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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
1章 目覚めてからの1年間
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-秘密の共有-

 声の発生源はどうやら外の様だ。素知らぬ顔をして本を読み続けようとしたが、集中力が削がれたのかどうにも中身が入ってこない。その間も外の声は止むことが無いので、一度外に出ることにする。


 本屋の外に出ると如何にもと言う格好をした男が、怒声のような声で女性に話しかけていた。


「やっと見つけたぞ。あんた、先月分の返済が滞ってんだけど。いつになったら払ってくれるワケ?」

「もう少し待ってくださいってお願いしてるじゃないですか・・。それにこんなところにまで来なくても良いじゃないですか!」

「あんたが金も無いのに、この近くの喫茶店に何度も出入りしてんのは調査済みだからな。先回りしてたんだよ。」

「あと一週間だけ待ってください・・!それまでにはお金を用意できると思うので・・!」

「一週間待ったら、すぐ次に今月分の払って貰うけど大丈夫なんですかねー。えぇ?山中さん。」


 聞き覚えのある名前に、まさかなと思って女性の方を見る。聞き覚えのある名前だけでなく見覚えのある顔だった。話を聞く限り、彼女は借金をしていて今まさに借金取りに絡まれているところだろう。

 しかし、こんな街中にまで催促に来るなんて通常じゃ有り得ないだろうと僕は思った。

 これも何かの縁だ。彼女を助けようと一歩前に踏み出す。だが二歩目が中々出せない。何せ経験の無いことだ。

(なんて声をかければ良いのだろうか。)

 悩んでいたのは三十秒にも満たない時間。とりあえず僕は考えるのを止めた。どうやら僕は自分で思っているよりも怖いもの知らずらしい。記憶が無いから、失う物が無いからだろうか。


「お巡りさんこっちでーす!強面のお兄さんが女性を襲ってます!」

 そう周囲の人にも聞こえるように僕は声を大にして言う。強面のお兄さんに見えないようちゃんと死角から。

「ちっ!面倒だな。山中さん、一 週間だけ待ってやるからちゃんと用意しておけよ。」

「は、はい・・。」

 彼女の声は借金取りに聞こえてはいないだろう。逃げるように彼は立ち去った。

「大丈夫ですか?山中さん。」

「え?」

 話しかけられるとは思っていなかったのか、驚きと緊張が混じった声が返って来た。

「あ、筒井さん。偶然ですね。もしかして、今の筒井さんが?」

あまり見られたくなかったのか、控えめに彼女はそう聞いてくる。

「そうです。余計なことでしたか?」

「いえ。助かりました。まさか、こんなところにまで現れるとは思ってもいなかったのでどうしたら良いか分からなくて困ってました。・・、ありがとうございました。」


 僕は彼女のことを知るチャンスじゃないか、良くも悪くもいい機会そう思ったんだ。

「良かったら話聞きますよ。愚痴でも構いませんし。」

「でも・・。」

「ここじゃ何ですから、憩次にでも行きましょうか。」

「けいじって?」

「喫茶店のことですよ。」

 微笑みながら僕はそう言い、彼女の一歩前を歩いて喫茶店へと向かって行った。半ば強引に僕は歩いていたが彼女が後ろからついて来るのを確認すると、彼女に再び笑みを返していた。


 本日二度目の来店にマスターは少し戸惑うような顔したが、すぐさま笑顔で出迎えてくれた。数時間前に店を出たのに、また座っているのは自分でも妙だと思う。


「コーヒーで良いですか?奢りますよ。」

「申し訳ないですから、自分で払います。」

「そうですか?とりあえずコーヒー二つで。」


 店員に言い、コーヒーが来るまでの間無言になる。この店に初めて来てから、テーブル席に座ったのは今日が最初だ。どうやらこの店は椅子にも力をいれてるらしく、座り心地がとても良い。柔らかすぎず、硬すぎない。まるで高い枕の様だ。僕の枕は普通の枕だが。


 彼女がコーヒーを飲みカップを置いたことを確認し、話し始める。

「回りくどいのは好きじゃないので、いきなり本題なんですが。山中さんはお金で困っているんですか?」

 単刀直入に僕はそう聞いた。彼女が下を向いていたので、右目を閉じて左目で彼女の頭上を確認する。やはりそこには「金」と言う文字が浮かび上がった。

(予想していた一つだな。)

「恥ずかしながら、そうです・・。私の借金と言うよりは・・いえ私のと言っても間違いでは無いです・・。」

 口調がはっきりしない。言いたく無いことなのだろう。僕はそう感じた。

「借金の経緯って聞いても良いですか?」

「別に構いませんよ。ドラマなんかで良くあると思ってたことが私にも起きた。それだけです。」

 山中さんはゆっくりと少し落ち込んだ声で僕に教えてくれた。

 どうやら借金をしていたのは彼女の両親だったらしい。山中さんが働き始めた頃は一緒に返済をしていた。だが返済額は少なくなく父親の方が疲れたらしく夜逃げした。それが半月前の話。確かにドラマでありそうな話だ。

「お母さんはどうしてるんですか?」

「母は心労が重なり寝込んでいます。なので私が一人で払っている、そんな状態です。」

 その後も僕は彼女に質問を続けた。返済額はいくらなのか。一回当たりの返済金を減らせないのか。目の前の女性の助けになりたい。そう僕は思ったからか彼女の話を聞く度、頭を悩ませた。


「僕も何か力になれれば・・。」

「そんな。筒井さんには関係ありませんから・・。」


 関係無い。その言葉が僕は気に入らなかった。確かに僕と彼女の間に親しい関係性など無い。唯の知人に過ぎない。だから納得?何もせずに納得行くわけないだろう。


「山中さん、一つ僕の話も聞いてくれますか?」

「時間はありますから、良いですけど・・。」

「じゃあ、遠慮無く。僕は記憶が無いんですよ。今から十年前交通事故に遭って、今から約一年前にやっと目が覚めたんです。」

 両親、主治医、看護師、僕の事故を知っている人以外にこの話をするのは初めて。自分から話そうとは思わなかったしそんな相手も居なかった。背中が汗ばんでいるのを感じる。一通り話し終えてから、僕は深呼吸をしカップを口に着けた。

 苦い、いつもよりコーヒーが苦く感じた。


「筒井さんにも色々あったんですね・・。」

 彼女は同情しているのか。可哀想だと思っているのか。はたまた興味が無いのだろうか。興味を持っていなくても良い。僕だってもう過去の話だと思っている。言いたいことは言っただけ。


「山中さん。僕たちはもう「関係無い」なんて間柄じゃないですよ。」

「え?」

「だってお互い、知らない人間、ただ知っているだけの人間に、言わないことを知ったじゃないですか。だから僕たちはもう知人じゃないです。友人。心配しても良い関係だと思いませんか?」

「友人・・、そうなんでしょうか。」

「僕はもう、勝手にそう思ってます。大事なのは時間ではなく想いですから。」

「筒井さんって、結構クサい事言いますね・・。ふふ。」

 その笑顔を見て僕は確信した。一歩距離が縮まったのだと。


 ここは彼にとっては歩き始めた次なる人生の憩いの場、彼女にとっては心身ともに疲れて一休みをする場だったのだろう。

 一つ分かったことがある。彼の左目に映る文字は、特定の人物の願いや悩みが具現化したものであること。

 その能力と呼べるかどうか怪しい力は、意味があるのか無いのか彼は判断しかねていた。



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