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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
3章 記憶の無い彼の答え
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-それぞれの答え- 好きになってくれた人

 私の高校の文化祭は、金曜日が在籍している学生だけが参加できて土曜日は一般参加が認められている。ちなみに今日は、文化祭一日目。つまり金曜日なわけだけど、私はどこか憂鬱な気分がいつまでも晴れなかった。

 原因は一つ、少し前の放課後に渋谷くんから告白を受けたのに、まだその返事をしていないことだった。私の中ではもう答えは出ているのに、彼に言う勇気が無かった。好きな人に告白が出来たのに、逆に告白を受けたら答えられないなんておかしな話。


「はあー・・。」

「でっかいため息ね。春らしくないね。」

「だって・・。」

「春の答えは決まってるんでしょ?」

 夏のその言葉に驚いている私が居た。夏には渋谷くんから告白を受けたことも言っていないのに。


「見てれば分かるよ。渋谷から呼び出された日から、春の態度があからさまに違うし。」

「え、ほんと?恥ずかしいなー。」

「春って分かりやすいから。優真さんに告白しなくても思いは伝わってたんじゃない?」

 夏の言う通りで、優真さんには告白する前から私の気持ちは届いていたと思う。それで返事が来ないってことは・・。

「落ち込むなって。何度もデートしてる仲で、春が好きになるくらいだから誠実な人なんでしょ?次会う時には返事くれるって。」

「そうかなぁ。」

「絶対そうだって。で、いつ会う予定なの?」

「明日。ライブを見に来てもらう約束をしたの。」

「じゃあ、明日が春にとって勝負の日ってわけか。その前に、渋谷に答えないとまずいんじゃない?」

「そうだよね・・。」

 私が黙っていると、夏が言いたく無さそうなことを言うべきかどうか悩んでいる顔をしていた。そして意を決して私に伝えてくる、私のことを思って厳しい言葉を。


「春はさ、優真さんの返事がダメだったら渋谷と付き合おうなんて、最低なことは考えてないよね。」

「そんなことは、考えていないよ。」

「ならいいけど。どっちにも正直でいないと痛い目を見るのは春の方だからね。」


 そう言って、夏はクラスの子に呼ばれて行ってしまった。一人残された私はと言うと、今の時間は出し物の当番じゃないから他のクラスを見て回ることにした。

 一人だったのは束の間のことで、私を見かけた渋谷くんが後を追いかけてきていた。逃げるわけにもいかないので、彼が来るのを待っていると案の定私の隣に並ぶと彼から声をかけられた。


「芳川、暇なら俺と回ろうぜ。文化祭って言えば、食べ歩きだろ!」


 半ば強引に彼の後ろを歩いて行くことになってしまった。暇だったのは確かだし、一人じゃ寂しいからこれはこれで良いのだけれど。相手が渋谷くんと言うのは気まずい。

 彼に告白の返事をいつ言うか迷いながらも、出店を見て回っていた。


「春に説教したものの、気持ちが嘘でも付き合ってくれた方が嬉しい奴もいるんだよね。」

「どしたん夏、黄昏ちゃってさ。ババくさいよ。」

「なんでもない。さ、焼きそば作りますか。」

 これだから春以外の女子とは本当の意味で仲良く出来ない。いちいち勘に障る言い方をしてくるから。気にしていたら身が持たないから適当に流しているわけだが、まあ私の話は別にいいか。黙々と焼きそばを作って、後で一仕事終えた春にプレゼントしてあげよう。ごくろうさまってね。


 文化祭だからか、廊下を歩いている誰もが笑顔で楽しそうにしている。壁にはレンガ模様の壁紙が貼ってあったり、お化け屋敷なのか教室の中が真っ暗なところもあったりと様々だが、一つ言えることはどこも賑わっている。

「芳川、ここ入ろうぜ。」

 そう彼に言われ、後ろをついて行くと教室名は二年三組と書かれており、軽音部の先輩が居たら誤解されそうだなって思いながらも、私は恐る恐る足を踏み入れる。このクラスの出し物は、タピオカジュースみたい。女子の中で人気な飲み物だけど、私にはいまいち良さが分からない。

「どした、芳川。何味にするよ。ちなみに俺は、フルーツポンチ。」

「じゃあ、私はミルクティー味で。」

 クラスを見渡すと、机を並べてテーブルクロスが敷かれており簡易的な休憩場所にもなっていた。ここで座って飲むことが出来るみたい。彼が空いているテーブルに座るのを確認すると、私も彼の前の席へと座る。

「芳川、タピオカ好きか?」

「ふつう・・かな。」

「タピオカってさ、骨を丈夫にしたりすんだよ。あとは高血圧の予防にも良いんだとか。でも、食べすぎると逆効果らしいから要注意な。」

 そう自信満々に言いながら笑顔を見せるのは卑怯だと思う。彼の告白の通り、君と付き合えばいつかは渋谷くんのことを好きになると思う。だって今でも嫌いって訳じゃないから。保証は無いけれど、デートを重ねれば良いところを見つけて君に惚れて行く私が想像できる。


「だけどね。今の私は、君のこと好きじゃないの。」

「あ・・。」

 私は口に出していた言葉に気付いた時に口を押さえる仕草をしてみせたが既に遅かった。私の独り言を彼は黙って聞いていて、なにも無かったかのように手に持っているタピオカジュースを飲み干した。

 頭の中で整理していた心の声だったはずなのに、どうして声に出してしまったのだろうか。

 どうしても何もない悩んだって仕方が無い、だって私がそうしちゃったのだから後戻りはできない。

「渋谷くん、ごめんなさい。」

 今すぐここから逃げ出したい、今いる教室の誰かに聞こえていたかもしれない、そんなことを想像すると恥ずかしくて消えたくなる。それに本気で告白してくれた彼に対して素っ気無い返事をした自分が最低で、彼に申し訳ない気持ちで押しつぶされそう。


「返事ありがとな。そろそろ俺、当番だから戻るわ。」

「あ、明日のライブ。頑張れよ。」

 彼は私の前から居なくなっていった、まるで私が望んでいることが分かっているかのように。

 違う。もし私が彼の立場だったら、優真さんからフラれたら私だってその場にいられない。

 現実を受け入れられないから。本当に好きな相手から直接フラれてしまうなんてこと。


 でも彼に言った言葉は嘘じゃない。私の本心を伝えたんだ。それで彼を悲しませることは分かっている、振った私の心も痛むのは私への罰。好きになってくれた人を無残にも振ってしまう愚か者への罰なんだ。

 こんな痛み、渋谷くんの味わう痛みからしたらなんてことは無いの。

 明日、もし優真さんからフラれたら彼の気持ちが分かるのかな。

 私を好きになってくれる人は、この先現れないかもしれない。大袈裟かも知れないけれど、私は仮にそうだとしても、後悔はしない。

 だって最初から好きだった人は、優真さん一人だから。高校入学して彼と合コンなんて場違いな場所に人数合わせで誘われたあの日からずっと彼だけを見て来たから。

 

 渋谷くんとは、ただのクラスメイトでは居られないけれど彼が許すなら友達として仲良くしていきたいって願うのは罪なのかな。

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