覗くと眉をひそめながらそう尋ねる。
紙袋から覗いているのはすべて野菜やパンなどの食料品である。飲み物はどうしても重くなってしまうため、避けたのだろう。
だが男はやはりソフトドリンクでは物足りなかったらしい。とはいえ、そのソフトドリンクでさえももうすぐ飲み干してしまいそうではあるが。
「注文してきましたよ。後で運んできてくれるそうです」
「夜には着くか?」
「ええ。一部だけでもとお願いしてきましたから。それにしても何か祝い事でもあったのか~って聞かれちゃいましたよ」
「それで、ルカは何て答えたんだ?」
「大酒飲みと大食らいがこぞって若い女の子を見てはしゃいだのよ、って答えておきました」
「……それは何か語弊を与えそうなんだが?」
「事実でしょう?」
「事実だが! 事実だが、そのお嬢ちゃんも大酒飲みの大食らいって情報も与えといて欲しかった……」
男はぐったりと頭を垂れながら「そんなことより酒はまだなのか~」と呟いてはソフトドリンクを喉へと流し込む。
ルカさんはそんな男の横を通ってキッチンの奥へと入っていく。そしてエプロンの紐を後ろで結ぶと、カウンターへと顔を出した。
「とりあえず先に夕食でもどうです? 食材は色々買ってきましたから簡単なものならすぐに出来ますよ?」
「んじゃパスタ」
「了解です。ミッシュさん達もそれでいいですか?」
「ええ、よろしく頼むわ」
「はいはい~。じゃ、作っちゃいますね。あ、グレンさん。途中で酒屋さんが来たら代わりにサインしといてください」
「はいはい」
5人でルカさんを見送り、パスタを待っている間に次々とお酒の樽と箱が届く。樽だけでも5つ、瓶の詰まった箱は2、4、6とどんどん積まれていく。
……これが一部とは、どれだけ仕入れだのだろう。
昨日、どれだけの量を飲んだかは覚えていない。
途中でグラスが大きくなったり、ジョッキになったり、最終的にはどんぶりになったのだ。
まだまだイケる! と思っていたから、コンラット村で飲んでいる時よりはずっと少ないんだろうけど……。
だがそれはあくまで私だけが飲んだものだ。昨日のあの場には結構な人数がいた。一人であれだけ飲めば、消費量も多かったのだろう。
それにしても買いすぎだとは思う。
実際、次々に運び込まれる酒を目にしたグレンは今しがた、ルカさんを呼びに行った。この量で間違いないのか、確認するためだろう。その一方で、カウンターの三人を筆頭とする、ギルド内の酒飲み達は酒が届いたとはしゃぎ出す。
そしてそれは彼らだけではない。
もしかして昨日が特別だったわけではなく、毎日が宴会騒ぎなのでは? と思うほど、ギルドのざわめきは大きくなっていく。
きっとルカさんがパスタを完成させて出てくれば、四方八方から注文の声が飛んでくるだろう。
頭を抱えたグレンがキッチンから帰ってきた頃には、ギルド内の席という席は全て埋まってしまっていた。誰もが準備は万端というわけだ。
たった一人、酒にめっぽう弱いらしいグレンを除いては。
「お前等、今日も酒盛りするつもりなのか!? 冒険者なら仕事しろよ!」
酒屋の伝票にサインをしながら、グレンは嘆きに近い声を上げる。
けれども誰もそんな声を気にすることはない。
なぜならこの中にいるほとんどの人間は、酒を飲むことしか考えてしないのだから。
ルカさんがパスタを両手に乗せて出てくると、次々に「ビール」「果実酒」「ウイスキー」と声が上がる。それにルカさんは一人で「はいはい~」と次々に対応していく。
一人で大変じゃないのかしら?
そんなことを思って、ギルド内を飛び回るルカさんを見ていると彼女はニコリと微笑んで、私とカウンターの三人組の前に一番大きなジョッキをドンっと置いた。
何も注文していないから、当然と言えば当然ではあるが、中身は空のまま。
「さすがにカウンター組の分は間に合わないんで、勝手に入れて飲んでくださいね~」
そう告げたルカさんは再びジョッキを指に引っかけて、いろんなテーブルへ飛び回る。
そしてカウンターの三人組はといえば、気づけば三人揃って酒樽の蛇口をひねっている。
どうやらこれが三人にとっての当たり前らしい。
「はぁ……。今日もまた酒盛りか……」
ため息を吐いてパスタを口へと運ぶグレンを横目に、私も彼らに倣ってジョッキに果実酒をなみなみと注ぐのだった。




