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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
3章 記憶の無い彼の答え
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-最期の言葉-

 自動ドアなんて開くのを待っている時間が煩わしい。私は急いでいるんだ、見れば分かるだろう。

 そんな無機質にまで八つ当たりをしても仕方が無いのに、感情をコントロール出来ていない。

 完全に開く前に入ろうとして、肩をぶつけた痛みが今になって出て来た。

 彼の話を聞いて、冷静になったからだろうか。

 私が出来ることは、これしかないと言わんばかりに気付かぬうちに声に出していた。

「治療費は心配しないで。」

 何ら慰めにもならない。

 初めて見る顔が二人。どちらも女の子で、学生さんだろうか。どちらかが筒井さんの彼女だったりするのかな。こんな時に不謹慎なことを考えてしまう。

 まさか久しぶりに会った君が、眠っているなんて思いもしなかった。

 私がいても何もならないけど、友達として祈ることは出来る。それしかできない自分の無力さを痛感しながら祈り続ける。

(お願いだから、元気な姿を見せて!)


 一人遅れてやってきた彼女は、どうやらここに居る二人も俺自身も知らない人らしい。優真の友達なんだろうか。名前しか知らない女の人、分かっていることは彼女も優真を心配する一人だということ。

 取り乱す女子共を抑えるのが俺の仕事だと思っていたのに、この二人は予想外に落ち着きを見せていた。

一方は祈るように黙々と手と手を握り締めていた。もう一方は、何も考えられていないのだろうか。

 何の慰めにもならない。それは分かっているけれど、言わないではいられない。

「彩希ちゃんのせいじゃないから。」

 自分を保つために、彼女を保つために言い続ける。

(どうした、優真らしくねえじゃねえか。はやく戻って来いよ!)


 自分の身に何が起こったのか、頭の整理が追いついていない。

 体育館に居られなくなった私は、その場を逃げ出した。

 自分の気持ちを抑える自信が無かったから、優真の前で泣かない自信が無かったから。

 それなのに今は、涙が出ない。

 彼が突然いなくなった、あの日のことを思い出しているからだろうか。

 優真が目覚めても、私の隣をいつも居てくれるわけじゃない。むしろどんどん遠くに行ってしまう。

 それなら目覚めない方が・・なんて酷いことは思えない。だって優真は私の好きな人で、友達だから。私のたった一人の幼馴染だから。また勝手にいなくなるなんて許せないよ。

(私は、優真に幸せになって欲しい!だから、目を覚まして。)


 想いを歌にした私の気持ちは届いていたのかな。

 最初の頃のデートは、優真さんは私のことなんて好きでも無くて、私だけが一人で彼に惹かれていた。

 なんでも知っているかのように見えて、知らないことだらけの彼なのに、怯えることを見せない彼がかっこよく見えていたの。

 弱さを見せなかった彼が、初めて私に打ち明けてくれた夏祭りの夜。あの日も私は想いを伝えるつもりなんて無かったのに、彼の言葉を聞いて、支えて行きたいってそう思った。だから自然と言葉に出ていた。

 誰にだって弱い一面があるって知ったから。だったらそれを支える役割を私が担いたいって。

 好きな人の支えになりたいって、そう心から思えた。同時に私が優真さんを本当に好きだってことにも気付いた。

 優真さんから告白の答えは返って来ていないけど、どんな答えだろうと私の気持ちは変わらない。

(優真さんの、笑顔がもう一度見たいです!)



「筒井優真。あなたは私の命令を覚えていないのにも関わらず、彼らの願いを叶えてきた。」

「ですが、一番叶えて欲しかったのは、衛藤彩希の願いなのです。」


「でもそれは、私の勝手なエゴに過ぎませんでした。届かない恋を叶えてあげたいと言う私のわがまま。」

「そんな彼女の願いが、筒井優真の幸せなのなら。私のすることはただ一つ。」


「願いを叶えたあなたには、もう制約も何もありません。再び一から人生を歩んで行きなさい。」


「記憶が無くても、彼らの記憶にはある。あなたと言う人間は同じことをするのだから。」

「最期に一言だけなんて言わず、幸せになりなさい。」

 その声は、誰にも届かない独り言。不可侵な存在は、衛藤彩希の暗い感情を拭い去って、消えていった。

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