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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
1章 目覚めてからの1年間
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-ファーストコンタクト-

 翌日、日曜日の朝は良く晴れた日となった。散歩にはもってこいの天気だ。

 昨日の時点では時間が出来たらあの喫茶店へと足を運ぼうと考えていたが、この天気だ。

(太陽を浴びに行くか。)

 皮膚が太陽光にさらされることにより体内からビタミンDが生産される。ビタミンDは骨の材料となるカルシウムやリンの吸収を早くする効果があり、健康な骨を作る。ビタミンDは食事によって摂取することは出来るが、日光に当たらなければ活性化はしない。

 受験勉強などで引きこもる場合も時には外に出て気分転換をするのが大事と言うのは、気持ちの気分転換になることは間違いないが身体的にも日照時間を確保することは大事なのだ。


 そんな難しく言い訳を考えながら、彼は街へ繰り出す。電車に乗り、昨日行った喫茶店へと向かう。


 街には匂いがある、その街特有の。人混みが多くゴミの様な匂いがする街。排気ガスの街。森林のさわやかな匂いの街。花の香りのする甘い街。千差万別な街並みを他の人々は唯何気なく歩いている。自分の目的の為に。

 僕は眠っていた過去があるからか。街一つの景色、匂いを感じていたい。どこか似た景色があるかも知れないが、そこは偽りなく唯一の街なのだ。

 歩きながら僕はそんなことを考えて街の匂いを楽しんでいた。


 カランカラン。二度目の音。二度目の入店。

 昨日と同じくカウンター席へと案内され、同じ席に座る。何気ないことだが、同じ場所に座っているというのは相手に印象を与えやすい。

(さて、彼女は今日も来るのだろうか。)

 彼女が一体どんな理由でこの喫茶店に来てるのかも不明で、素性も不明なわけだが。一つ分かってることは親切な方だと言うことだ。

「ご注文はいかがなさいますか?」

 ふとウェイトレスの女性から声がかかり、我に返る。昨日と同じものを頼むのも良いが、街を歩いたからか小腹が空いてきている。

「何かオススメとかありますか?」

「今の時間帯ですと、モーニングセットが人気です。」

「じゃあ、モーニングセット一つで。」

「かしこまりました、少々お待ち下さい。」

 そう言って彼女はマスターの元へと向かって行った。彼女の足取り、接客態度からして大分慣れた感じがする。何年も働いているのだろうか。

 正面に向き直り辺りを見回すと、メニューを見つけた。このお店に入るのは二度目だがまだメニューを見ていないことに気付く。

(モーニングセットはサンドイッチとコーヒーか。)

 どんなサンドイッチが来るのか楽しみだ。最近では、喫茶店も食後のデザートが人気と聞く。この喫茶店でも同じようで美味しそうな写真が載っていた。店員さんに聞いてみるとどうやら、デニッシュパンにソフトクリームを載せて上からシロップをかけるそうだ。

 聞くだけで甘そうだが、食べてみたくなる。次来た時にでも頼んでみようか。


 十分弱程経った頃、頼んでいたモーニングセットが運ばれてくる。

「お待たせいたしました。」

 そんなに待っていた訳では無いのだが、サンドイッチを食べるのは初めてだったこともあり時間以上に待っていた様に感じた。果たしてどんな味がするのか。中身はオーソドックスな卵とレタス、それにアボカドとスモークサーモンも入っている。見るからに美味しさを感じられる作りだ。

 少し興奮気味でサンドイッチに夢中になっていた彼は、他の客の来店も気付かず黙々と味わっていた。彼女の存在に気付いたのは、サンドイッチを食べ終わった後のこと。彼女を見て思わず、

「あれ。」

 そう口走っていた。またしても怪訝そうな顔をされる。どうやら彼女は僕のことを覚えていないようだ。昨日の今日で覚えていないということは僕の顔を見ていなかったか、はたまた全く興味が無いか。男としては後者で無いことを祈りたい。


「何か・・?」

 急に話しかけられた彼女はそう答える。赤の他人である、ごく自然な答え方だ。

「昨日、目薬を貸してもらったんですけど覚えてますか?」

 昨日に続き賭けに出る。彼女のことを少し探りたいと思った僕は、とにかく話題を探していた。

「あー、そう言えば貸しましたね。また今日も来てるんですね。」

「ええ。ここのコーヒーにハマりまして。ちなみにここでデザートとか食べたことあります?」

「ありますよ?」

「やっぱりあれですか、パンにソフトクリームが載ってる・・。」

「デニッシュソフトですね。あれ、美味しいんですよ。」

「やっぱりですか。僕も一度食べてみようかなってさっきから思ってて。」

 そんな他愛のない話をなるべく引き延ばそうと努力する。


「ところで、よくいらっしゃるんですかこのお店?」

「そうですね、土日はよく来ています。えっと、あなたも・・?」

「いえ、僕は昨日初めて来たんですけど気に入ったので。」

 彼女の警戒心が解かれていくのを感じる。共通の話題、この喫茶店が気に入っているということをお互い知ることで共感に似た感情を抱かせる。


 コーヒーを一口飲み、一つ彼女に提案する。


「昨日のお礼と偶然の出会いに乗じて、ここは僕が奢りますよ。」

「え、そんな見ず知らずの人に驕って貰うのは申し訳ないです・・。」

 断られることは明確だったが、僕はこう続ける。

筒井優真(つついゆうま)です。」

「え?」

「だから、筒井です。僕の名前。これでもう見ず知らずの人じゃないですよ。」

「あ、なるほど。確かにそうかも知れないですね・・。」

 少し強引だった気もしたが、どうやら彼女は納得したようだ。


「それじゃあ私も。山中響(やまなかきょう)です。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。なんか変な流れですね。」

「今までこんな感じで自己紹介したのは初めてです。」

「偶然もきっと縁の一つですから。それで、何を頼みますか?」

「じゃあ、筒井さんと同じモーニングセットにします。」

「分かりました。」

「なんだかすみません。」

「いえいえ、お礼ですから。」


 店員に注文し、しばらくしてから彼女のモーニングセットが届く。待っている間も、食べている間も僕らに会話は無かった。二人の距離は席一つ空いており、見ず知らずの他人と変わらない距離感。自己紹介をしたからと言って直ぐに親しくなれる訳でもない。

 僕はモーニングセットを食べ終え、一休みしてから席を立つ。その際、彼女に一声かけて店を後にした。


 そうして二人の二度目の出会いは幕を閉じた。



思っていたよりも早く書けましたので二日連続投稿です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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