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ナオキとネオ

 高速道路の高架下、コンクリートばかりの殺風景な公園にナオキたちはいた。

「ZIPガン……なかなか面白いな。圧縮ファイルを解凍してダメージを与えるのか」

 ネオは腰かけたベンチでひざの上に広げたノートPCを覗き込んでいる。

「らしいよ。ナオキ立てなくなってたもんね」

「大量のゴミデータで負荷をかけるってのは新しいね、俺にはなかった発想だ。参考にさせてもらうよ」

 ネオはモニターから目を離さず、ベンチの脇に置いたアイスコーヒーのカップを手に取りひと口飲んだ。

「理屈としてはわりとシンプルだが解凍のタイミングはどう判定してるんだろうな。体組織で判定するのか、抵抗をトリガーにするのか……」

 コードの研究者としての本来の姿なのか、ネオは自分の中になかった新しい発想を前にして嬉しそうにキーを叩く。

「肩に一発、足に一発、それだけでもう身動き取れなかった。瞬間移動で逃げたからよかったものの、どう戦ったらいいか……」

「弾丸そのものを食らわないようにするか、食らった後の圧縮ファイルの展開を阻止するか、処理能力そのものを上げてゴミデータによる負荷を減らすか、どれも簡単ではないな」

 ネオは大きく息を吐くと、ノートPCに夢中で固くなった体をほぐそうと伸びをした。

「ナオキの方でもアイデアを考えてくれよ、コードブレイカーにはコードが山ほど入ってる。色々試せば役に立つものがあるかもしれない」

「メニューから一覧出してみてよ」

 愛理にうながされ、ナオキが端末のメニューを開くとコードがずらりと並ぶ。

「無呼吸、暗視、水準器表示、視界遮断……なんかよくわかんないのもあるな」

「無呼吸は水に入る時に便利だぞ、視界遮断は視界が真っ暗になるだけだから、まあ使わない方がいいな」

「使わない方がいいのに入ってるの?」

 愛理が首をかしげた。

「ライブラリも兼ねてるからね。まあ危険を伴うものは入れてないからどれでも安心して試してくれ」

「じゃあさ、シャーッてして止めたとこの使ってみようよ」

 愛理が面白半分にメニューをスクロールさせ、当てずっぽうに止める。

「摩擦ゼロだって。ほらナオキ、押してみて」

「お、おう」

 何が起こるかわからないまま押すことに若干の緊張を覚えながらもナオキは摩擦ゼロのチートをタップしてみた。

「……お、おおうっ!」

 ナオキはコンクリートの上に立っていたはずだが、妙に足が滑る。少し体を傾けるだけで足が横滑りし、転びそうになった。

「な、なんだこれ、地面が氷みたいだ」

 ナオキは手を広げ、バランスをとる。

「そのチートは画面のタップで摩擦のオンオフを切り替えられる。足以外の部分の摩擦を無くしたいなら詳細メニューで部位を選択できる」

 ネオの言葉を聞き、ナオキが画面をタップすると急に足のグリップが回復した。そして再度タップすればまた足がつるつると滑り出す。

「なんか楽しいかも、これ……」

 ナオキはグリップを取り戻した状態で駆け出すと幅跳びでもするように前方へ向かってジャンプし、空中で画面をタップした。すると着地の瞬間、摩擦ゼロになったナオキの脚は駆け出した勢いのまま前方へと滑っていった。

「おおーーっ、なんかカッコイイ!」

 眺めていた愛理からも歓声があがる。

「こんな感じはどうだ!」

 駆け出したナオキはコンクリートの段差に向かってジャンプした。タップで摩擦のオンオフを切り替え、摩擦ゼロの状態で段差に足を乗せるとまるでスケートボードのトリックのようにコンクリートの角をすべってゆく。

「面白い使い方を考えるもんだな。詳細メニューから摩擦のかかる量を足の部位ごとに設定すれば滑る速度や向きのコントロールもできると思うよ」

「やってみる!」

 ナオキは設定を変えながら何度も飛び跳ねては滑りを繰り返す。面白い遊びを見つけた子供のように無邪気だ。

「ねえ、私のタブレットにもああいう面白いチート入ってないの?」

「サーチャーはデータ収集用にチューンしたやつだからそのままだと動作しないのが多いんだ。ダメージ無効とか安全のためのコードは入れてあるけど、なんでもかんでもってのは難しいな」

「むー」

 つまらなそうに愛理が頬を膨らませた。

 そんな愛理をよそに、ネオはポケットから何かを取り出した。テニスのラケットからグリップ部分だけを切り取ったような棒状の物体で、いくつものスリットが見える。

「なにそれ?」

「新しいチートのテスト。圧縮ファイルで処理の遅延を発生させるってアイデアを自分なりにいじってみた」

 ネオはそう言うと棒状の物体のスリットにメモリーカードを差し込んだ。そしてグリップエンドのボタンを押すと小さなノイズと共にグリップから灰色の刃が伸びてきた。

「剣?」

 青白い刃を展開したコードブレイカーと同じように、灰色の刃がネオの持つグリップから伸びる。刃には黒と白の小さな粒が無数に動き回り、古いテレビでよく見る砂嵐のようだった。

