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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
1章 目覚めてからの1年間
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-見えた文字-

 右隣に座っている女性に対して、右目を隠し左目だけで覗き見る。一瞬視界がぶれ、思わず両目を閉じてしまう。気を取り直し再び彼女を見た瞬間、今まで経験したことが無い様な感覚に陥る。

「ん・・!」

 声が漏れた。その声は彼女に届き、彼女はこちらを見て訝しげな眼でこちらを見てくる。


「何か・・?」

 そう彼女に聞かれた僕は咄嗟に答える。

「いえ、目にゴミが入ってしまって・・。もし目薬を持っていたら貸して頂けないでしょうか・・?」

 一つの賭けに出る。決して他意など無いように控えめに頼み込み、もしかしたら彼女が近づいてくれるかも知れない。


「・・。」

 どうやら彼女は優しい方のようで、親切にもバックから目薬を探しくれている。

「あ、あった。」

 目薬が見つかり彼女がこちらに歩み寄って来る。一歩一歩確実に近づいてくる。

「これで良ければどうぞ・・。」

 彼女が右手で目薬を渡してくる。その目薬を受け取る為、左手を前に出す。

「わざわざすみません。ありがとうございます。」

 彼女と一瞬だが視線を交わす。そして彼女の頭上に浮かび上がる文字がはっきりと見える。右手を戻して目薬を差し、彼女に返す。再びお礼を言うと彼女は席へ戻っていった。


 コーヒーを一口飲み、先ほどの文字を冷静に振り返る。彼女の頭上に書かれていた文字は、「金」と言う一文字。

(どういう意味があるのか。)

 僕は残り一口になったコーヒーを飲み干し席を立つ。

「美味しかったです。」

 そう喫茶店のマスターに一声かけ会釈する。会計を済ませ、出口へと向かう。扉を開け出ていく瞬間、一瞬だが彼女を一瞥(いちべつ)する。

 長い間眠っていた僕だが一つだけ良かったことがある。それは人並み以上に記憶力が長けていること。確実に彼女の背格好、顔を記憶した。次に会うことがあれば直ぐに彼女だと気付けるだろう。


「一連の流れを傍から見たら、まるで怪しい男じゃないか。」

 自分でそう口に出しながら苦笑する。昔の自分はどんな人物だったか今では分からないが、どこか自分のことも客観的に見ている節がある。それも良い点なのかも知れない。

(さて、どうするか。)

 彼は既に彼女のことで頭が一杯だった。彼の中に残る唯一つの感情。それは誰かを幸せにすること。


 偶然かも知れないが、彼女は僕にとって特別な人物らしい。僕自身の力?も不可解だが、それよりも彼女の方が気になる。どうにかもう一度彼女と接触する機会は無いだろうか。


 更に怪しい男になっていることに気付いていない彼であった。


「明日も気分転換にあの喫茶店に寄ってみるか。」

 そう呟き彼は帰路に就く。彼女のこともだが彼自身の勉強も疎かにはしない。

 都心から彼の地元の駅まで1時間弱ほどの距離。家に着く頃にはすっかり夜になっていた。


「おかえり。どう?久し振りに気分転換になった?」

 帰宅早々、母が出迎えてくれた。靴を脱ぎ母の方に向き直り答える。

「少し疲れたけど楽しかったよ。明日も時間出来たら出掛けてくるよ。」

「そう、何か良いことでもあったのかしら。」

 僕の顔を見るなりそう言ってきた。楽しいことは特に無かったけど良いことならあったよ。僕の感情を動かす出来事が。

「そうそう、コーヒー飲んだんだけど苦いねあれ。」

「口はまだお子様なのかしらね。ふふ。」

 母は笑いながら台所へと向かって行った。時間的に夕飯を作っている途中だろう。今までリハビリや勉強で母に任せっきりだったから、今日くらいは手伝うとしますか。


「母さん、夕飯作るの僕も手伝うよ。」

「あら、珍しいわね。でも・・優真、料理の仕方覚えてないでしょ。昔は良く一緒に作ってたけど。」

「そうなんだ。確かに何も覚えてないけど身体が覚えてるって良く言うし。」

「そうね、やってるうちに何か思い出すかも知れないわね。」

「じゃあ、まずはー。お米は炊き終わってるし、お味噌汁を作ってもらおうかな。味噌と豆腐とわかめを冷蔵庫から取ってくれるかしら。」

「分かった。味噌と豆腐と・・。あれ、わかめが無いね。」

「あ、乾燥わかめだから食品庫の中だわ、ごめんね。」


 この一年で物の名前もある程度は覚えて来た。覚えたと言うよりも知識と実物を照らし合わせた感じ。生活に関わるものなら一通り分かるようになってきている。これも両親が毎日教えてくれたお蔭だ。

「次はね・・。」

 母に言われた通りにやる。お玉で味噌を取り、少しずつ箸でかき混ぜるように溶かして行く。どこか懐かしい感じがする。


 この一年は自分の時間を取り戻したいがため、疎かにしていたこともあった。少しずつでいい。家族との時間も作れるよう努力していこう。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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