6.
目の前のお皿を空にして、そしてお皿とグレン・ルカさんペアに向かって手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
おなかにはまだまだ隙間は残っているが、胸はもういっぱいである。
レオンとレニィちゃんがいちゃついているのはもう見慣れているが、やっぱり弟と幼なじみのカップルと知り合ったばかりの二人のとでは見ている時の気分がまるで違う。
なんというか前者は非常に微笑ましいのだが、後者は私ここにいても平気なのかしら? って思ってしまうのだ。
事実、私のお皿が空になったのを目にしたルカさんは「すぐに作っちゃいますから待っててくださいね!」という言葉を残してキッチンへと引っ込んでしまった。
申し訳ないことをしてしまったな。
いくらおなかが空いていたとはいえ、もう少しスローペースで食べれば良かったかなと考えながらグレンに視線を向ける。
するとグレンはニヤっと笑った。
「このギルドに入ってくれればこの食事、食べ放題だぞ?」
その言葉に、そういえばそんなことを話す予定だったわねと今更ながらに思い出す。
美味しいご飯と目の前の光景についつい忘れるところだったわ……。
果実と生クリームにスポンジケーキ、アイスクリームが大量に乗せられた『パフェ』というデザートは今まで知らなかった人生を後悔するくらいには美味しかった。
これはレニィちゃんに伝えて、作ってもらわないと!
うちの村ってみんな甘いもの好きだし、果実はこれとは種類が違うけど村の山で取れるし、なによりこれ絶対人気でるわ。
私なら毎週食べちゃう!!
ボウルのようなグラスを抱えながら、完食するとなぜかギルド中から歓声と拍手がわき起こる。
「おお本当に食べきった!」
「前にあれだけ食ってるから無理だと踏んだのに……。損はしたが、嬢ちゃんの胃袋には完敗だ……」
「俺は完食に賭けたぜ! カジノでスッた以上に返ってくるとはな……。嬢ちゃん、お礼になんか奢ってやるよ!」
酔ってすっかり気をよくしている酔っぱらいの男達は次々に好きなものを頼めと言ってくれる。
グレンといい、この人達といい、よほど王都の冒険者というのは儲かっているのだろう。
……まぁ賭けて儲かった金額が大きいだけかもしれないけれど。
それでも奢ってもらえるなら遠慮をする必要はない!
「ならこのスイーツセットが食べたいわ!」
「俺も奢ってやるから選びな!」
「ならサングリアっていうやつが飲んでみたい」
「よっしゃ、ルカ。嬢ちゃんに出してやってくれ!」
「はいは~い」
そして次々に運ばれてはその美味しさに舌鼓を打つ。
そして甘いものに飽きてお肉に逆戻りをすれば、そこからはどれだけ食べれるかの賭けが始まる。
私が食べるたびに、飲むたびにギルド内は歓声が上がる。
男達の雄たけびに、今が夜だって忘れてしまいそうになる。ここへ来る途中の店のほとんどがまだ光がついたままだった。だから近所迷惑っていうのはないんだろうな。
どちらにせよ、私は好きなだけ飲み食いをするだけだが!
スプーンにフォーク、ナイフと食器を変えては新たな食べ物でお腹を満たしていった。
――こうして食べ続けた私の手が止まったのはギルドの食材がそこを尽きてからのことだった。
誤解してほしくないのは、何も私が全部平らげたわけではないってこと。
途中から『なんか見てたら腹減って来たな……』と各所で声があがり、夜中だというのに誰もが食事を頼み始めたのだ。そして3日分はあったのだという備蓄はすべてなくなってしまった、というわけだ。
恐るべき、食欲!
「みなさん、飲み食いしたのはしっかり付けてありますから。お会計、忘れちゃダメですからね?」
ルカさんは伝票を掴みながら、大もうけだわ! と浮かれている。
そんな彼女の背後には、まだ誰一人として会計を済ませていないというのにすでにまあるく膨らんだ袋があった。
この夜で一番稼いだのはおそらく彼女で間違いないだろう。
色んな席に飲み物や食事を運びながら、なんだかんだで初めから最後まで賭けには参加していたようだし……。
さあて食事も済んだことだし、話を聞くことにしようと数時間ぶりにグレンに視線を向ける。すると彼は他の男達同様に、ジョッキを片手にすっかり伸びてしまっていた。
彼の前にあるジョッキは5つである。
途中で回収されたにしても弱すぎないかしら?
もうギルドの入り口からは光が差し込む頃合いである。
ルカさんと私を含めた数人以外はみんな潰れているものの、もうすぐ外からは王都の喧噪が聞こえてくることだろう。
飲んだ量はさほど多くないが、食事だけはお腹いっぱいに食べさせてもらった。
これだけ食べれば隣町までは何も食べずにも余裕で行けることだろう。むしろお酒はそこそこだったのは、二日酔いにならなくて良かったといえる。
これで今から出発出来たらいいんだけど、さすがに会計担当の彼の話も聞かずに王都を旅立ってしまうのは気が引ける。
「グレン、起きて~」
だからさっきからちょくちょくと声をかけてはいるのだけど、うーんと身をよじるばかりで全く起きる気配はない。
なんなら彼が起きるよりも、パン屋さんに朝食のパンを買いにいったルカさんの方が早く帰ってきそうだ。
それはそれで王都のパンを味わえるからいいんだけど。
「ミッシュ~、ギルドに入ってくれ~」
うううっと頭痛か吐き気に襲われているのだろうグレンは寝言を口にすることはあれど、結局昼が過ぎても目を覚ますことはなかった。
「ミッシュさん、お昼にパンケーキとかどうですか?」
「パンケーキ!?」
「はい。さっき朝市でラズベリーとクリームチーズ買ってきたのでそれかけて食べましょ~」
「美味しそうね!」
「美味しいですから期待しといてください!」
そして私は、パフェに続く未知の食べ物『クリームチーズとベリーソースのパンケーキ』という大変美味な甘味に遭遇したのだった。




