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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
1章 目覚めてからの1年間
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-山中響と言う人物-

 悩みを打ち明けた私は、目の前の彼に対して気兼ねなく話せるようになっていた。お金が無くて困っている。そんな話をしたからと言って解決にはならない。でもどこか気持ちが軽くなった気がする。

 今まで誰にも話せなかったから。友達にだってこんな話言えない。恥ずかしい、 そんな気持ちが強くて、相談なんて出来っこなかった。

(なんか不思議な人だ。)

 言葉には言い表せない。でも不快な気にはならない。そんな人。初めてかも知れない。


 つい聞いてもいない、私の身の上話をしても誤魔化す事無く聞いてくれる。

「私の歳なんですけど、いくつぐらいに見えます?」

 ちょっと意地悪な質問。私の見た目は歳相応だと思ってる。若く見られたい、そんな気持ちがあったのかも知れない。

「二十四歳くらいですか?」

 惜しい。凄く惜しい。ニアミスだ。でも私の期待通りの答え。少し笑みがこぼれる。

「ふふ、惜しい。二十六歳なんです。」

「あ、そうなんですね。実際の歳より若く見えます。」

 社交辞令だろうか。そんな気を遣わなくても良いのに。いや、そうさせてるのは私か。

「筒井さんはー、学生さんですか?」

 彼は私よりも幾分か若く見える。まだ成年に達していないのではないか。

「そうですね、春から学生になる予定です。」

 話によると来週は試験らしい。試験に合格すればこの春から高校生なんだとか。事故で眠っていたこともあって他の人よりも何年も遅れているらしい。年齢からしてその通りなんだろう。可哀想にも思えてくる。

 だけど可哀想と思うのは筋違いだ。彼を見れば分かる。自分の人生に悲観などしてないような自信たっぷりの顔だから。

(まるで私の方が年下のように見えてくるわね。)

 いつからだろう。自分の人生を呪ったのは。楽しかったはずなのに、いつからか未来が見えなくなった。分かってる、親の借金が発覚した時からだって。だってそれまで知らなかったから。知らない方が良いことだってあるよね。でも、知らないままではいられなかったの。

 あの人が逃げて、私たちに全てを押し付けたから。目の前の彼と話をしていても暗いことを考えてしまう。


「山中さんは、どんな仕事をされてるんですか?」

 我に返り、いつの間にか下を向いていた顔を彼の方へと向ける。髪を耳にかけ答える。


「仕事?仕事は至って普通のオフィスレディよ。事務系のね。」

「OLってやつですね!じゃあ、パソコンとか得意なんですか?」

「まあ得意って程じゃ無いけど、仕事は熟してるわよ。」


 今の仕事は特に問題も無く働けている。この仕事を初めてもう四年。不満があるとすれば給料が少ないことかしら。贅沢は言ってられないご時世だけれど、少しくらい給料が上がっても良いのにとは思う。

 高校、大学を卒業して、特に学びたいことも無かった私は、直ぐに会社に就職した。就職氷河期では無く、若い世代が減っていてどこの会社も新しい人材を求めていた。

 入った会社が巷で良く言うブラック企業かなんてのは大して問題にはしていなかった。私にはやりたいことも夢も無かったから。生きて行くためのお金が欲しい。ただそれだけの人生。でも不満は無い。

 だって土日は友達と遊んだり、こうやって喫茶店でのんびり出来ているのだから。

 そう思っていたのに。

 借金は残り四百万。これでも大分減ったらしい、父が居なくなってから母から正確な額を知った。慎ましく生活をして何とか返済して来た。お母さんが働けなくなるまでは。

 だからと言って私は責めたりしない。責めるのはあの人だけ。かつて父を名乗っていた男。


「なんだか僕ばかり質問してますね。」

「構いませんよ。興味を持ってもらえるのは嬉しいことですから。」

「そう言えば、マスターも同じようなこと言ってました。」

「マスターってこの店の?」

「そうです。山中さんはこの店の名前を知らなかったんですね。」

「ええ。名前の無い店だと勝手に思っていましたから。」

 彼との会話は続く。時刻はいつの間にか十六時を過ぎていて、喫茶店に来て二時間が経過していた。


 彼には私がどう映っているのだろうかとふと疑問に思う。借金を抱えた哀れな女?あながち間違いじゃ無さそう。

 

 では私と言う人物は何者なのか。自分で言うのも何だか世間に興味を抱かないそんな人物だろう。まだ若いから(若いと思いたい)日本の経済や政治に興味が沸かない。ニュースを見て、ああそんなことが起きてるんだねと達観している。歳なんて関係無いのかも知れないけど。

 世間だけじゃない、人にもだ。友達も居るし会社の上司や後輩とも付き合いはそれなり。けれども、心底大事かと問われればノーと答えると思う。


 だって私にとって大事なのは、自分だから。


 どうにか彼を活かせないだろうか。そんな邪な考えが一瞬脳裏に浮かんだ。



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