7.
「うぅっ、頭痛い……」
グレンが頭を押さえて呻きつつも顔をあげる。
ようやく起きたようだ。
周りで寝こけていた男達の大半は昼を過ぎたくらいで起きていた。今日は仕事にならないとか行って揃って宿屋に帰って行ったのだ。
だというのにグレンはなかなか起きてはくれなかった。
パンケーキに続き、三時のお茶まで出してもらってやっとである。もう寝坊ってレベルじゃないわよ……。
そろそろグレンをおいて出発すべきなんじゃないかしら、なんて本気で考え始めていたころである。
「あ、起きたの? 水飲む?」
「ああ」
とりあえず結構前にルカさんに用意してもらっていたコップをグレンに手渡す。
もうずいぶんとぬるくなってしまっているだろうが、むしろこっちの方が飲みやすいらしい。グレンはゆっくりとコップの水かさを減らしていく。
「ああ頭ガンガンする……」
「二日酔いなんじゃない?」
「ああ、そうだろうな。こんなに飲んだの、Sランクの昇級日以来だ……」
やっぱりグレンはお酒があんまり得意ではないらしい。
自覚しているなら何も無理して飲まなきゃ良かったのに……。場の雰囲気に飲まれちゃったのかしら?
グレンの血の気が抜けたような顔をじいっと見ながらそんなことを考えていると、グレンが酒臭い口を開く。
「ミッシュ……このギルドに、入ってくれ」
切れ切れでもやっとのこと口に出せた言葉なのだろう。
それ以上はもう限界を迎えてしまうからなのか、ううっと直後に口を押さえる。
一晩で口説くという話は一体どこへいったのだろう。思えば私ってこの言葉ばかりを聞いている気がする。
ギルドの情勢とか、難しい話に少しは身構えていたのだけどこの調子では今日も聞けそうにない。
「ルカさん。この人どうすればいい?」
「あー、そうですね。後で適当な人にでも宿に連れてってもらいますか……」
「そう……。なら私、どうしましょ。話聞くって約束しちゃったけど、グレンがいないんじゃここで待ってることも出来ないし……」
空いている宿は今日もないだろう。ならば今日もいい店を探し歩かないといけないのだ。だが昨日とは違い、まだ日も高い位置にある。これなら適当な店を見つけられるんじゃないかしら。
だからいい店を教えてくれない? と続けるつもりだった。
「ならギルド登録しちゃいますか?」
「へ?」
「別に冒険者ギルドに登録したからって何かをする義務はありませんし、ネックになるのは登録料ですけど……それは私が払います」
「え、でも……」
登録料というのがいくらくらいなのか全く検討が付かない。だが農業ギルドが年間一定額を支払わないと所属できないということを考えるとなかなかの金額なのだろう。それを、ならお言葉に甘えて……なんて出来るわけがない。
……朝昼とご飯をごちそうになっていて今更かもしれないが。
するとルカさんはにこりと笑ってからカウンターへと引き下がり、やがて例の袋をもって登場する。
「気にしないでください。昨日稼いだ額からすればほんのちょっっとのお金ですので」
ドンっと音を立ててテーブルへと置かれたそれに、私は遠慮なんてものは思い切り投げ捨てて「よろしくお願いします」と返す。時には遠慮しないということも重要なのだ……。
「ではカードのここに名前を書いてください」
受付まで移動して、ルカさんがどこかから取り出したカードに名前を書く。どうやらこれが登録カードらしい。
書き終わったカードをルカさんに渡すと、彼女は目の前に置かれていた紫色の球体の中にそれを入れてしまう。
「はい。じゃあ次はこの魔水晶に手をかざしてもらえますか?」
「こう?」
どうやら魔水晶という名前らしいそれに手を置くと、手のひらに暖かい空気のようなものを感じるようになる。気持ちが悪いわけではないのだが、モワモワとしていて手がくすぐったい。
「これ、どのくらいで終わるの?」
「人それぞれですかね。登録時は大体そんな時間はかかりませんから、きっとすぐ終わりますよ。大人しく置いといてください。読みとりが終わったら冒険者カードが発行されますので~」
「わかったわ」
――と、返事したもののなかなか終わらない。
それどころか手の平だけにあったはずの暖かい空気みたいなものは徐々に指先部分まで広がって行っている。
これって大丈夫なの? 爆発とかしない? と心配になってしまう。
こわごわとルカさんの顔を見ると、彼女は大きく目を見開いたかと思えば、小走りでグレンの突っ伏しているテーブルまで進んでいく。そしてあろうことか、二日酔いで寝込んでいる彼を揺さぶり始めたのだ。
「グレンさん、グレンさん、寝ている場合じゃないです! 起きてください!!」
「ぅうっ……揺らすな。気持ち悪い……」
グレンは口を両手で押さえて、声がでないなりに必死で訴える。だがルカさんは全く聞く耳を持たない。
「ミッシュさんの結果が5分経っても出ないんです。こんなの初めてで! だからグレンさんが見てください。伊達に20年以上冒険者やってないんでしょ」
「わかった、わかったから揺らすな……」
ルカさんの求める言葉を返したことでようやくグレンから彼女の手が離れる。
やっと解放してもらえたみたいだけど……大丈夫かしら?
いや、多分もう限界だろうなぁ。口を押えるその顔は真っ青を通り越して、パスタ皿のように真っ白になってしまっている。
グレンへ精一杯の哀れみの視線を送っていると、手の中に何か固い感触のものがあるのを感じた。
これは……カード?
魔水晶から押し出されるようにして出てくるそれを掴んで引き上げる。
するとその正体はさきほど私が記名したギルドカードだった。
だが違うところがいくつもある。
その最たるがいくつも書き込まれたアルファベットである。
「ねぇ、このSとかAとかってなんなの?」
「はぁ!?」
私の素朴な疑問に答えてくれたのはグレンでもましてやルカさんでもなく、たまたま居合わせた見ず知らずの男達だった。