「この砂粒みたいの一つ一つが膨大な計算で動いてる。衝突や摩擦の計算に処理が食われるから、いわゆる『重い』状態になってるんだ」

 ネオは飛んでは滑るを繰り返すナオキの方を見た。

「ナオキ、コードブレイカーの刃を展開してくれ。一勝負しよう」

「へ? 勝負?」

「その摩擦がゼロになるコードはこれからの戦闘で役に立ちそうだ。相手の懐に飛び込むのに上手く利用できるように練習がてら俺を相手に打ち込んでみてくれ」

「いいの?」

「構わん。その代わり隙があればこっちからもいく」

「わかった、じゃあ……」

 数週間前、いじめの現場を見つけても何ひとつしなかったナオキだったが、その心の持ちようはずいぶんと変わった。コードによって得た『死なない』という安心感のおかげで多少の危険や冒険には積極的に飛び込むようになっていた。ネオの言葉にもすぐに乗り、絶対に一撃を与えてやろうと思考をめぐらせる。

 ナオキはネオとの間合いを取り、間に花壇のブロックを挟んだ。

 ひと呼吸おいて、ナオキは一気に走り出すと花壇を足場に高く飛んだ。ネオはナオキから視線をそらさず、ナオキが高所から振り下ろす剣を半身ずらして回避した。着地したナオキは右足で地面を蹴ると摩擦ゼロの左足を軸にくるりと一回転した。回転で勢いのついた剣がネオを狙うがネオは背後に飛び退いてかわした。

「左右で摩擦を変えるとかさすがだな」

「上手くいったと思ったのに……」

 ナオキはひとまず距離を取り、そこから一気にネオの元へと駆けこんだ。ネオまであと数メートルというところでいきなり膝をつくと、摩擦を無くした膝で滑りながらすくい上げるようにネオに刃を向けた。間髪を入れずに繋がる攻撃モーションにネオは驚きの表情を見せた。

「……だが!」

 刃がネオを捉えるより早くネオの膝蹴りがナオキを吹き飛ばした。摩擦が無いせいでナオキの体は面白いほど滑らかな回転を見せてから倒れ込んだ。その倒れ込んだナオキの体に向かってネオが灰色の刃を振り下ろした。砂粒のような表面をした刀は粘り着くようにナオキの体を這った。

「くそっ」

 ナオキは起き上がり、再び剣を構えようとするが、起こしたはずの体が崩れ落ちた。

「あれ……体が……」

「ナオキが食らったっていうZIPガンと同じような感じしないか?」

「この感覚は確かにあの時と同じような……」

 切られた部位がだるくなり、徐々に動かなくなる感じは身に覚えがあった。

「上手くデザインできたようだな」

 ネオは満足げに自身が持つ灰色の刃を眺めた。

「しかし切り付けた体の方に粒子を持ってかれるな。何度か切り付けたら刀身が無くなってしまいそうだ」

 ナオキを切り付ける前と後では刃の幅が違っていた。わずかではあるが刃が薄くなっている。

「それにしても摩擦ゼロのコードは戦闘の幅を広げてくれそうだな。あんな風に切り付けてくるとは思わなかった」

「なかなかのアイデアだったでしょ」

「ああ、正直いって一瞬焦ったよ。しかし今のままだと戦闘中に設定を変えるのは難しいだろうからプリセットでいくつかのパターンを切り替えられるようにした方がいいな。そうすれば摩擦のオンオフだけじゃ無理な動きもできるようになる。どんな感じの設定が必要か教えてくれ、すぐに設定いじろう」

 二人は公園の隅のベンチに固まり、設定を煮詰め始めた。

 どれくらい経っただろうか、二人の設定会議に飽きた愛理が動画サイトを眺めて暇を潰しているとサーチャーのアラームが突然鳴った。

「む……不正なコードの動作を検出。ねえ! なんかきたよ!」

 愛理の言葉に二人もサーチャーの画面をのぞきこんだ。地図には大きく光る点がゆっくり動いてるのが見える。

「愛理、どう思う?」

「NFC、PCRtの値がほぼ一緒だからこの前のやつな気がする」

 愛理は地図の端に表示させたパラメータを真剣な目で見つめている。

「この前のあいつ、ごみのポイ捨てとか路上駐車みたいなちょっとした悪事にやたら怒ってたんだよね。今光ってる場所は公園だし、もしあいつだったらごみの分別とかに怒ってそう」

「ありえる……」

 あの男と戦ったことのあるナオキは愛理の言葉にすんなり納得できた。

「よし、だったら行ってみよう。俺はその正義の味方とやらを見てないからな、今度は一緒に行かせてもらうぞ」

 ネオはナオキと一戦交えた時に使った棒状の端末にいくつかのメモリーカードをセットした。

「じゃあナオキ、瞬間移動」

「……待った!」

 愛理の言葉をナオキが制した。

「……まず先に高度の設定教えて」

 ネオが不思議そうにナオキを見た。

「コード?」

「いや、高度」

 ナオキと愛理、二人にしかわからない高度な話にネオは首を傾げることしかできなかった。

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