8.
「嬢ちゃん、それ見せて見ろ!」
「え? あ、はい」
「強さS、スピードS、体力S、魔力A、知力C、器用さC、幸福S、クリティカルS、カリスマA……、それにレベルは80オーバーって嘘、だろ……?」
私のカードを手にした男を中心に、男達はしきりに嘘だろ? あり得ないと繰り返す。
「不正……はできないよな」
「そもそもこれが何なんだか分かっていないし、そんなことしないわ」
「だよな……」
失敬な! と言いたいところだが、彼らだって心の底から私を疑っているわけではないことは明白だ。
どちらかといえば、水晶の故障を疑っているらしい。私のカードをまじまじと見る派とヒビがないか、今までは正常に作動していたのかとルカさんに尋ねる派の二つに分かれている。
誰もこの状況を説明してくれる人はいないようだ。
まだこれが正確な情報か分からないから、っていうのが大きいのかも知れないけれど、それでもこのまま放置されている私には何が起きたのかすらもわからない。
「ねぇ、グレン。何でみんなこんなに戸惑っているの?」
カードを見ている男の集団からグレンを引き抜いて、酒臭い顔と距離を詰めて尋ねる。すると「ああ、そういえばしてなかったな」と思い出したように説明を始めてくれる。
「どこのギルドに所属するにもまず、このギルドカードというものを作る必要がある。そしてそのギルドカードには持ち主の階級、レベルの他に能力値を記載する欄があるんだ。階級はEランクからスタートし、こなしたクエストごとに上がっていき、レベルは今までの経験値を元に算出される。
そして能力値は生まれ持ったものをベースとしてレベルアップやスキル取得などによって上昇していくんだ。能力値は0~100がE、101~200がDと100上がるごとにランクが上がっていく仕組みになっている。大抵ギルド登録したばかりのやつはEかDで、一生をかけて一つでもAまで上り詰められれば賞賛されるほど。そして能力値カンストを意味するSまで上がれば、どのギルドに所属していようが、他の能力値が低かろうが、国から生涯の生活が保証される……」
「つまり私は……」
「そう、あんたは……」
「不器用ではないのね!」
「ああそうだ、不器用ではない……ってそこなのか!?」
「え、重要じゃない?」
そんな細かい数値よりも、生涯がどうのこうのよりも、大事なのは私が人よりも器用であるらしいという事実である。
つまり料理は器用さではどうにもならないこと、という結論をつけることが出来る。
人よりも器用なのにこの状態なら今後努力したところで、その努力は実らない!
一生、食べる専門! 料理はしない!
一瞬でも料理出来るようになった方がいいかなんて思っていたのは気の迷いね!
適材適所って大事よね~。
今後も胸に深くこの言葉を刻んでいこうと思う。
それが判明しただけでも、冒険者登録をしたことに意味があったと言える。
あ、でも水晶が壊れているかもしれないって騒いでいるんだっけ?
まだ頭痛が続いているのか、頭を抱えているグレンの後ろでは、新しい水晶を用意してくるかどうかの話し合いが始まっている。
一応、グレンってサブマスター代理らしいのに、話合いに参加しなくてもいいのかしら? 誰も彼の心配をしようとはしないのが、少しだけかわいそうに思えてくる。
「ミッシュさん」
「はい」
「今からギルド連盟に新しい水晶を要請してきます。そして後日改めて調べさせていただきます」
「え、でも私まだこのギルドに所属するか決めてなくて……」
「ええ、正式な加入は今決めてもらわなくても構いません。ですが、あなたには正確なギルドカードが発行されるまで、王都に残っていただきます。これは任意ではなく、強制となります」
「ええ!?」
強制ってそんなバカな!
私はただ手を乗せただけなのに……。どうしたらこんなことになるの!?
意味がわからない。これってもしかして詐欺なのかしら? 都会は怖いところだって、よくおじさんも言ってたし。
でもここってギルドよね?
よりによって王都のギルドのメンバーが全員グルになって、田舎者を騙そうなんてそんなことするかしら?
それに昨晩、あんなに豪快に酒を飲み食いして、見ず知らずの私に色々と奢ってくれた人たちがそんなことするかしら?
するならこんな回りくどいことせずに、初めからお財布スった方が早いわよね……。ということはこれって本当に嘘でも何でもない?
ルカさんの方をじいっと見つめると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。
「大変申し訳ないのですが、ギルド連盟の決まりでして……。不自由をかけてしまう代わりといってはなんですが、王都滞在中、ミッシュさんにはグレンさんを付けさせていただきます!」
そしてサブマスター代理を代償につきだしてきた。その瞳には迷いが全く見られない。それどころか、グレンの背中をドンドンと叩いて「しっかりと働いてください」なんて言ってみせる。
グレンの立場ってルカさんよりも下なのかしら?
昨日は恋人のように見えた2人ではあるが、今日はなんだか兄と妹に見える。ちなみにグレンは仕事をしろと妹にせっつかれる兄の方だ。
「俺はおまけか何かかよ……」
「食事や宿はギルド側で保証しますし、何か必要なものがあったら遠慮なくグレンさんに言ってくださいね!」
「無視か? 無視なのか!? ……いつものことだし、まぁいいけどな。ってことでミッシュ、改めてよろしく」
私の世話を押しつけられたらしいグレンは手を私に差し出す。ガッシリとした、働き者の手である。握っているのは鍬や鎌ではなく、背負っている大剣なんだろうけど。
それでも真っ白な貧弱な手よりもずっと好意的に思える。
「これは断れないのよね……」
「ああ、諦めて水晶の到着を待ってくれ。そして出来れば我がギルドに加盟してもらいたく……」
「そっちはまた考えるわ」
王都にずっと居続けるつもりは更々ない。
そして期限付きとはいえ、兄ちゃん達が帰ってくるまでなんて一体いつになるかは想像がつかないのだ。
一年後かもしれないし、五年も十年も先のことかもしれない。
そんなにかかったらレオンの機嫌が底辺を這い蹲って大変なことになると思うが、未来の事なんて誰もわからないのだ。
だからとりあえず今の私が頷けるのは、水晶が届くまでの期間だけこの場所に滞在し続けることである。
「そう簡単にはいかない、か……。まぁ、この結果が間違ったものであったとしても、あんたの腕前は大したもんだ。そんな人に考えてもらえるだけでも嬉しいよ」
「それじゃあ私、今からギルド連盟に申請してくるので、グレンさんは留守番お願いします」
「はいはい」
エプロンをほどいたルカさんを見送った私達は一杯の水を飲み干す。
そして冷静になった頭が、そういえば水晶が届くまでの期間ですらもわからないんじゃない? と今更ながらの疑問を投げつけていた。




