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9.

「ミッシュ、あんたも飲むか?」

「いいの?」

「ん? 後で払っとけば大丈夫だろ」


 ルカさん不在のカウンターで、ガサゴソと何かを漁ったグレンはいくつかのグラスをテーブルの上に乗せる。水、お茶、ジュースとどれもアルコールの含まれていない飲み物ばかりだ。

 それ以外はもう中身が入っていないから、という理由よりもグレンの場合はもう酒はこりごりと言った様子である。よほどのどが渇いていたのか、用意されたグラスは一つ。彼自身は瓶に直接口を付けて中身を飲み干していく。


「はぁ~、生き返る~。やっぱ俺は酒よりジュースだな」


 その姿は昨夜よりもずっと生き生きとしている。まるで農作業の後の一杯を飲んでいるかのようだ。

 乾いたのどを水分が伝っていくのが自分でも分かるあの感覚、たまらないのよね。


 グレンを見ていたら私も何か飲みたくなってくる。遠慮なく、まだ中身の入っている瓶の一つを手にとって、グラスにトクトクと注いでいく。そしてそれを口に運ぼうと手にとった時、やつは現れた。



「ああ! あんた、冒険者だったのか!」

「あ、昨日の!」

 昨日、鍛冶屋で店員の少年をいじめていた男だ。

 Aランクがどうのこうのと言っていたが、冒険者ギルドに所属していたのか。


「あんた、昨日はよくも邪魔してくれたな!」

 ドスドスと怒りを表すように近づいてくる男に、身体を固めて身構える。昨日はあっさりと引いてくれたが、今回もそうとは限らない。

 それにギルド内でもこれだけ大きな態度をとるということは、かなりの実力者である可能性が高い。


 もしも昨日のAランク~とか言うのが嘘ではないとしたら……。

 昨日のチョップを後悔しているかと聞かれればNOだ。

 後悔など一瞬たりともしていないし、時間が巻き戻ってもう一度あの場所に戻れたならば再び私は男の頭にチョップを落とすだろう。弱い者いじめはダメだ。絶対。本当に強い者ならばなお許すことはできない。


 来るなら来いと、イスから降りてまっすぐと男を見据える。

 すると私の集中が途切れてしまうような緩い声がカウンター越しにかけられる。


「なんだ、ミッシュ。あんた、イドラと知り合いなのか? 昨日こいつ、ギルドにいなかったのに一体どこで知り合ったんだ?」

「グレンさん、この女と知り合いなんですか?」


 グレンの声にイドラと呼ばれた男は怒りを一度沈めると、私を無視してグレンに話しかける。


「ああ。昨日、うちにスカウトしてきたんだ! なんだ、知り合いだったなら紹介してくれれば良かったのに……」

「いや、その……知り合いというか……」

「昨日鍛冶屋で居合わせただけ。知り合いでも何でもないわ」


 こんな男と知り合いとすら思われたくないわ。

 気づけば口からは吐き捨てるような言葉が漏れていた。


 それがますます男の怒りに石炭を投げ入れる形となる。


「そう、鍛冶屋で……ってそうだ! あんたのせいでカディスの剣を手に入れそこねたんだぞ! どうしてくれるんだ!」

「店員さんが鍛冶師は作らないって言ってたんだから大人しく諦めなさいよ!」

「諦められるか! あのカディスだぞ?」

「あの、ってどのカディスよ! 私はそのカディスを知らないわ! それにその人がどんな名工だったとしても幼い子どもを脅して作らせるような真似を見逃すことなんてできないわ!」


 ジリジリと私と男の間では見えない火花が飛び散る。

 男は威嚇するように声を荒げるが、私だって引けないものがある。


 例えこの男が本当にAランクだろうと知ったものか!

 さっき水晶で見た私の能力値はSとAばかりだった。水晶の不調が原因でそんな高い数値が出たのだろうが、今はそれを信じて気持ちを大きく構える。


 ここで私が折れたら、きっとこの男はまたあの店に行く。

 カディスだかなんだかという名前の、あの店の剣を打った鍛冶師に剣を打ってもらうために。


 確かにあの店の武器はどれも素晴らしいものだ。あれを打った鍛冶師に自分だけの武器を打ってもらえればきっとそれは一生の相棒となることだろう。私だって出来ることなら欲しい。


 けれど店員さんを脅してまで欲しいとは思えないのだ。

 そんなことをしてまで手に入れた武器なんざ、私は握りたくもない。


 武器だって主人を選ぶ権利はあるし、鍛冶師だってお客を選ぶ権利はある。


 どちらが先に手を出すか――一触即発の空気の中、真っ先に声を上げたのは私でも男でもなく、グレンだった。


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